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50話 ヘタレ

 カラン。

 梅酒の中の氷がカップの中で揺らめくのを見ながらクミはため息をついた。

 あれからワインを飲んだあと、次は作った梅酒を呑んでみようと、飲み始めたのだが……かなり量を呑んでいるが大丈夫なのだろうか?

 とセルヴァは目を細めた。


 心配ではあるが、昼間の事があるだけに、身体に悪いからやめた方がいいとも言いにくい。

 気丈にふるまってはいるけれど、彼女の中ではまだ消化できていない部分もあるのだろう。


「……凄く憧れていたんです」


 机に伏せた状態でぽつりとクミがつぶやいた。


「憧れ…ですか?」


「昼間は子どもと遊んで、子どもが寝たあとに夫婦でこうやって一日の事を話し合う。そういう幸せな家庭」


 言って嬉しそうにフフっと笑う。


「親がいなかった分、人よりあこがれが強すぎたのかもしれないです。

 カズヤのいう事もちょっとわかるんですよね。

 私は彼の事は見ていなかったのかもしれない。

 彼と築く幸せな家庭を夢見てただけで彼と向き合ってなかったと言われたら、そうなのかもしれないーー」


「クミ様……」


「すみません、別に未練があるわけじゃないんですけど。

 私も反省するところがあったのかなぁって。

 もちろん許す気なんてないんですけどね。


 特に両親の事言われちゃったら何も言えないじゃないですか。

 自分ではどうしようもないし」


「あれは、彼が貴方より優位に立ちたくて言った苦し紛れの言い訳です。

 貴方が気にすることではないかと」


 そう言うと、クミはふふっと笑って、「セルヴァさんなら慰めてくれるって思いました」とにっこり笑う。


「でも難しいですね、こういう男女の関係って。

 本気で愛していたのかと言われても、恋している自分に酔っていただけって言われればそんな気もしてきちゃうし。

 口では両親の事なんて気にしてないよと言ってたくせに、内心馬鹿にしていたり。

 もう、こんな事ならこのまま一人でいいような気がしてきた」


「クミ様」


「はい?」


――私ではダメでしょうか?――


 と、セルヴァは言いかけて、言葉を呑んだ。

 女性が弱っている時を狙いすましてこのような手段に出るのは間違っている。

 そこで芽生えた感情など仮初にしかすぎない。

 何より――そんな事をするのは卑怯だ。


 でかかった言葉をぐっと堪える。


「そろそろ身体に障ります。明日に備えて寝た方がよろしいかと」


 セルヴァがそう言えばクミは笑って


「本当だもうこんな時間。そろそろ寝ますねおやすみなさい」


 と、ふらふらとよろめきながら部屋へ行こうとするのをセルヴァが支える。


「セルヴァさん?」


「よろけてますよ」


「あー、気を付けないとまた飲み過ぎたかも」


 そう言って笑う顔は無理に笑っているように見えて--セルヴァは複雑な気持ちで見つめるのだった。



□■□




 ――はぁ。


 ふらふらだったクミを部屋に送った後。

 セルヴァはため息をついた。



 昼間――クミが迷うことなく以前の恋人を助けようとした時、芽生えた感情にセルヴァはもう一度ため息をつく。

 クミの心配よりも、先に沸いた感情は間違いなく嫉妬だった。


 何故あんな男を守るためにクミが危険な事をしなければならないのか。

 まだ彼女はあの男を愛しているのだろうか?


 そんな醜い嫉妬から彼女を止めるタイミングを逃してしまったのだ。

 そして苛立ちから余計な口出しをしてしまった。


 ――自分を持たないと――


 これからずっと彼女とともに生活していかなければならないのだ。


 受け入れられなかった場合――彼女に距離をおかれたのでは彼女を守れない。


 閉鎖された場所で暮らしていく以上、これ以上距離を詰めるのは、想いがすれ違ってしまった場合悲劇でしかない。


 けれど――


 時折彼女の愛を手に入れてしまいたいと思ってしまう。


「くぅん?」


 不思議そうにベガがセルヴァを見るのでセルヴァは微笑んだ。


「今日は念のため、ベガ様もクミ様についていていただけますか?」


 と、言えば嬉しそうに「わんっ!」と、ベガもクミの部屋へ入っていく。

 おそらくベガもクミの事が心配なのだろう。


 明日には荷物を持った獣人達が移住してくるだろう。

 忙しくなれば彼女の気も紛れるかもしれない。


 ――むしろそれを望んでいるのだろう。

 彼女がそれを望むなら気持ちを切り替えないと。


 人が増えるということは問題も増える。

 獣人達は温和でもめごとを好まない性格故、それほど大きな問題にはならないだろうが、今まで二人で生活していたのと勝手が違ってくるだろう。


 あとでデュランと決まりを詰める必要がある。

 こんな時に男女のもめ事をおこしクミに距離を置かれるわけにはいかない。


 想いは伝えぬまま、過ごす他ないのだ。


 おやすみなさい、クミ様。


 心の中でそう言ってセルヴァはクミの部屋を見つめるのだった。



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