〈5〉
勇者は使命感には燃えてます。
でも、中二病かも(笑)
〈5〉
「ラタだ。ラタ・サリヴァン上等兵」
睨み付けられると反抗心が起こり、ラタはしっかりと彼の顔を見て返答する。
少年は黒髪に漆黒の瞳と、こちらで言う所の東方人の様な姿である。ただし東方人が纏う〝キモノ〟と称される直線裁ちの服装では無く、身に纏う姿はチョッキにズボンと言う西方風のスタイルをしている。
「上等兵? 軍人なのか」
「ここはグラン王国海軍、工作艦《マイムーナ》の艦内だ」
少年は首を傾げ、「上等兵って軍に階級制度があるのか。木造船だから中世程度のレベルだと思った」とかぶつぶつ呟いている。
「艦長を連れて来たぞ!」
廊下側の扉が開いて、急にギネス軍曹が飛び込んで来た。
少年は彼女を見て顔色を変え、身を起こして立ち上がるとラタの前に出た。
「魔物っ」
「は?」
「アラクネーの亜種だな!」
アラクネーとはギネスと同じく胸部に人間の上半身が生えていて、糸を吐いて相手を絡め取る巨大蜘蛛である。それとヤシクネーは同じ節足類なので似ているが、人間を捕食する魔物と呼ばれる様な種族では無い。魔族であるが普通に人類である。
「何を言ってんの」
当惑気味の機関長を置いて、ラタを庇う形で前に出た少年は「ラ・ブームっ」とか叫んで両手を前に突き出した。
が、何も起きない。沈黙が流れる。
「? な、何」
暫しの沈黙後、思い切ってギネスは尋ねると、少年は「馬鹿な、なぜ発動しない」と呟きながら左右を見回し、後で様子をうかがっているラタ上等兵の腰に手を伸ばした。
ラタの手を撥ね除けて、カトラスの刀身を一機に引き抜く。
「危ない。ちょっ、洒落にならないよ」
「魔物め、成敗っ!」
鈍い鋼鉄の光が瞳を射貫く。
こちらに向けられた真剣に身構える機関長は、自分が丸腰であるのに気が付いた。普段なら軍人として帯剣しているのだが、非番で仕事も終了してしまったので、自分の部屋に外して置いて来てしまったのだ。
自己防衛として咄嗟に鋏脚を全面に翳したのと、少年が一撃を放ったのがほぼ同時だった。
「くうっ」
当たり前だが鋏が痺れる。ヤシクネーはヤシガニと同じく、前脚が二肢の巨大な鋏となっているものの、鋼鉄の武器を受け止められる強度を持っているかと問われれば疑問である。
カルシウム分の殻は硬いが鋼鉄程の硬度は無いからで、メイスとかピックなんかの打撃や貫通武器なんかが相手だと、鋏は割合簡単に割れてしまうからだ。
「少年、武器を収めよ」
そこへ鋭い声が飛ぶ。戸口に建つのは艦長のヤノ大尉だった。
「機関長。怪我はどうか?」
「痺れただけです。いや、殻に亀裂が入ったかな」
数打ちで、短くて軽量な船刀でも叩き付ければヤシクネーの鋏脚の殻を破損させる力ある。腐っても鋼鉄の威力だ。
勿論、硬い外骨格に覆われていない上半身に命中したら、致命傷を負いかねないから、カトラスは船上戦闘では花形である。突く事でヤシクネーにも致命傷を与えられるから、海軍では携帯の容易さから、ずっと使い続けられている。
「えーと、まだやります?」
ひりひりする鋏脚を前に構えながら、ギネス軍曹はそう質問する。
殻に僅かながら傷が付いていた。少しだが割れていて割れ目からじわっと赤い血が染み出している。ヤシクネーの血は甲殻類系の青では無く、赤いのである。
「魔物に屈しないぞ。俺は勇者だ」
「勇者?」
「ああ、勇者カスガ、腐っても魔物になんか屈しないぞ!」
軍曹は『格闘術は苦手なんだけどな』と内心思う。軍隊に入ってからの訓練で素手戦闘は教えられているが、余り得意では無いのである。
鋏脚は確かに強力な武器にもなるが、相手が素手ならともかく、鋼鉄の武器、特に鈍器とかの重量武器に対しては大したアドバンテージは無い。打ち込まれ続ければ下手すると鋏がぽろりと取れてしまうので、武装している相手に戦いを挑むのは正直悪手だと考えているし、現にカトラスで殻を割られてしまっている。
「魔物、魔物って言うけど、それはギネス軍曹の事か?」
「節足類のアラクネーだろう。俺はこの子を護る」
「カスガと言うのかな。君は、ふーん、勇者か……勇者ねぇ」
「悪いか!」
半ば呆れ気味の艦長の言葉にむきになって反論する自称、勇者カスガ。
護られている形になっいるラタは、おずおずと「あのー、彼女は上官なので剣を向けては困ります。と言うか、あたしのカトラス返して下さい」と抗議する、
「上司だと。魔物がお前の上司とは貴様は魔王軍の手下なのか?」
「何? 魔王軍って」
「抜かった。ここは敵地だったな!」
ラタの言を聞いたカスガは、寝台まで飛び退いて剣を正眼に構える。
医務室は狭いのでその姿は滑稽だ。すぐ後は壁であり、皆に追い詰められた形で剣を向けている。
「だが、それなら容赦はしないぞ。ドパピプペっ!」
「へ?」
謎の言葉を発したカスガに、相対したギネスから間抜けな声が出る。
一方、何も起こらない状況に勇者は顔色を変え、もう一度「ドパビブペっ!」と大声で叫んだが、当然、何の変化も無い。
「ば、馬鹿な。そうだステータス、オープン」
突然、勇者カスガの目の前に何やら板状の物体が浮かび上がった。
手に填めたブレスレットから投射された光が宙に浮かび、色々と文字らしき物が点滅しているが、昔、似た様な魔的遺物を艦長は見た覚えがあってはっとした。
超古代文明期の立体モニターとやらにそっくりだ。するとカスガが勇者を名乗っているのもあながち嘘でもあるまい。
「な、なんだこの数値は、
俺のステータスが、爆裂魔法ドパピプペが」
困惑する勇者。当たり前なのだが、流れる文字に見覚えは無い。
古代語、東方語の知識すらあるヤノ大尉ですら知らぬ、未知の文字群である。
「目の前の魔物の種類すら識別しないのか、HPやMPは不明だと、何、こいつ糸を吐くのか」
「あー、そう言えば粘液が貯まってるから、
そろそろ吐いてすっきりしたいなー。近くに製糸工場あったかな」
ギネスが糸を吐くに反応する。
ヤシクネーはお尻から糸を吐くが、これは主に木登り用で、アラクネみたいな武器としては操糸能力が低いので上手く使いこなせない。
製糸工場では細長く、強靱なヤシクネ糸を生産する〝糸吐き〟にでもなれば、糸姫として花形になれるのだけど、大抵のヤシクネーの糸は不揃いで弾かれてしまう。しかし、糸の原材料である粘液は使い道が有り、古くなって来たら売って小金にするのである。
「機関長は魔物じゃありませんよ」
「とにかく剣を降ろせ、勇者カスガとやらよ」
頃合いは良しと判断したのか、ラタに続いてヤノ大尉がギネスの前に出て説得に入る。
カスガは剣を下ろし、だが警戒しながらこちらを覗っている。
「自己紹介がまだだったな。私はカレン・ヤノ大尉。この船の艦長だ」
「勇者、カスガ・ユウ! 地球から呼ばれた剣士だ」
胸を張って名乗りを上げるカスガに、「あの、ラタ上等兵ですが……」とおずおずと手を挙げる。艦長が「発言を許す」と許可を与えると、ラタは不思議そうな表情で、少年の姿を見詰めた。
「あのカスガさんは、何で勇者を名乗るんでしょう」
「勇者が勇者を名乗るのは、変じゃ無いだろう」
「いえ、その勇者と言うのは功績を挙げたとか、偉業を成し遂げたとかに対した人に奉るに称号であって、自らが名乗る物じゃ無いですよね?」
無論、エルダ世界にも勇者は存在する。好例が伝説の勇者、墜ちて来た英雄テラ・アキツシマなんかが有名だ。
一万年以上昔の古代王国期に現れ、魔族に対する幾つもの絶大な戦果を遺し、更に現代文明にも影響を与えた数々の発明と、新たな観念を表すテラ語と言われる言語体系に多大な影響を遺した人物だが、そのテラでさえ自らを勇者とは呼ばなかったのだ。
しかし、目の前の少年は何の疑問も持たずに名乗っている。
「ゆ、勇者がクラスなんだから。ほら、王女とか賢者や、聖女と同じだよ」
「クラス。何の事ですか?」
「クラスはクラスだろ。職業を表す」
「賢者や王女は有り得るけど、自分の事を聖女だって名乗る奴っているかなぁ」
聖女だって、他者が聖女らしい偉業や能力を持っていると認めて讃えられる尊称である。普通は自らを聖女でございとは宣伝しない。
「どうしたって言うんだ。今まで、こんな事はなかったぞ」
少年は混乱している様子で頭を振る。
機関長は隙を見てカトラスを彼の手からもぎ取るが、最早、勇者を名乗る少年をそれに拘らなかった。無手になった所で気にもなっていないらしい。
「どうして魔物が人間と一緒に生活してるんだ。
どうして魔法が発動しない。
そも、敵キャラであるNPCが話しかけてくるんだ。このステージは一体……」
ぶつぶつと訳の分からぬ言葉を紡ぐ少年に対し、艦長は「まず、君の事を話してくれ」と述べると側にあった丸椅子を見付け、どかっと腰を下ろした。
〈続く〉
ラタ・サリヴァンは人間です。
この《マイムーナ》が特殊なだけで、普通は乗組員の大半はヒト族です。