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ハンド・メイドの楽園を

作者: 0024

 ◆01◆


『箱庭』が好きだ。


 そこには人が根源的に思い描く理想の光景がある、と私は思う。それを親しい友人に話してみた所、


「年寄り臭い」


 のだそうである。

 私は年齢とそういった趣味嗜好に関連性はないと思うのだけれど。まあ、別に気を悪くしたと言うほどのこともない。友人にとって私の行動は、盆栽を趣味にする滑稽な若人(わこうど)、といった風に見えているだけの事なのだろう。厳密に言えば私の作っている箱庭は、盆栽とは趣を異にするのだけれど。


 枯山水(かれさんすい)、というものをご存知だろうか。

 京都の龍安寺(りょうあんじ)などが有名だが、岩や砂を使って、あたかも自然の川の如く見えるように表現する、日本の庭園である。


 私が主に作る箱庭は、端的に言えばあれの縮小版なのだ。


 敷き詰められた川の流れの如き細かい砂が描く流線型の模様、無彩色(モノクローム)に彩られた一見無骨で地味とも言える色彩から浮かび上がる鮮烈な輝き。私は現実の日本庭園にはさほど心惹かれないけれど、箱庭の枯山水の美しさと言ったら、可愛らしさと渋さを兼ね備えた、高度な構造物(アーキテクチャ)だと思うのである。


「よし、綺麗に出来た」


 私は今日の分の箱庭を作り終えると、いつも通り棚に飾り、写真を撮る。様々な角度から何枚か試写して、お気に入りのモノはSNSにアップしてみたり、自分のスマホの待受にしてみたり。


「ん~、今回のキットは特に砂粒が良い素材だなあ」


 柔らかい砂の肌触り、見た目にも本当の水のように滑らかで美しい。レーキ(砂に模様を描く熊手(くまで)のようなものだ)で引いた流線の伸び具合が非常に均整の取れたバランスで見ていて心地良い。


「こういうの、もっと共有出来る人が居ると良いんだけどな」


 女性で箱庭(しかも枯山水)好きの趣味自体があまり多くない上に、ネットならともかく現実では男性でもそうそう出会わない趣味である。因みに、一般的にこういうミニチュア・キットを好むのは、中年以上、老齢の男性が多い……らしい。

 だから、現役女子高生である私がリアル友達とこの趣味の楽しさを共有するのは難しい。まあ、そんな事を言っても詮無い話だ。無い物ねだりをしても仕方あるまい。

 私は早々に諦め、今日のところはもう寝ようと思って電気を消した。


 ◆02◆





「世界を作ってみないかい、霧絵(きりえ)





 夢の中で声がする。

 誰?

 私の名前を知る貴方は誰なの?


「僕が誰かはどうでも良いことさ。君のその箱庭趣味、素晴らしいと思うのだよ」


 ほんとう?


 私は欣喜雀躍(きんきじゃくやく)、彼の言葉に飛びつく。

 私の趣味を共有できそうなナニモノかが現れた、それだけで私は舞い上がってしまう。


「ああ、本当だとも。僕は君に特別な世界の部品(キット)を贈ろう。明日それを組み立てて、君のお好みの形に整えてみたまえ。そうしたら…… …… ……」


 なあに?

 最後の方が聞こえないわ。


 私は彼の言葉を聞く前に、意識を覚醒させるけたたましい音が耳に届くのを感じてーー


「……はっ」


 気付けば8時である。


「わぁ! いけない、遅刻しちゃう!!」


 私は急いで制服に袖を通し、セミロングの髪を整え、朝食もそこそこに家を出た。


「行ってきます! ……あ、そうだ! 今日は部活で遅くなるし、多分また皆とファミレスで晩ご飯食べてくるから!」


 私は母にそう告げると、慌ててバタバタと玄関を飛び出すのだった。


 ◆03◆


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 私は教室に滑り込む。折角軽くとは言えセットしたハーフ・アップは無残に乱れ、私は無駄な抵抗と知りつつも手鏡で見つつ手櫛で()き始める。


「おはよー、霧絵。どしたん、珍しい」

「おはよう、雁奈(かりな)。ちょっと変な夢見ちゃって、寝覚めが悪かったの」


 厳密に言えば寝起きが悪かっただけで、夢が不愉快であった訳ではないが……。まぁ、この場合は些細な違いだろう。


「夢ぇ? どんな?」

「えっと……」


 それを話すと私の箱庭趣味への言及は避けられないため、私は逡巡する。雁奈は悪い子ではないが、誰あろう私の趣味を『年寄り臭い』と評した友人だからだ。

 繰り返すがその件については納得はしないものの、女子高生の身でやつす趣味ではあるまいという自覚はあるので、別に気を悪くしてはいない。さりとて、自ら蒸し返す事もあるまい。


「ちょっとね。悪夢っぽいっていうか、変な怪物に追いかけられちゃう感じの」


 なので私は軽い嘘で誤魔化す。

 ま、この程度の嘘は許容範囲であろう。


「へー、あたしもたまに見るよ、そういうの。霧絵も見るんだ」


 納得したように雁奈は頷く。私はその話を延々続けても益体がないので、鞄から筆記用具と教科書を取り出して1限目の授業に備える。今日は、現国からだったかしら。

 ホームルームが開始され、担任教師がいつもの雑談を始める。私は大半に興味がないので、今朝の夢を反芻(はんすう)していた。


「世界を……作る、ねぇ……」


 荒唐無稽な話だ。

 私の作るキットは基本的に枯山水、たまに普通の庭園なんかも作るけれど、主に砂と岩で構成された地味なものだ。世界を、という言い回しからすると、何だか巨大なものを連想するけれど……。


 いやいや、何を本気にしているのだ。


 私は夢は夢だ、と割り切る。夢の中に理想の趣味仲間を見つけて喜んでいるなんて、冗談にもなるまい。そうして始まった現国の時間を前に、わたしは現実へと意識を切り替えていくのだった。


 ◆04◆


「霧絵、今日は部活だっけ? お疲れー」

「うん、また明日ね。バイバイ」


 私は雁奈と別れて部室へ向かう。校舎をひとつ跨ぎ、部室棟へと歩く。

 私の部活は所謂、『工作』をする部で、美術部とも少し趣が異なる。まあ、分かりやすく言うなら、前衛芸術みたいなモノを専門に扱うタイプである。


「こんにちはー。阿蘇村(あそむら)霧絵、来ましたよ」


 恒例の挨拶をして、私は部室のドアを開ける。部室の上にはこうネームプレートが掲げてある。


『現代美術研究会』


 ……部として通りの良い名前を思い付かずにいた初代部長がこの名前を愛していたらしく、ちゃんと部として成立しているにも関わらず未だに研究会の名を冠しているのはご愛嬌、である。


「やあ、阿蘇村一年生」


 これまた恒例の変な呼び方で部長の宍崎(ししざき)先輩が私に挨拶する。誰だったか、高名な小説家の用いる二人称がこういう苗字と学級所属を組み合わせた言い方らしく、それを好んでいる先輩は使いたがるのだとか。それに多少の影響を受けてしまった所為か、私も部室に這入(はい)る際の挨拶にフルネームを使う癖が付いてしまったのだ。


「今日は先週の続きですか? もう乾いてますよね、流石に」


 ペンキの臭いがツンと鼻に染みるソレを私は指差して尋ねる。コレが我ら現代美術研究会の目下の制作物である謎のオブジェである。鳥を模したような造形だが、その脚は6本生えており、尻尾は蛇のように細長いという奇妙な姿なので、幻想の中の生物としか思えない。


「ああ、綺麗に塗れている。阿蘇村一年生の細やかな塗布(とふ)にはいつも帽子を脱ぐよ」


 宍崎先輩はそんな風に褒めてくれる。手先が器用なので私は専ら、細かな塗布などを担当する。


「私はカラフルな色合いよりも、モノクロのほうが好きですけどね。まあ、部活で私の趣味を持ち込んでも仕方ありませんし」

「なんだ、阿蘇村一年生はやはり部活でも枯山水を作りたいのか?」


 趣味の事を先輩と話すのはこれで何回目だったかな。先輩は雁奈と違って、共感はしないが少なくとも理解はしてくれるタイプなので、私の趣味についてしばしば話す機会はあった。


「ええまあ。でも、枯山水のキットって部品を準備したら後は岩の配置を整えて砂を描くだけですからね。学校の部活として扱うには、(いささ)か地味過ぎるでしょうし」

「まぁな。学校側もただキットを組み立てている手抜きだと邪推しかねん」


 本当はそういう配置や模様を考えるのにもネットで参考動画を観たり専門書籍を買ったりして、センスを磨いているんだけれど。まあ、概ねそういった職人気質というか、芸術の心は一般人には軽視されがちである。先輩もそれに同情的ではあるものの、部活として実行に移すには中々難しいようであったし、私も納得済みだ。

 それに、別にこの前衛芸術を皆で造る行為自体が嫌な訳じゃない。それならとっくに退部届を出すか、ハナから参加していない。


「今日は塗布は一旦中断して、周辺のオブジェの制作をしているんだ」


 見ると先程から話しながらも宍崎先輩は手を休めず、何やら鳥らしきモノに添える小さな丸いオブジェをピンセットで弄り回している。


「それ、この鳥の子供か何かでしたっけ」


 コンセプトについて以前に説明は受けたものの、私は微妙に忘れているため尋ねる。


「正確には眷属(けんぞく)だが、まあ似たようなものだ」


 眷属。神様なのかな、この鳥。禍々しくも神々しいと言えば言えなくもない奇矯(ききょう)な形状をした鳥を()めつ(すが)めつ、私は思案した。


 神様って、この世にいるのかなあ。


 私はふと今朝の夢を思い出す。アレは神様というよりは、なんだかその御使い、といった風情があったが。


 天使? ふふっ。


 私は自分の中に湧いて出たメルヘンチックな考えに思わず自分で苦笑してしまった。


「それじゃあ私もお手伝いしますね。指示書は……」

「机の上に置いてある。まあ、ある程度はざっくりで構わない」

「はぁい」


 私は部長の手書きの指示書を読み、周辺オブジェの制作を手伝い始めるのだった。


 ◆05◆


「ふー、今日はこのくらいにしましょうか」

「お疲れ様、阿蘇村一年生。みんなも今日は飯食って帰るか」


 わぁ、と部員が沸く。全員でファミレスに行く恒例行事も何回目だったかな。

 私たち現代美術研究会の部員はこうして一緒に一つのものを作り上げる関係で、割と団結感というか仲が良い。芸術系の部活はおおよそ個人の制作物に偏りがちなので、その意味でも私達は特異な部類だった。ワイワイと楽しく過ごす夜、私はこの時間が好きで部活を続けている側面もある。


「阿蘇村、今日のオブジェの出来めっちゃ良かったよ」

「ねー、霧絵ホント手先器用だよね。羨ましい」


 口々に褒めてくれる先輩部員に私は照れる。


「ありがとうございます。一年生だからまだまだ、習熟度は先輩方には及びませんけど」


 軽く謙遜しつつも私は誇らしい気持ちに満たされる。趣味とは言え、枯山水の制作で磨いたセンスと腕前が評価されているのだと思うと、かなり嬉しい。私は注文したオムライスを食べつつ、満足感に浸るのだった。


 ◆06◆


 家に帰ってくると、謎の郵便物が届いていた。

 両手で抱えられるかどうかといった、かなりの大きさの箱である。


「お母さん、これ何?」

「あなた宛てですって。誰からかは書いてないの、変よね。心当たりがないなら、捨てちゃいましょうか?」

「いや、届け間違いなら変に捨てたりしてお金を請求されても困るでしょ。こういう場合は、郵便局に問い合わせを……」


 私がその謎の郵便物を不審な目で眺めていると、ん、と気付く。


「阿蘇村 霧絵 様」


 と書かれた宛名よりもずっと下のほうに、小さく小さく書いてある。



「『世界』を作ってみないかい?」



 私は今朝……いや、昨日の夜?の夢を思い出す。


「……まさか」


 夢の中の彼からの贈り物だというのか?

 ……有り得ない、そんな虚構の世界のような話。


 ……私は頭の冷静な部分で否定しつつも、中身が気になって仕方なくなってしまった。

 そして気付くと私の口は縷々(るる)、嘘を並べ立てていた。


「お母さん、思い出した。コレ、私の学校の友達からの郵便物。そういえば、部活仲間が私の趣味に共感してくれてね。中身開けてみるわ」

「あら、そう。お礼言っておきなさいね」


 お母さんは私の立て板に水の出任せを疑う事なく信じてくれる。さっきの軽率な『捨てちゃいましょうか』発言からも分かる通り、あまり考えの及ばない人なのだ。


「はぁい」


 私は心の中で母にごめんなさい、と言いつつ、その巨大な郵便物を自室へ持って上がった。


 ◆07◆


「……本当に箱庭の部品(キット)じゃない」


 私は箱を開けて驚いた。

 しかし、箱庭というにはあまりに大きい気がする。軽くいつもの枯山水の面積の10倍くらいはあるだろう。それこそ、博物館とかでガラス・ケースに仕舞われてある『町のミニチュア』といった風情である。


 地盤は無骨な荒野。付属している砂粒、岩山、そして木々や家の数々までもが全て無彩色(モノクローム)を基調とした私好みの渋い色合いだ。


「わぁ……」


 私の心は一瞬で奪われた。

 いつも作っている日本庭園風味とは異なり、どちらかというと西洋の意匠を意識しているようだが、その飾り気のなさ、主張の少ない荒涼とした完成図を頭の中で思い描き、作りたい!と強く思わせるには十分だった。


 今すぐにでも制作に取り掛かりたいが、生憎と今日はもう部活で疲れている。明日にしよう、と私はひとまず部品をどう組み立てて配置するかだけ簡単に図に描き起こしてから、お風呂に入って眠りについた。


 ◆08◆


 翌日。火曜日の朝。


「霧絵、今日は普通に登校できたね」

「そうそう毎日ギリギリにならないわよ」


 昨日の事があったので雁奈に揶揄(やゆ)されるが、私は軽くあしらう。


「てかさ、そろそろ学園祭だよね。1-A(ウチら)の出展どうなるのかなあ」

「あぁ……」


 日々の部活の制作物ばかりに追われて、すっかり忘れていた。

 月曜以外はあまり長くならないのだが(因みに、月曜は部長が特に制作に張り切るのもあって皆モチベーションが高く、だから遅くなってファミレスご飯みたいな事が多い)、とはいえ毎日の事である。


「そろそろ決めなくちゃいけない頃だね。あと3週間くらい?」

「そう。皆あんまりあれこれ考えてなさそうだしねー」


 今時の若者らしいというか、私達のクラスにおける学園祭へのモチベーションはさほど高くなく、何回かホームルームで議題として挙がりつつも具体的な案などは保留中、といった様子である。

 まぁ、かくいう私自身があまり乗り気でない所はある。家でも箱庭趣味、部活は文化系で物静か。こんな性格だから、大騒ぎというのは性に合わないが、しかしクラス全体の出し物となるとそういう方向にシフトしたがるのが常である。


「お化け屋敷だのメイド喫茶だの、付き合ってらんないよね」


 雁奈もそんな風に言う。彼女の場合は、クラスの出し物で時間を取られるのが嫌なだけなのだろうけれど。そう言えば、彼女は他校の男子生徒と付き合っているのだっけ。私はそういう男女の色恋には全く疎いので、詳しく突っ込む気はまるでないが。


「ってかさ、霧絵はこの機会にカレシ作んないの? 花の高校生活で」

「私は、そういうのはちょっとね」


 1年生も10月に差し掛かろうかという頃合いになって私は浮いた話の一つもない。まぁ、およそ高校デビューなどという単語とは無縁な私である。


「勿体ない。霧絵、清楚美人って感じだからさー、軽くナチュラルメイクとかしたら、引く手数多だと思うけどね」

「あはは」


 苦笑してしまう。

 清楚美人ねえ。枯れた趣味と性格の私が、見た目だけはそういう風に見えているのだと思うと、何となく引け目を感じてしまう。雁奈はいかにもな感じの現代っ子で、割と派手目にメイクしたりしているし、私みたいな子とどうして仲良くしてくれているのかはイマイチ分からない。最初の頃は私もあまり話さなかったのだが、何を機にこうして仲良くなったかは……まぁ、それは良かろう。さして面白い話でもないので。


「ていうか、夏休み終わりに告白されてたじゃん」

「ええ?」


 心当たりのない話だ。誰にだろう。


「ほら、美術部の大外刈(おおそとがり)先輩。霧絵を今からでも来ないかって勧誘してたでしょ」

「……あぁ。アレね」


 私は嫌な事を思い出してしまった。大外刈先輩というのは、美術部の部長をしている2年生の先輩だ。彼は私が『現代美術研究会』において出展したある作品のセンスを見て、今からでも美術部に入らないか、と転向を促してきた人なのだ。

 その言い方というか、勧誘の切り口が私には相当に不快だったので、なるたけやんわりと、しかしはっきりと拒絶したという思い出がある。


「アレは勧誘でしょう。告白じゃないわよ」

「ええー、霧絵、それはないよ」


 色恋には聡いらしい雁奈は訳知り顔で言う。


「そんなん口実だって。絶対、霧絵の事好きなんだと思うよ。まぁ、それで袖にされたから、今は霧絵の事を逆恨みしてるっぽいって噂は聞くけど……」

「穏やかじゃないわね」


 私は心底うんざりした。

 あの人は私を勧誘するにあたって、私の所属する『現代美術研究会』を露骨に(おとし)める発言がチラチラと見え隠れしていた。そんな勧誘の仕方で、今の部活に満足している部員を引き抜けると本当に思ったのだろうか?まして、女性として私に好意があるというのであれば、悪手と言わざるを得ない。


「見た目はイケメンだし、プライド高いんじゃない? 何人か女子から言い寄られたって話も聞くしね」

「雁奈、詳しいわねえ。そういう話本当に好きね」


 私はやや呆れて言うが、そりゃあ女子高生ですから!と悪びれもしない。

 プライドねえ。

 美術部の活動のほうが現代美術研究会よりも高尚だとでも言いたいのだろうか。私は芸術に貴賤(きせん)などはないと思っているし、横幅こそあれど、互いに尊重し合うべきだろうと思う。文化を縦軸で語ってしまうと、どうしても歴史的な感性の違いがそこには壁として立ちはだかる事はあるだろうが……。


「まぁ、関係のない話だわ」


 私はそう話を打ち切る。あの人の話を長くしていても不愉快さがこみあげてくるだけだ。


「そうねー」


 雁奈もその空気を察したか、これ以上の言及はよそう、と思ってくれたらしい。私が無遠慮に見える彼女と仲良くしているのは、こういう引き際の良さなのだろうな、と思ったりした。


 ◆09◆


「カレシねえ」


 とはいえ、色恋に興味はありません!なんて言い切る程に私も冷めてはいない。単に興味が薄いだけだ。部長にも部活の他の男子にも興味があるわけではないし、クラスの男子にも特段、気になる人などいない。

 ましてや、自分の部活を貶める男など願い下げである。


「それより、さっさと帰って例の箱庭作りたいなあ」


 部活の残りがまだ少しあるので、サボる訳にも……と思うが、そこまで締め切りが迫っているかというと微妙なラインだ。私は逡巡しながら部活棟に向かい、途中で嫌な人物の姿を見咎めてしまった。


「うぇ……大外刈先輩だ」


 まだこちらには気付いていないのが幸いである。顔も合わせたくないので迂回して部室へ行こう……と思って踵を返した所で、部長と出くわした。


「おや、阿蘇村一年生。今から部室か?」


 これは幸い。

 部長がそばにいればいくらあの不躾な先輩と言えど私に絡んでは来るまい。


「ええ、そうなんです。一緒に行きましょうか」

「ん? しかし今逆方向に」


「気にしないで下さい」


 私はにっこり笑って強めに言う。


「そ、そうか」


 部長は私がこういう態度を取る時には何かあるなと思ってくれるタイプなので、スッと追求をやめてくれた。


 そうして私達は連れ立って現代美術研究会の部室へ向かう。途中で大外刈先輩が私達を横目で見て、露骨に舌打ちするのを聞き咎めたが、私は知らんぷり。


「なんだ、あいつ」


 部長はその態度に気を悪くしたようだが、別に絡みに行くでもなくただ顔を顰めるばかり。こういう所が格の違いだ……と私は思ってから内心で訂正する。いやいや、男としてのどうこうではなくて、人間としてのね……と。それに人間性に紐づけて美術部そのものを貶めるような事は内心でも思わない。単にあの美術部部長が嫌な奴だというだけの事なのだから。


 ◆10◆


「今日はこの辺で上がって良いぞ」


 作業が30分も経たないうちに、部長はそう言った。


「え、でも」


 まだ予定の半分も終わっていない。私は戸惑った。


「何やら気もそぞろの様子。済ませなければならない用事があるなら、先にそれを終わらせてからでも十分だろう。こちらは任せておけ」


 どうやら、私は随分と分かりやすく態度に出ていたらしい。確かに、今日は早く帰って例の箱庭を組み立てたい、とソワソワしていたのだ。


「すみません、部長。気を遣って頂いて」

「何、阿蘇村一年生にはいつも世話になっている。お前のお陰で現美研(げんびけん)はかなり盛り立てられているからな」


 私はそんな部長のさりげない心遣いに感動して、ぺこりとお辞儀をして帰り支度を始めた。因みに、現美研というのは現代美術研究会の略である。


「それでは、お先に失礼します」

「おう、また明日な」


 私が部室を出て、下駄箱で靴に履き替え、いそいそと帰ろうとしたその時だった。私の進路を、背の高い男の人が塞ぐ。


「やあ、阿蘇村さん」

「……大外刈……先輩」


 危うく上級生を呼び捨てにする所だったが、グッと耐え忍んだ。全く、タイミングの悪い男だ……。よりによって、今日を選ぶことはなかろうに。


「今日こそは色よい返事を期待しているんだけど、どうかな? 美術部に入る気にはなったかな?」

「……あの、今日こそは、ってまるで毎日私に勧誘の声を掛けているかのような言い草ですけど、貴方が私に勧誘して、私がハッキリと断ったのは9月の初めですよね。もしかして、覚えてらっしゃらないのですか?」


 私はたっぷりと嫌味を込めてそう返すが、大外刈先輩はまるで(こた)えない、といった様子で私に言う。


「ははは、僕の気持ち的には毎日勧誘をかけているくらいだったんだけどね。君の迷惑になるのも不本意だから、控えていただけだよ」


 私は呆れてしまう。そもそも断ったのにまた声を掛けてくる辺りが既に迷惑だし、内心は自由だが勝手に毎日勧誘しているつもりになってその言葉を口にする自意識過剰っぷりにも吐き気がする。


「……もう少しハッキリ言わないと伝わらないようですから、この際言わせて下さいね。私、貴方が嫌いなんです。目の前に現れると不愉快ですから、二度と話し掛けないで頂けますか? じゃあ」


 私は暴力に訴え掛けられても困るので、苛々(いらいら)しながらそれだけ言うと足早に去ろうとする。運動部員でもあるまいし、走れば逃げ切れるだろう。私はそう思った。


「まぁ待ちなよ」


 そう言うと彼は私の手首を掴む。力が強い。


「ちょっと、放して下さい。大声を上げますよ」


 私は大外刈先輩を睨み付け、本気で大声を出す準備のために、スーッと息を吸い込む。そこで、大外刈先輩はとても醜悪な笑みを浮かべて、嘲るように言った。


「……展示物が事故で壊れたりするのを、見たくはないないんじゃないかな?」


 ……こいつ、まさか私達が学園祭に出す予定の例のオブジェを、破壊する気なのか。私は青ざめ、その脅迫に対して本気の怒りを滲ませる。


「……あの。それ以上美術部の品格を貶めるような所業は止めたほうが良いかと思いますよ。私、貴方のその脅迫めいた言葉、しっかりと録音しているので、明日にでも先生に伝えようかと思います」


 むろんブラフである。そこまで用意周到な私ではない。ところが大外刈先輩はどうやら引っ掛かったらしく、ぐっ、と言葉を詰まらせる。私は思惑が上手くハマった、と思ってニヤリと笑い、彼の手を強く振りほどく。


「ご機嫌よう、美術部部長様。もう二度とお目にかからない事をお祈り申し上げますわ」


 私は殊更にお嬢様口調で皮肉を込めて言い放ち、そのままダッシュで逃げた。


 ◆11◆


「はぁ~~~っ、何なのあいつ、本当に」


 私は急に腕を掴まれた軽い恐怖と、ブラフで追い返した緊張でまだ心臓がドキドキと嫌な鼓動で速くなっていた。


「念のため、LINEしておこう……」


 私は現代美術研究会のグループチャットで、先ほど起きた件について共有しておいた。大外刈先輩が私の勧誘をしつこく続けてきた事。現代美術研究会のオブジェを壊そうとしているかのような脅迫めいた発言があった事。これらを部員全員に周知して警戒しておけば、まぁ、さしあたっては大丈夫だろう。最悪、教師に通告するテもある。録音はブラフだった以上ハッキリとした物証がないので、状況証拠という事になるが……。


「全く、これからウキウキの箱庭作成タイムだったのに、台無しだわ」


 私は苛々する気持ちを吹き飛ばしたいな、と思って楽しい箱庭作成の前にストレス解消をしなければと考えた。


「どうしようかな……寄り道するのも時間が勿体ないし」


 帰り道をやや早足に歩きながら、私はスマホを弄ぶ。


「ううん、スマホのゲームは良く分からないのよね……」


 一応、SNSやLINEなんていう現代の若者のツールこそ使いこなしてはいるが、私は基本的にネット社会に疎い。流行りのスマホゲームとかも分からないし、何かをプレイしたいと思った事もない。ゲームはどちらかと言うと、テーブルゲームやボードゲームといったアナログなもののほうが好きだ。


「ん? メール来てる」


 珍しい事もある。基本的に連絡はLINEで行う私だから、持ってはいるもののメールアドレスの方に何らかの文面が届くことは珍しい。何らかのサイト登録は殆どしていないので宣伝メールも来ないし、スパム等の類も同じくである。


「件名……何、これ?」


 私はその宛先と件名を何度も見て、悪戯か?と疑った。何せ、それは。


 件名:僕のプレゼント

 本文:気に入ってくれたかな? もう組み立ててみたかい?


 ……明らかに『夢の中』で出会った『彼』のものだろう。

 宛先は滅茶苦茶な英数字の羅列で、とても一瞬で暗記できるものでもない。念のためにコピーしてメモに取っておくか……と思ったが、面倒になってそのメールは放置する事にした。私はスマホをブレザーの胸ポケットに仕舞い込み、そのまま急いで帰宅する。


「ただいま」

「あらお帰りなさい。今日は早いのね」


 母が私を出迎えてくれる。まだ18時過ぎ、最近のいつもの帰宅時間からすればかなり早いほうだろう。


「うん、ちょっとね。昨日の箱庭を作りたいって、部長に態度で気付かれちゃって。気遣って貰っちゃった」


 そう言うと母は


「あらまぁ。もしかして、プレゼントも部長さんから? やるわねえ」


 と、何やら誤解を招いてしまったようだが、それでも別に良いだろう……と私は思ってしまう。大外刈先輩の件があって、余計に部長の人格者っぷりに(ほだ)された所はある。まぁ、男性としてどうこう、とはまだ全然思っていないけれど。


「そんな所よ。暫く部屋で集中するから、声掛けないでね」

「はいはい」


 母に私は釘を刺す。集中して箱庭を作っている時は、誰からも声を掛けて欲しくないのだ。


 そして私は自室に籠り、満を持して『夢の主』からの贈り物、無彩色の西洋風・荒野の箱庭を組み立て始めるのだった。


 ◆12◆


「……送り主の怪しさを横に置けば、見れば見る程に細やかで素敵な箱庭キットだわ……」


 私は地盤に様々なオブジェを配置しながら、その手触りや色合い、細かく作り込まれたディテールを確認して、ほう、と溜息をついた。


「こんな素敵な箱庭、完成が楽しみだけど引き延ばして何日もかけたいわ……」


 完成品に興味が無くなる、という事は断じてないが、制作過程こそが私の楽しみという部分は否定できない。故に、少しずつ丁寧に、私はたっぷり10日くらいかけてその箱庭を完成させよう、と思うのだった。しかし、その思惑は初日で外れる事になる。何せ。



「素晴らしい手際だね。これほど細やかな部品(キット)を、手早く仕上げていくものだ」



 と、私のすぐ後ろに立っていた少年が声を掛けてきたためである。


「……うひゃぁ!!?」


 私は奇声を上げてしまう。だ、だ、誰!?


「おやおや、はしたないじゃないか。もっと君は落ち着いているのが似合っているよ」


 気取った台詞で、小学生男子くらいの背丈の少年は私に言う。見ると、大人の男性のようなスーツを軽く着崩して、ニコリと大人びた、こう言ってはなんだが色気を感じさせるような笑顔を見せる。


「あ、あ、貴方……誰?」


 私は見た目の印象よりもまず、自分の部屋に音もなく侵入してきたその少年に最大限の警戒心を露にする。


「僕は君にその箱庭をプレゼントした者だ。昨日、君の夢にお邪魔させて貰った、ね」


 あぁ、やはりそうなのか。どことなく見覚えのあるその姿と聞き覚えのある声音。


「こ、これ……貴方が送ってきたのね」


 私は箱庭を指差し、それからスマホを取り出してメールを見せる。


「そうだよ。だけどメールは君が返信をくれなかったのでね、つい反応が気になって、お邪魔したという訳さ」

「どこから……」


 私は恐る恐る尋ねる。すると少年は人差し指をスッと上に向けて指す。


「……空?」

「君達の言葉を借りるなら、天国みたいな所さ」


 その言葉を聞いて私は仰天する。本当に、天使だったというのか。


「天使? ははは、そりゃ面白い解釈だね。まぁ、違うけど、当たらずと言えど遠からずかな」


 要領を得ない答えではぐらかす少年。私は顔を顰めた。


「な、何が目的で私にこんな素敵なプレゼントをくれたの? タダ、って訳じゃないんでしょう?」


 私は必ず何かの思惑があると思ってしまった。だって、こんな高価そうなもの、普通は何の見返りもなく渡すわけがない。


「タダだよ。でも、その世界を作って貰う事が、僕にとっては至上の命題なのさ」

「……世界?」


 そういえば昨日も夢の中でそんな事を言っていた。ただの箱庭でしょう?


「確かに、君にとってはただの箱庭だ。しかし僕にとってはそれが世界だ」

「……???」


 何を言っているか分からない。もっとハッキリ、理解できるように説明して欲しい、と私は求めた。


「簡単に言えば、君の作るその箱庭は、()()()()()


 ……何を言っているのか分からない。私は同じ事を思った。


「現実……に? 箱庭が?」

「そう」


 少年はそれだけでは理解できない私に、子供に説明するようにゆっくりと語り始めた。


「その箱庭の部品(キット)は、世界の一部なんだよ。失われた世界のね。その失われた世界を再構築するために、君の手を借りているという訳さ」

「……話が壮大過ぎて意味が分からないわ」


 私は正直な感想を述べた。ならば、と少年は優しく、根気強く説明してくれる。


「では、失われた世界の事の始まりから語ろうか」


 順序立てた方が伝わりやすそうだからね、と少年は言って、紙とペンはあるかい?と尋ねてきた。私は良く箱庭の図面をイメージするために使っているスケッチ・ブックと、鉛筆、シャーペン、ボールペンなどを適当に渡した。


「これを見たまえ」


 少年は僅かに逡巡してから鉛筆を手に取って、サラサラと図を描き始め、私に見せた。


「これが君たちの世界だ。地球と呼ばれているね」


 私は頷く。


「そして、こう……こんな距離感ではないが、便宜上、隣に描こう。これが『失われた世界』だ。この世界は、(ゆえ)あって今は、その箱庭の部品(キット)のような、バラバラの状態になってしまっている」


 そこには、地球と同じような星が描かれていた。大陸の形などを大雑把に描いたソレは、まるで地球とは異なる地形のようだった。


「つまり……今は消滅した、別世界、別の惑星……という事?」

「そう、その理解でほぼ合っている」


 冗談みたいなSFの世界観の話を大真面目にされて、私は困惑する。そういう素養はないが、ここまで丁寧に説明されては、納得せざるを得ない。尤も、目の前にいる人物がとんでもない大ぼら吹きでなければ、という条件はつくが。


「それで、私にその世界の再生をさせようというの?」

「正確には再生ではない。どちらかと言えば、世界の新規作成だね」


 まるでPC(パソコン)上で新しいファイルを作成する、くらいの軽い言葉のノリに私は眩暈がするが、本気らしい。本気で私に、『世界の造物主』となれ、と言っているのだ。この『天使』の少年は。


「冗談でしょう……私なんて、ただ手先が少し器用なだけの、箱庭好きの女子高生よ? そんな私に、いったい何ができるっていうの」

「その『才能』が世界を救えるのだよ。誇っていい事だ」


 私はそんな風に褒められても、まるで実感が湧かない。世界の創生だなんて。現代美術研究会のオブジェの作成を褒められた時のように卑近な話とは訳が違うのだ。


「まぁ、さして気負わず気軽に作ってくれれば良いよ。それは、世界の断片でしかない。そこを起点にして、そこを基軸にして、世界は再生していくのだ」


 私は彼の、丁寧だがあまりにも荒唐無稽な説明を必死で理解しようとした。


「……つまり、この箱庭は新たな世界の『雛型』となる、という事なの?」

「そう。理解できたかい?」


 理解できはしたものの、よし、それじゃあ張り切って作ろう!というテンションにはならない。ただの趣味で世界を作り出すなんて、そんな責任を私の双肩に背負わせないで頂きたい。


「そこまで深刻に捉えなくて良いよ。いつも通り、楽しく箱庭を作れば、それでいい」

「無茶言わないで。その説明を真に受けて、箱庭作りの感覚で作れる訳、ないでしょう」


 随分と繊細なのだねえ、と少年はニコニコしながら言うが、私はそもそも彼の言う事をどれだけ信じられているのかも定かではない。第一、彼が天使?だという証拠を見せて貰っていない。単に泥棒スキルの高い不審者という可能性も、まだ否定しきれまい。


「証拠? 今更それを僕に求めるのかい、霧絵」

「思えば私の名前を知っているのも謎だけど」


 まぁ良いか、と彼は証拠を見せる気になったらしく、僕の背中を見たまえ、と言い出した。


「背中?」


 私は彼の背中を見た。するとそこには、

 バサリ。どう見ても、蝙蝠の羽にしか見えないものがある。


「あ……」

「信じてくれたかな?」


 私は目を白黒させて叫ぶ。



「悪魔じゃないの!?」



「悪魔? ああ、そういう考え方もあるのか」



 そういう考え方もあるのか、じゃない。

 背中に蝙蝠の羽が生えた人外の者なんて、悪魔以外思いつかない。オカルトに傾倒していない私でも、一見しただけで分かる。


「高度に霊的な存在は、天使も悪魔も見分けがつかないものだよ」

「それっぽい事を言えば納得させられると思わないで……私、悪魔の誘惑に乗って世界を作ろうなんてしていたの? だ、代償は何なの」


 私がなおも躊躇していると、少年は少しだけ呆れたように肩を竦めて言う。


「中々頑なだね。代償は要らないよ。その世界を作ってくれるだけで良いんだ」


 相手が悪魔だと知って、軽々にそんな言葉を信じられるものか。私は警戒心を最大に引き上げる。大外刈先輩なんか、比較にもならない危険な相手だ。


「まぁ、信じる信じないは自由だ。そのまま箱庭を捨てるというのであれば、それも良いだろう。僕はまた別の誰かに『お願い』するだけさ」


 と、彼が引き際の良さを見せた所で私は少し後ろ髪を引かれる思いに囚われる。こ、この素敵な箱庭を失うのは、ちょっと残念かも知れない……。


「どうしたのかな?」


 ニコリと優し気な笑みを再び浮かべると、少年は尋ねてきた。まさに、悪魔の誘惑じゃないか?

 私は、せめてもの抵抗に尋ねてみる。


「……そう言えば、私、貴方の名前を聞いていないわ」


 すると少年は言った。朗々と、良く通る声で。


「ガーディア。僕の名前は、ガーディアさ」


 ◆13◆


 翌日、水曜の朝。


「うー……全然眠れなかった」

「おはよう霧絵」


 私は眠い目を擦り、私が夜を徹して作り続けた結果、既に1/3は出来上がった箱庭を横目に満足そうな顔をしているガーディアを睨む。


「何で貴方が私の部屋に居座り続けているのよ……」

「君がこの箱庭を完成させるまで見届けたいのさ」


 僕はこの世界(はこにわ)の管理者として任されているからね、と言う。悪魔が何を言うのだ。


「くどいだろうけど、僕は悪魔ではないよ。天使でもないけどね。羽が蝙蝠なのは、特になにか意図があってこんな形状という訳ではない。或いは、認識する君の意識の問題なのかもね。僕は霊的な存在で、それを認識するのも君の自由だから」


 スッと蝙蝠の羽をしまうと、彼は滔々と語る。非常に胡散臭い論法だが、私が彼を怪しい存在だと認識しているから、自分の脳内で『悪魔』だと思う姿に見えているのだ、と言いたいらしい。


「どちらにせよ、貴方の思惑がその世界……箱庭を作らせる以外に何かあるかも知れない以上、私の警戒心は解けないものと思って頂戴」

「良いさ。そうそう簡単に信用されても、困るしね」


 鷹揚(おうよう)な態度でニッコリ笑うガーディアの姿からは、確かに(やま)しさもなければ、不審な所も見当たらない。話のスケールが大きすぎて私の世界への認識や考え方には全くフィッティングしてくれないが、彼がただ単に『滅んでしまった異世界らしき惑星』を私の手を借りて再度作り上げたいという思惑である事には、疑いの余地がなさそうに思えてくるから不思議である。


「君は新たなる楽園を作る造物主(かみさま)となるのだから、もっと胸を張ってくれて良いのだよ」


 そんな風に言われても困る。

 私は本当にただ、この無彩色(モノクローム)の箱庭の造形に心惹かれているだけなのだから。

 高尚な思いも、殊勝な気持ちも、何もない。そこにあるのはただ、箱庭というミクロな宇宙に対する、私なりの美の哲学だけだ。


「美の哲学か。良いじゃない、神様には相応しい」

「だから、神様じゃないっていうのに」


 私は変な風に持ち上げようとするガーディアに辟易(へきえき)しながら、制服に着替えて階下へ降りる。……そう言えば目の前で着替えてしまったな。相手は男だが、見た目が小学生男子な上に紳士なので、何にも気にならなかった。


 ◆14◆


 登校した私は、ぐったりと机に突っ伏した。


「おはよう霧絵……どしたん、目にクマ出来てるけど」

「おはよう雁奈……あぁ……いや、その、趣味がちょっとね……」


 うっかり『趣味』と言ってまたぞろからかわれるかな、と思ったが、雁奈はふーん、と流すだけだった。


「まぁ程々にね。小テストもあるしさ」

「そうだっけ……」


 ガーディアが私の所にやってきた件でいっぱいいっぱいになってしまい、私は宿題もそう言えば手を付けていなかったな、と困った。


「珍しいじゃん。ま、そんなに多くないでしょ。パパッと休み時間にやっちまいなよ」

「そうね」


 私は気を取り直して、日常へ戻ろうと努める。なるべく平静に。

 しかしそんな私の願望は、あっさり打ち砕かれる事になる。


 ◆15◆


 ガーディアが校門前にいた。私が何となく窓の外を見ていたら、スーツ姿の小学生男子を見咎めてしまったのだ。私は昼休みにダッシュで彼の所まで向かい、詰問した。


「なんでいるのよ」

「いやぁ、霧絵の学校生活とやらが気になってね」


 余計なお世話だ。というか、小学生男子がそんな洒脱なスーツを着崩して高校に這入るんじゃない。お姉さん達がワラワラと群がって、変な意味で人気になるぞ?


「まだ這入っては居ないからセーフだよ。それに、僕も一応君たちの世界に干渉するにあたってある程度の『予習』はしたけどね、高校生活は全くその詳細を知らないんだ」

「何よ、興味津々じゃない。悪いけど見世物じゃないの、早く家に帰って大人しくしていてくれないかしら」


 私は寝不足もあってやや苛々しながらガーディアに言い含める。ガーディアはしょうがないね、とあっさり引き下がる。昨日もそうだったが、強めに言うと割と素直に退くのか。


「そもそも僕は君に世界を構築して貰うという依頼を投げかけている身だからね。君が嫌がる事は、なるべくしたくない」

「そうなの。まぁ、その紳士的な態度に免じて今回は許してあげるわ」


 そんな風に言ってしまう私も大概甘いけれど、ま、あの素敵な箱庭をくれた事自体は感謝している。出来れば、あれが世界の雛型だなんていう衝撃的事実も、私の目の前に現れる事もせずに居てくれたら、もっと良かったのだけれど。


「ああ、それと、君の身の回りの事も把握しているんだ」


 ガーディアは不意に、そんなことを付け加えた。身の回りの事?一体どこまで把握しているというのだ。私は不思議に思う。


「実はね、この世界に降り立つ少し前から、君に目を付けたタイミングから『記録媒体(ログ・レコーダー)』を持ち込んでいてね」

「ログ・レコーダー?」


 聞き慣れない言葉に私は鸚鵡(おうむ)返しになってしまう。


「君たち人間の歴史や記憶などを丸ごと保存する、超大容量のブルーレイ・メディアだと思いたまえ。もしくは、ファイル・サーバかな? そいつに、更に録音や映像記録などの機能が備わっているのさ」


 異世界の悪魔が、ブルーレイやサーバなどという言葉を用いるとは。私はその滑稽さに苦笑してしまう。


「随分と便利なアイテムを持っているのね」

「これでも異世界管理局(システム)の人間なのでね」


 システム?

 それも良く分からないが、この場で追求し続けていたら、昼休みが終わってしまう。


「まあ、私の事を把握してるなら話が早いわ。なるべく目立つ行動は避けてね。その程度の常識は、その『記録媒体(ログ・レコーダー)』にもあるでしょう?」

「ああ。まだ勉強が追い付いていないけどね。少しずつ学習させて貰うよ」


 そう言うと、フッと姿を消すガーディア。私は少し驚くが、周りは大騒ぎにはなっていない。突然姿が消失するというよりは、意識の外に掻き消える感じだった。なので、誰が見咎めていようが多分大丈夫なんだろうな、と私は納得して教室へ戻った。


 ◆16◆


「あぁ疲れた。数日分の精神力を摩耗したわ」


 私は教室で独り()ちる。残り少ない昼休みを、私はぐったりと突っ伏して過ごした。

 宿題は、結局その日は提出できずに先生に平謝りする羽目になった。そんな私を心配して、雁奈が話しかけてくる。


「霧絵、ホント珍しいね。今日はグロッキーって感じ」

「雁奈。そうね……徹夜なんてするものじゃないわね」


 私がそう零すと、雁奈は珍しく私の趣味に普通に興味を示すような態度になる。


「徹夜で作ってたの、枯山水……だっけ?」

「ううん。枯山水じゃないの、今回は」


 私はどこまで言っていいものか逡巡し、それだけ答えた。


「そっかー。あたしにはよう分からん趣味だけど、ま、霧絵が好きならいーんじゃないかな。徹夜は、頂けないけどね。女子高生のお肌にも大敵だぞ!」


 そんな風にお道化(どけ)て、雁奈は私に警告する。あぁ、それが言いたかったのね。ま、別に彼女の興味にコペルニクス的転回が起こるとも思っていない。しかし彼女の私への心配自体は有難いものだったので、私は素直に答える。


「ありがとう。心配してくれて」


 すると雁奈は少し照れたように頬を掻いていた。


 ◆17◆


「顔色が悪いな、阿蘇村一年生」

「面目次第もございません……」


 現代美術研究会の部室で私は部長に渋い顔をされる。


「昨日は早く帰ったと思ったのだが」

「それが……新しい箱庭が、予想以上に楽しくて」


 私はやや嘘をついた。徹夜までした理由は、確かに楽しくてのめり込んだのもあるが、一刻も早く厄介な彼の『要望』を終わらせたかったからだ。本当なら、10日くらいかけてじっくり作りたかったのだが、それが『世界の雛型』だなんて言われて趣味の範疇を超え始めるようでは、モチベーションも変わってくる。

 私は自分の趣味(ホビー)は長く長く続けたい派だが、仕事(タスク)はとっとと片付けたいタイプなのだ……と言えば、『世界の雛型』の完成を急いだ理由も分かるだろうか?


「まぁ、趣味も大事だが、授業や部活もあるからな。何より身体が資本だ。今日は帰りなさい」


 そう言って部長は私を帰してくれる。心遣いの人だなぁ……。


「ああそれと、大外刈の件は、先生にも言っておいたから。それとなくだけどな」

「あ、本当ですか。ありがとうございます」


 被害者本人である私が密告するのもどうなのかな、と躊躇っていた所があるので、部長のその素早い行動には非常に助かった。主に心に安寧を(もたら)してくれた。


「全く、迷惑な話だ。我々の活動の邪魔をしてまで、阿蘇村を引き抜きたいなどと」

「困りますよねえ」


 私は学校側での心配事がほぼ片付いたようなものなのでやや他人事めいた口調で安心して言うが、部長は言う。と、部長のその言葉に私は微かな違和感を覚える。

 ……あれ? 呼び方。『一年生』は?


「本当にな。阿蘇村がいないと、俺も困る」


 ドキリとする。

 何でしょう。部長、なぜ私の二人称を変えたのですか?

 私はそんな疑問を覚えたが、口には出せず。


「じゃあ、また明日な」


 という、何の変哲もない部長の別れの言葉にさえ、心を乱される始末であった。


 ◆18◆


「え、ええ……意識しすぎかな」


 私は部長の言葉が何となく、本当に何となくだけど、私を美術部に渡したくない、と言っているように思えたのだ。自意識過剰のきらいがある解釈だと思うが……。


「何を考えているのよ」


 私は自分の考えに自分で苦笑する。色恋沙汰に興味が薄い?笑っちゃうなぁ。

 そうして、少しだけ浮かれて私が帰り道を歩いていると。


「あ」


 凄まじい負のオーラを(まと)った男が、そこにはいた。大外刈……。

 もはや内心でも先輩を付けたくない、軽蔑すべき男。


「阿蘇村、全くやってくれたね君は……まさか教師に密告するとはね」


 私じゃないですけど。

 などと言っても無駄だろうな、私がLINE経由で部員全員に言って、部長がそれを教師にそれとなく言った、という迂遠な道のりを辿っているとはいえ、確かに私が言ったと思われても間違いではない。


「今後の身の振り方はちゃんと考えておいたほうが良いよ」


 性懲りもなくまた脅しか。私は今度こそ、スマホのレコーダーアプリを胸元を隠しながらONにする。


「君一人の自由を奪う事なんて、容易いんだからな」


 もうそれは刑事事件寸前の脅迫では?私はどこか冷静な頭で、目の前の滑稽で哀れな男を冷笑した。


「何が可笑しい!」

「いえ、しつこいなぁって思って。大外刈()()、私、貴方と話したくないって言ったのに、よく顔を出せましたね。記憶力に欠如でもあるんですか?」


 直ぐに逃げる算段を立てながら、私は煽る。


「お前……っ!」


 またぞろ私の腕を掴もうとする大外刈だが、私は二度も同じ手を食らう程に迂闊じゃない。

 サッと腕を避けて、足払いを掛けた。


「うわっ……」


 苗字は大外刈り、なんて柔道っぽい割に、美術部部長はまるでそういった格闘術などの心得がある訳でもないらしく、普通に転ぶ。私は軽くクスリと笑って逃げ出す。


「待て、このっ……!」


 身体を床に強かにぶつけて怒りを増幅させた大外刈が私を追いかけてくる。大丈夫、私そこそこ足は速いのだ。今でこそ文化系だけど、中学時代は陸上部だったし。


 しかしそこで、邪魔が入った。いや、この場合は救いだったろうか?


「君、霧絵に何をしてるのさ」


 ぐい、と大外刈の服の裾を掴んでその場に縫い付ける。


「なっ……だ、誰だ!?」


 大外刈は後ろを向くが、誰もいない。いや、背が低すぎるだけだ。


「ガーディア! 貴方、何してるの!?」


 私は全速力で逃げていた足を止め、踵を返す。


「霧絵が鬱陶(うっとう)しい男に絡まれているようだったので、見ていられなくてね……こいつは、殺してはいけないんだよね?」

「当たり前でしょう!」


 物騒な事を言うガーディアだが、その位の常識は(わきま)えているらしい。


「何だ、こいつ……どこのガキだ!? 引っ込んで……」


 大外刈は最後まで台詞を言えなかった。ガーディアが彼の頭に手をかざすと、トロンと白目を剥いて、そのまま昏倒してしまったからだ。


「ふにゃ……」


「ふう、やれやれだ。蛮族はこれだから困るね」

「ちょっと!? ガーディア、何をしたのよ!」


 私は慌てる。そのままでも逃げられたのに、私の身内が暴力を行使するとは。これでは、刑事事件を起こしたのがこちらになってしまうではないか。しかしガーディアの言葉は意外なものだった。


「安心しなよ。ただ記憶を飛ばして、眠らせただけだ」

「えっ……記憶を……?」


 ガーディアは滔々と説明し始める。


「君に対する歪んだ執着、これまでの所業の数々などをね。『記録媒体(ログ・レコーダー)』に記された彼の悪行については、僕も知っていたのでね。言っただろう、()()()()()()()()()()()()()と」

「そ、そうだったの……」


 それなら、大丈夫……なのかな?

 むしろ、私の心配事を片付けてくれたのだと言えよう。

 部長が教師に言った内容も『それとなく』だし、このまま行けば事が穏便に済む公算は高い。


「僕は後顧の憂いなく君に『世界の雛型』を作って頂きたいのでね。その為の協力は、惜しまないよ」


 だったら少しは前置きというか、説明してからやってくれ、と思ったが。

 まあ、ガーディアの善意については、私は今回ばかりは特に不満を漏らす事もなく、ただ有難く受け取っておくことにした。


「あ、ありがとう。助かったわ」

「いえいえ。どういたしまして」


 そうして私達は家に帰った。


 ……今日の箱庭制作は、身体の事も考えて徹夜という程ではなくとも、少し急いであげるとするか。


 ◆19◆


 箱庭制作2日目、水曜日の夜。

 私は大方のパーツ組みと全体配置を、構想のおおよそ半分程まで仕上げる事が出来た。


「素晴らしいね。もう半分は出来ているじゃないか」

「時間があればもう少しディテールに拘りたいけれど……ま、こんなもんよね」


 私のその言葉にガーディアは首をひねる。


「うん? 僕は締め切りなんて設定していないから、時間はあるよ?」

「仕事はさっさと終わらせたいの。1週間で作るわよ」


 私はキッパリと言う。そう、これは趣味とは違うのだ。私が世界を作るという責任が付き纏っている。ガーディアがどう言おうが、そこは私の中で揺るがない。


「趣味のような気持ちで軽く作ってくれて良いと言ったのだけれどね……ま、君がそういうモチベーションで作るのであれば、それも致し方ないね」


 ガーディアも私のスタンスにさして否定するでもなく、ただ受け入れていた。彼のこういう鷹揚な部分が、私が彼を拒絶し切れない理由かも知れない。私、多分こういう『受動的』というか『積極的に来ない』男性に弱いんだな。部長の遠回しなアプローチ(だと多分思うのだけれど)や、ガーディアの泰然とした構えに、私は不快感を催さず、むしろ好意的に感じているのだから。


「……霧絵、あまり言いたくなかったが、僕は心が読めるのでね……君の内心を余り暴き立てる気はないが、僕への好意は程々にしておきたまえ。どうせこの仕事が終われば、離れ離れになってしまうのだからね」


「な、何を言っているのよ!?」


 ガーディアがどうやら私の心を読み取ったらしく、そんな事を言い出した。なんて事だ。どこまで読めているのだろう。


「まぁ、なるべく視えないように意識はしているつもりなのだが……職業柄、身体に染みついた病気のようなものだと思って諦めて欲しい」

「そうなんだ……」


 悪魔……じゃないらしいけれど、彼の『職業』とは何なのだろう。そう言えば、『システム』とか言っていたわね。


「異世界管理局、と言うんだ。異世界管理システム、とも呼ぶね。僕は面倒なので『異世界管理局(システム)』、とだけ呼んでいるが」

「異世界を……管理するシステム?」


 ガーディアは出会った時と同じく、指を上に指す。それが私達の言葉を借りると『天国』みたいな所、という訳か。


「君達から見てはるか上空、ある特異点から、異次元空間を通じて存在している場所でね……ま、細かい話は置いておくが、簡単に言うとそこでは『世界の製造』と『世界の管理』を担っているのさ」


 異世界を製造して、管理。


「何だか、工場みたいね」


 私は思った事をそのまま口にした。


「そうだね、その理解が一番近いかもね。工場と違うのは、主な業務が『管理』に偏っている事。『製造』……つまり、世界の『構築』自体はこうして、人間の手を介する必要がある、という事だ」


 なぜ人間の手を介する必要があるのだろう?

 私は疑問を覚える。


「色々と細かい理由はあるのだが……一番の理由は『人間が作らねば世界は人間らしい在り方を損なう』という事かな」


 ふうん。

 抽象的で、良く分からない理由だ……。私はそう思った。


「まあ、異世界管理局(システム)の人間がイチから構築する場合もあるのだがね。実はそれは、滅多にない事だ。基本的に『雛型』の制作はこうして、市井(しせい)の人々の手を借りて行っている」


 それはまた、大変な事だ。私のような箱庭趣味の人間を、何人もかどわかす必要があるというのだから。私は少し笑って、それから尋ねた。


「異世界って、どのくらいの数が作られているの?」

「そうだねぇ……今だと14万世界、程かな」


 その数に私はクラクラした。箱庭趣味の人間、どのくらいいるのよ。


「じゅう、よん、まん……」

「ああ、いや。手段は実は箱庭(これ)だけじゃないのだよ。それこそ、文面としてしたためたり、絵画を用いたりね。何らかの形で『異世界の核』となるモノが作成されれば、それで十分なのさ」


 良く分からないが、小説や漫画でもOKということか。まあ、私にその才能はないので、そちらの形での勧誘でなくて助かったが。そして私は、気になった事を尋ねてみた。


「この仕事が終わったら離れ離れになるというのは?」


 すると、ガーディアは事も無げに言った。


「簡単な事だ。僕はまた別の人間に、世界の構築を依頼しに行く。その際、君の記憶も消去するのだ」

「え……」


 私は面食らう。

 記憶を……消去?


「私の今回の箱庭制作の記憶は……消えるの?」

「僕は厄介者だろう? 忘れたほうが良い。それに、これは規約なんだ。騙した様な形になって、本当に済まないが……」


 確かにガーディアを疎ましく思った事もあるが、それとこれとは別というか。

 箱庭制作の記憶も、恐らく写真なども消されてしまうのか……。


「写真くらいは残して良いさ。ただ、それがどうして手元にあるかなどは、一切合切消えてしまうが」

「それは寂しいわね」


 正直に私は答える。



「完成したら、綺麗に撮って記念に残したまえ。君の誇るべき制作物だ」



 ガーディアはそう言うが、私の胸には腑に落ちない気持ちが(わだかま)っていた。


 ◆20◆


 翌日、木曜日の朝。


「おはよー、霧絵。今日は顔色良いね」

「ちゃんと寝たからね」


 とは言え、内心ではガーディアの説明のせいでやや悶々としていた。


「勝手な事言って……」


 あいつ本人の記憶なんて別に良いけど。箱庭の事は、覚えておいても良いじゃない、と思う。世界だとか、そういう部分だけ消去できないのかしら。

 私は自分に都合のいい記憶消去の範囲をどうにかガーディアにお願いできないかと考えていたが、そういえば『完成品』ってどうなるんだろう?やっぱり、彼が持って行ってしまうのかな?

 それじゃあ、記憶だけ残っても寂しいだけか。

 私は色々と考え、悩んだ。雁奈は腕組みする私を見て、感心する。


「おお、残り3週間を切って、ついに学園祭のプランを真面目に考え始めたって感じ?」

「あ、いや、違くて」


 まずい、否定してしまった。


「違う? え、ま、まさか」

「違うって。その理解も違う」


 雁奈のニヤリとした笑いからして、『ついに霧絵もカレシ作ろうと思ったの?』と考えている事は明白だ。私に否定され、雁奈はぶー、と口を尖らせて尋ねる。


「えー、つまんない。じゃあ何考えてたの」


 と、そこで答えに窮する私。まさか『世界の雛型』たる箱庭を作っている話など、言えるわけもなく。適当に誤魔化せるネタはないか、と思案した。


「え、えっと……そう。現代美術研究会の展示物制作、昨日ちょっとサボっちゃったから」

「真面目ー。もう殆ど出来上がってんでしょ?」


 私の咄嗟(とっさ)の嘘に、雁奈は騙されてくれた。私も、随分嘘が上手くなったものだ……。


「そうなんだけどね。まあ、後ろめたいだけ」


 私はそう言って話を打ち切ろうとする。しかし雁奈は、何やらニヤリと再び笑う。


「そんな事言って、実は宍崎先輩と過ごす時間が減って、残念なんじゃない?」


 私は慌てる。


「な、何を言っているの」


 その反応に気を良くした雁奈は更に質問を繰り返す。


「お? お? 何その新鮮な反応。色恋沙汰の話振ってもぜーんぜん素気無(すげな)くあしらうだけの霧絵が、まさか本当に……?」

「違うってば!」


 私はついホームルーム中だというのに大声を出してしまい、担任教師にこらぁ!五月蠅(うるさ)いぞ阿蘇村ァ!などと珍しく怒られてしまい、クラスの失笑を買った。


「うう……雁奈のせいだからね」

「ごめんごめん。からかいすぎた。でも、実際のところ、どうなの? 宍崎先輩」


 そんな風に小声で尋ねる雁奈。どうと言われても……。


「普通に良い人だよ。色々気遣いが細やかだし」

「……よ、予想以上に温度の高い回答」


 え? そうなの?

 私は困惑してしまう。


「いや、まぁ、『良い人』だなんて典型的な『脈のない反応』かなって一瞬思ったけどさ。その後の台詞。自分で言ってて、熱が込もってるって思わなかった?」


 雁奈が言うが、私は自然と発した言葉に熱を込めたつもりなんてなかった。なので素直に言う。


「べ、別にそんなつもりじゃないわ」

「かぁ~、純真無垢!」


 雁奈は眩しい!といった風に私を見る。やめて、そんな人を(けが)れなき子供みたいに。


「まぁでもさ、だったら宍崎先輩と付き合っちゃえば良いのに」

「だからぁ、部長とはそういうんじゃないってば」


 私はいつもよりやや砕けた口調になってしまい、雁奈と恋バナなんかをしてしまっている。

 あれ、なんだろうな。私、こんな会話もできたんだ。

 なんて、自分を客観視して私はちょっと感動してしまう。


 そんな恋バナに夢中になる私達は、今日のホームルームの多数決で『クラスの出し物』が決定した事に、全く気付いていなかった。


 ◆21◆


「今日はちゃんと制作の続きしますね」


 私は現代美術研究会の部室で、部長に毅然と言い放った。


「ああ、だがもう9割がた完成しているからな。阿蘇村一年生の手を借りる部分もそうそうないが」


 呼び方が元通りになって、普通に接している部長。ううん、やはり前のアレは何かの間違いだったのかな。私はほんの少しだけ残念な気持ちになるが、部長は言う。


「しかし、見事なものだ。塗布もさることながら、この眷属のディテールの細やかさ。阿蘇村一年生の全体的なクオリティへの貢献度はやはり、俺のみならず部員全員が認めるところだぞ」

「そんな……恐縮です」


 我が身に余る光栄である。このオブジェは、学園祭で我らが『現代美術研究会』の出展物として大々的に披露される。因みに、大外刈の件があったので万が一にも『破壊』などされないよう、キチンとガラス・ケースに入れて何人かの教師・生徒が持ち回りで警備をする、という話になっている。たかが学園祭の生徒の展示物に中々のセキュリティだが、それだけこの展示物への期待もあるという事なのだろう。


「学園祭当日が楽しみだよ」

「ですね」


 私は特に熱量も込めず普通に部長の言葉に返答するが、部長はそこで、口調を変えて言った。


「なあ、良かったら……学園祭、一緒に周らないか? 阿蘇村」


 どきん。


 心臓が跳ね回る音が聞こえた気がした。


「えっ……そ、それって」

「ああいや、阿蘇村が他に周りたい相手がいるなら良いんだ」


 部長はすぐにそう言って遠慮がちに私を見るが、その顔はどう見ても……朱に染まっていた。


「部長……いえ、宍崎先輩がそう仰るのなら、喜んで……」


 私も、同じように赤い顔をしているのだろうな。

 想像しながら、私は彼の誘いを受諾することにした。


 ◆22◆


 箱庭制作、3日目。


「おめでとう、霧絵。君に幸せが訪れたのは僕にとっても喜ばしい事だね」

「何、急に。まさか覗き見てたの? 趣味が悪いわよ、ガーディア」


 私が箱庭の構造物を配置し、各種ディテールの総仕上げを調整し始めている時にガーディアはそんな風に声を掛けてきた。


「覗き見てたという程でもない。常時『記録媒体(ログ・レコーダー)』は君の動きをモニターしてるだけだよ。その中で、君の心身に著しく悪い影響/良い影響があった場合は、僕の所に警告なり情報が来るのさ」

「迷惑な監視システムね。止められないの?」

「生憎、これは異世界管理局(システム)の連中が僕に持たせたモノなのでね」


 まあ、口で言う程不快という程ではない。ガーディアの口調も穏やかに私を祝福してくれているだけだしね。


「1週間と言っていたから、箱庭制作も残り4日かね?」

「いえ、残り2日よ。今日を含めてね。言ったでしょ、1週間。今週中よ。あれ、土日と来週月曜は含んでないからね!」


 私は言い切る。


「そりゃ凄い。君の手際の良さには感心しきりだよ」


 ぱちぱちと手を叩き、喜ぶガーディア。


 そう。あと2日、実質あと1日でガーディアとはお別れだ。それ自体は、別に良いけれど。この楽しい箱庭制作も、もうすぐ終わってしまう。その内心を読まれたか、ガーディアは言う。


「引き延ばしても良いのだよ?」

「いいえ、ダラダラするのは性に合わないの。早く終わらせなきゃ」


 私は心の奥にある『もう少し楽しみたい』気持ちを抑えつけ、『早く作らなければ』という義務感で手を速めていくのだった。


 ◆23◆


 金曜日の朝。週末だ。


「おはよう雁奈」

「おはよー、なんか今日、機嫌良いね」

「えっ……そうかな?」


 私はもしかして昨日の宍崎先輩からの誘いで浮かれているのが、顔に出ていたのかな、と思った。その反応を雁奈は目聡(めざと)く見咎める。


「おお? もしかして昨日本当に、宍崎先輩と……?」

「違うって。宍崎先輩とは別に……っ」


 その言葉を聞いて雁奈はそれ見た事かとばかりに指を指して言う。私も口に出してから、しまった、と思った。


「ホラ。今『部長』じゃなくて『宍崎先輩』って言った」

「~~~っ」


 私は図星を差されて真っ赤になる。


「そうかそうかぁ、まさか霧絵に春が来るとはねえ。秋だけど」

「もう! からかわないでよ!」


 私はホームルーム開始前に怒鳴れるだけ怒鳴っておいた。その日は、ずっと雁奈にからかわれてしまって、私は心中穏やかではないのだった。


 ◆24◆


「もう少しで完成ですね」

「9割9分だな。最後にワンポイント欲しい所だが」


 部長がオブジェを見て腕を組む。


「ワンポイントですか」


 私は思案する。


 カラフルな鳥ベースの幻獣と、その周りを彩る眷属。

 そこに荒涼とした大地という背景を用いているオブジェだが、部長は何か一つ足りないものがあるといった感じだった。


 私は、そこでふっと制作中の『箱庭(せかい)』を思い出す。


「……星……」

「星?」


 何気なく、口をついて出ただけの言葉だった。けれど、その言葉に部長はピンと来たらしく、それだ!と言った。


「月だ。月を配置しよう。宵闇に飛び立つ幻獣とそれを見守る眷属。どうだ?」

「……良いですね。素敵だと思います!」


 部長は早速、月の形になる球体を用意し、色を塗ってオブジェへの追加をし始める。

 私は今までカラフルなモチーフの塗布にはさほど心惹かれる事はなかったけれど、今この時初めて、共同制作における『鮮やかな彩り』の良さを実感した気がした。


 ややあって。


「……よし、これでOK」

「出来ましたね! 学園祭まで、余裕で間に合って良かった!」


 遂に展示物のオブジェが完成し、部員全員でやったー!と勝鬨(かちどき)の声を上げた。


「皆、本当にお疲れ様。我ら現代美術研究会の最高傑作が出来上がったと言っても過言ではなかろう」


 部長の言葉に皆がうんうん、と頷く。私も同じ気持ちだった。


「今週の月曜日に皆でファミレス行ったばかりだから何だが……打ち上げパーティでもするか? 部室で」

「良いですね!」「やりましょう!」「お菓子と飲み物買って来なきゃ!」


 部員が口々に賛同し、私もやった、と控え目に喜びを示す。

 それから私達は皆で近くのコンビニへ買い出しに行き、めいめい好き好きのお菓子や飲み物を購入して、ささやかな打ち上げパーティをするのだった。


「それでは、展示物の制作完了を記念して、乾杯!」

「「「「「「かんぱーい!」」」」」」


 部長の音頭に合わせ、部員全員の声が重なる。勿論、私もだ。


「阿蘇村には本当に世話になった」

「もう、何度目ですか。私ばかりでなく皆も労って下さいな」


 私は苦笑して部長に言った。


「部長は阿蘇村さんにゾッコンだからねえ」


 誰かがそう言うと部長も私も真っ赤になる。


「こら、からかうな!」

「や、止めて下さい!」


 私達が同時にそんな事を言うものだから、部員たちの冷やかしも加速してしまうのは自明の理だった。


 そんな感じで、私達の打ち上げパーティは賑々しく過ぎていくのだった。


 ◆25◆


 箱庭制作4日目の夜。

 つまり、今日が最後だ。


「今日で最後か。そう言えば、霧絵の学園での制作物も、今日が最後だったのだっけね?」

「奇しくもね。今日は2回目の打ち上げを行う事になりそうね」


 私は残りの細かなディテールを仕上げにかかる。なお、色は塗らなくて良いの?と訊いたところ、塗布は結構だよ、あくまで世界の『雛型』だからね……というのがガーディアの言である。


「打ち上げか。良いね、終わったら、ささやかな祝勝会と行こうか」

「言っておきますけど、私、お酒は飲めないからね? 貴方がいくつか知らないけど、勧めないでね」

「承知しているさ」


 私はガーディアと笑い合うと、箱庭の最後の仕上げを進めていくのだった。


 そして、夜中の23時を過ぎる頃。


「……出来た! どう? 我ながら会心の出来栄えだわ」

「素晴らしい……これほどクオリティの高い『世界の雛型』は稀に見るね」


 ガーディアは手放しで称賛してくれる。私も、仕事としてやったモノだからこその充実感と喜びがそこにはあった。


「写真ってSNSに上げても良い?」

「結構だよ。どうせ、一般人にはただの箱庭趣味にしか見えまい」

「やった! 実物が残らないのは残念だけど、いっぱい撮ってアップしちゃうね」


 パシャパシャとスマホで何枚も何枚も、色んな角度からその箱庭を撮る。何しろサイズがいつもの枯山水の10倍以上はあるので、軽く数百枚は余裕で撮れそうである。


「あぁ~~~満足! 素敵な箱庭だわ……」


 私がご満悦で写真をSNSにアップする頃には日付が変わって、土曜日になっていた。そこに、ガーディアが寿ぎの言葉と共に何かを差し出す。


「喜んで頂けたようで何よりだよ。はい、これは僕からのささやかなお祝いの品だ」

「これは?」


 小さなボトルを手渡される。


「僕たちの世界の飲み物だよ。ノンアルコールだから安心して。乾杯と行こう」

「はいはい。じゃあ、乾杯!」


 私は本日2回目の乾杯をした。


「あ、美味しい。ジュースみたい」

「僕たちの世界も別に全く異なる文化ではないからね。似たようなものさ」


 私は手渡されたほんの少しの炭酸っぽさを感じる甘い飲み物をぐい、とラッパ飲みで干していく。


「色々あったけど、楽しかったわ。ありがとう、ガーディア」

「どうしたしまして。こちらこそ、霧絵の協力には感謝にたえないよ」


 ガーディアは礼儀正しくぺこり、とお辞儀をする。よしてよ、と私は手を振った。


「箱庭の件だけじゃなくて、大外刈の件もだし……貴方、本当に悪魔じゃなくて天使だったのかもね」

「そこは君の認識の問題さ。君が僕を天使だと思えば、僕は天使だ」


 そう言って彼が現出させた羽は、やっぱり天使じゃなく悪魔のソレだったけれど。

 私は、もうガーディアに敵意も不信感もまるで持っていなかった。


 私達は静かな打ち上げを終え、月を見上げる。


「今日ね、月を追加したの。学園祭に出すオブジェに」

「へえ。それは何故だい?」


 心が読めるなら知っているでしょう、と言いたかったが敢えてそこは語る。


「思い出したのよ、ふと私の作っている『箱庭』をね」

「なるほど。詩的だね」


 星を作り、星を育み、新たな世界を作る。

 その過程はまるで、美術品を作り上げる芸術家(アーティスト)にも似通っていた。

 だから、その着想が現実のオブジェにも影響を与えてくれた。


「その辺りも含めて感謝してる。……宍崎先輩とも、楽しい思い出が作れそうだしね」

「それは霧絵の人格と実力だよ。僕は関係あるまい」

「かもね。でも、ありがとう」


 私は、ガーディアの齎してくれた色々な幸福を噛み締めるように味わっていた。


 そして、時刻は深夜1時を過ぎる頃。

 いよいよ、ガーディアとの別れの時が来た。


「……それじゃあ、僕はそろそろお(いとま)するとしようか。霧絵、何か最後に言っておくことはあるかい?」


 ガーディアの質問に、私は答える。


「……何か一つくらい、思い出を残したいわ」

「そうだね……じゃあ」


 名付けてみると良いよ。

 そう、彼は言った。


「君の生きた証として、その世界の名前(hostname)については、君に命名権をあげる。そのくらいの事は、異世界管理局(システム)の連中もとやかく言わないだろう」


 名付け、か。

 それを聞いて、私は真っ先に思いついた言葉を口にした。



無彩色の楽園モノクローム・パラダイス



 ……私はそう名付けた。


「良い名だ。君らしく、飾り気はないけれど、とてもね」


 ガーディアはそう言って私の手から箱庭を受け取ると、蝙蝠の羽をバサリ、と広げる。


「さようなら、霧絵。いつかまた、どこかで」


「その時は、また箱庭を持ってきてくれるかしら」


 勿論だとも。

 ガーディアはそう言って、いつもの紳士的な笑みを浮かべると、虚空へと消えた。



 それきり、私のこの件に関する記憶は、一切がなくなった。



 こうして語られる私の言葉や主観も、殆ど全てがガーディアの持ち込んだ『記録媒体』による再生を、彼が独自の解釈を加えて翻訳したものなのだろうと、読者諸兄はご理解頂ければと思う。


 ◆00◆


 学園祭当日。


「おはよー、霧絵」

「おはよう、雁奈」


 私は、待ちに待った学園祭でウキウキしていた。何しろ、今日は現代美術研究会のオブジェが展示される日であり……そして、部長……宍崎先輩と一緒に、学園祭を回れる日だからだ。


「今日はお互い楽しもうねー、霧絵」

「うん、そうね。雁奈も他校のカレシさんと楽しんでいって」


 そんな訳でいつも仲の良い私達は、今日ばかりは別行動。

 私は、宍崎先輩との待ち合わせの場所へ向かう。2-B、彼のいる教室だ。


「お待たせしました。阿蘇村霧絵、参りました」

「待っていないさ、阿蘇村……いや、霧絵」


 急に下の名前で呼ばれて私は困惑する。


「宍崎先輩。そういうのもう少しムードのあるタイミングにして下さいよ」

「お、おお? すまん、そういうものだったか」


 宍崎先輩は苦笑してごめんな、と謝る。別に私はそこまで気を悪くした訳でもないので、冗談ですよ、と言って笑った。


 それから私達は学園祭の出店や、お互いのクラスの出し物などを観て回った。


 因みに1-A(うちのクラス)は、天体観測の研究発表とかなんとか……。天文部の部員のモチベーションでも、高かったのかしら? 私は星々の動きにはそれほど興味はないけれど、地球の近くに新たな星が見つかった!とかいう真新しいトピックについては、割と真面目にそんなテーマを選ぶのだな、と少しだけ感心するものがあった。

 先輩のクラスは、定番というかなんというか……まぁ、詳しく話すとアレなので、性別転換的な喫茶店、と思って貰えれば。イロモノ系も程々にして欲しいよな、といかつい体型の宍崎先輩は自分が接客担当じゃなくて良かったよと肩を落としていた。私は笑った。


 やがて私達の話題は、一番の興味に移る。


「展示物の評判、どうですか?」

「上々だよ。霧絵のお陰もあるし、部員全員のお陰でもある」


 私はそれを聴いて顔を綻ばせる。良かった、皆頑張ったもんね。それから、私は言った。


「勿論、宍崎先輩のお陰でもありますね」


 自分を棚上げにして皆を褒める宍崎先輩に私はそう言うと、彼は照れたように頭を掻いた。


「しかし、あの月を足すアイディアは本当に良かった。霧絵が星というキーワードを思いついたお陰だな」

「私もどうしてあんなアイディアが自分から湧いて出たのか分からないです。普段は枯山水なんて地味なものを制作している私が……」


 ずっと引っ掛かっている事だが、何故かは思い出せない。

 学園祭の展示物である鳥の幻獣と眷属のオブジェに、ワンポイントを足したいと言った宍崎先輩に私がアドバイスした、というのは憶えているのだが……。


 まぁ、いっか。

 何かのインスピレーションが降りる事も、きっとあるのだろう。

 もしかしたら、私の知らない間にSNSにアップしていた、謎の巨大箱庭と関係があるのかも知れない。

 あれ、何だったのかな?

 買った覚えも、作った覚えもない。


 でも、何故かモヤモヤはしなかった。むしろそれを見て、私の心はとてもワクワクしたり、嬉しくなったり、自然と明るい気持ちになった。


 ―――また、作りたいな。


 私はそう思った。


 いつか、あんな大きな箱庭をまた……

 ハンド・メイドの楽園を、私はこの手で作り上げたい、と思うのだった。


(おわり)

ども、0024です。


短編って言うには些か長い話になりましたが、いかがでしたでしょうか?


箱庭好きの少女が体験する、世界創生の物語……なんて大層なものではなく、部活モノ+日常モノ+ジュブナイル+ほんの少し、不思議体験……って感じです。


『箱庭』とか『枯山水』が好きなのは完全に僕の趣味なんですが、キットがあるって知ったのはこの小説を書き始めてからです。因みに僕がもっと若い頃、10代くらいの頃から好きだったので、霧絵の思いはその辺の自己投影があったりします。僕は別に、現役JKではないですけどね。



さて、以下ちょっとした余談です。


この小説には、僕が過去に見捨ててきた色々な要素があります。


まず、自作の学生時代の漫画『あくまでてんし!』というものがありまして、ごく普通の女子高生の所にある日突然、悪魔ショタがやってきて、お前の願いを(代償もなく)叶えてやる、と言い出します。最初はその少年を不審に思うヒロインですが、徐々に絆されていって……という感じの筋書きなのです。未だにこの作品は僕の中では思い入れがありつつ、完成に至らないものです。『ハンド・メイドの楽園を』は、その基本路線を踏襲しています。


因みに、『高度に霊的な存在は、天使も悪魔も見分けがつかないものだよ』という台詞は、過去に没にしたその作品の台詞からのリバイバルだったりします。基本的にこういう考え方を僕の中に持っているという事でもあるんですが。


それと、文化部モノ。これも僕が学生時代に描いていた『RivaL×LoveR(ライバル・ラヴァーと読みます)』というタイトルの漫画が元になっていて、それは全然筋書きは違うんですが、ちょっと要素的に入れてます。なお、『RivaL×LoveR』に関しては『天才と秀才』がテーマになった話で、秀才だけど天才には敵わないと思っている美術部の先輩が、後輩の天才少女に嫉妬して関係が一度壊れかけるけど、お互いに両想いなのでハッピーエンドになる……みたいな話なんですが、自己投影度とオチがあまりに恥ずかしくて今更リバイバルとかの発表は出来ない奴です。学生時代の羞恥心のなさが怖い。


最後に、この話のキーとなっている『世界の構築』なんですが、これはおぼろげに僕の中にあったアイディアで、『世界の複製(コピー)』をする能力って面白いよな、みたいなのがあったんですよね。僕が根本的に『世界をシステム的に管理している連中がいて、そいつらにかかれば世界なんて簡単にコピーできる』みたいな斜に構えたメタ的世界認知というか、ある種の俯瞰した世界観を好んでいるからでしょう。


因みに、なろうに投稿した過去連載作品『はい、こちら転生管理システムです!』とのクロスオーバーにも一部なってたりします。ガーディアの所属は、あっちの主人公である魚卵(うおたま)さんとはまた違いますけどね。


そんな訳で結構色んな僕のオリジン、過去の後悔などをリバイバルして入れまくった『ハンド・メイドの楽園を』、少しでもお楽しみ頂けていれば、これに勝る幸いはございません。


是非是非、ご感想など頂ければと思いますので、何卒よろしくお願い申し上げます。

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