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〈4〉

少年、目覚める。

〈4〉


             ◆       ◆       ◆


 物を焦がす、気持ちの良い爆ぜる音が鍋から響いて来る。

 気合いの入った「ほいっ」との号令と共に、食材が丸い炒め鍋から宙を飛んで再び着地する。


「ここで酒ほひと垂らし」


 キーラ曹長が酒瓶を掴んで振りかけると、途端にアルコールに引火して鍋が燃える。

 しかし慌てず騒がず、お玉が何往復かすると炎は消えて今夜のおかずの出来上がりだ。


「よし、こんな物だろう」


 大炒め鍋から手早く、さっさと大皿に炒め料理が盛り付けられる。

 ドライトマトが絡んだザケと称する紅肉の干し魚。彩り用に豆が散らされた中、紫色のナスが良い味を出している。辛みに放り込まれた唐辛子が南国風味と言うか、エロエロンナ風である。

 烹水科の職場である厨房は、狭い艦内の中でもそこそこの広さが与えられている。ここでスタッフの五人は他の職場と兼任しつつも、食事時はこの聖域で必ず集まっていた。


「曹長、相変わらず凄い腕ですね」

「実家じゃ、それ程褒められなかったぞ。と、パンは焼き終わったのか」

「良い具合ですよーっ」


 バン焼き窯が開けられ、二度焼きされた平形の皿パンを目にして、「ふむふむ」とばかりに曹長は頷く。ライ麦粉が粗くて低価格の品で兵食なんてこんな物だが、これでも河川部隊だから一般の航洋部隊に対して食糧事情が優れているのが大きな強みだ。

 乾パンに干し肉なんて当たり前で、何ヶ月も窮乏生活を覚悟する洋上生活を過ごす彼らに対して、水も食料も寄港すれば手に入り放題だから、陸上生活に近い食生活を送れる。

 代わりに予算の関係から安物しかないが、虫の湧いた食料を食べるよりは圧倒的に恵まれていると言えるから、それが河川部隊の自慢だった。


「何とか間に合ったな。椰子の実は全員に用意しておけ」

「了解」


 ヤシクネーにとって椰子の実は主食だ。普段はこれ一つで食事を賄う事もある。

 中の水を飲み、内側のコブラを削って食べるだけでもヤシクネーにとっては最高の食事なのだ。これに肉や魚の副食が付き、ついでにパンなどが加わると彼らにとって大変なご馳走である。

 椰子の実は今度、この港で新しいのを補充するので古いのを使い切るから今夜は大盤振る舞いだ。豪華版の夕飯になるだろう。


「暖かい内に食堂に運べ」

「はーい」


 カンカンとお玉で鍋を叩きつつ、部下に急く曹長。

 階下の食堂に昇降機エレベーターで大皿とパンが降ろされる。人力で転把をぐるぐる回し、階下に届けられる中、温度が関係ない椰子の実は厨房から烹水員の手で運ばれる。


「そう言えば、曹長が拾ったあの少年。何を食べるのかなぁ?」

「ヒト種でしょ。あのナスのトマト炒め、絶品だと思うけど……。東方人って辛いのに大丈夫なのかしら」


 運ぶ最中、まだ意識不明で昏倒している人間に対し、何を食べるのか推測する部下達も二十歳前で年頃の女の子だ。軍人と言えど世間話に花が咲くと無駄口が多くなる。

 キーラ曹長はスキュラの触手を振り回しながら、素早く料理の後片付けを行っているが、仕事を行っている限り、軍規違反だとは咎めたりはしない。


「あの少年まだ目覚めないのか。今、誰か付き添いは?」

「ラタ上等兵。えっと、機関長の班で見ています」


 部下のネコ耳族の従兵からの返事に、曹長は脱ぎかけのエプロンを元に正した。

 あの少年用の食事がすっかり抜け落ちていたからである。


「そうか。今から東方料理でも作るか……」


 一応、実家で一連の異国料理は叩き込まれたが、『東方の皇国料理は白い白米ご飯が基本だったかな』と思い出す。白米は変な風に炊くとおこわになったり、生煮えになるので中々難しいし、米の種類も西方米と違うから、ちょっと出来映えが違うらしい。


「ま、無いよりゃマシだろ」


 覚悟を決めて、キーラは用意した陸稲を手早く洗い出した。


             ◆       ◆       ◆


 機関長に言われ、たまたま手空きと言う立ち位置で少年の看護に当たっていたのはラタ・サリヴァン上等兵だった。

 未成年の頃は貧しい鶏農家で鶏の世話をしていたらしいが、一念発起して海軍に志願して水兵になった良くある口である。大人になってから数年を過ごし、功労賞も貰って兵士としては最上級の上等兵となったが、これ以上は下士官を目指すしか道は無い。

 更に下士官から叩き上げで士官になる道も道もあるが、下士官試験に失敗し続けているので前途は長そうだ。


「よく眠るなぁ」


 医務室で相変わらず、寝息を立てている東方風の人影を一瞥する。

 年の頃はティーンエイジャー。しかもミドルティーンに見える。だから実年齢は自分と同じ位である。黒髪に筋肉質では無い均斉の取れた身体が異国風だ。 


「ご苦労さん。これから、当直だろう」

「あ、機関長」


 医務室に顔を出したのはギネス軍曹であった。直属上司を前にばっと敬礼するラタ。

 軍曹は両鋏脚を左右に振って『敬礼は不要』とゼスチャーしつつ、室内へと入る。ヤシクネーの身体は大きく、狭い医務室が圧迫されて息苦しさを感じる。

 左右に突き出ている六本の脚部が、ヒトの三倍は幅を取ってしまう為である。


「夕飯も食べたし、あたしが代わろう」

「すいません。では機関室に向かいます」

「夜食はあっちで用意してあるって、烹水員が言ってた。あ、それとこれ」


脇に抱えている椰子の実を渡す。ヤシクネーの好物だが、勿論、他種族だって大人気の食材だ。特に内部に詰まっている爽やかな風味のココナッツ水は人気のある食材である。


「全員に一個配られたよ。はい」

「ありがとうございます。あれ?」


 受け取った後、ラタは横を見てある事に気付く。ぴくりとも動かなかった少年の身体に異変が起こっているのをだ。

 寝台に横になっていた身体全体が、青白い燐光に包まれている。オーラ光か魔力を帯びた光なのかは、ラタが魔術師ではないので判別が付かない。


「きっ、機関長」

「騒ぐな。今、艦長に報告する!」


 慌てかけるラタ上等兵のパニックを抑えるべく怒声を発するギネス軍曹。

 ラタと違い、魔族として魔術の才能を持っていたギネスは光が魔力を帯びた物に見えたが、やはり錬金術師の様な専門家では無い為、 それがどの様な性質の光なのかの分析は不可能で、大雑把に魔力を帯びた物としてか分からなかった。


「どうすれば良いんですかっ?」

「監視だ。直ぐ戻る!」


 言うなり、脱兎で医務室から廊下へ消える軍曹。

 椰子の実を抱えたラタはおろおろして見守るしかないが、その間にも事態は進行していた。

 青い光は少年の身体全体を包み込んだのみならず、いつの間にやら、その身体を寝台から数センチ浮かび上がらせていた。無論、少年の身体と寝台の間には何も無い。


「な、何」


 すうっと医務室の室温が低くなる。ラタは思わず腰に吊ってある船刀カトラスの柄に手を伸ばすが、魔剣でも無い武器が何の役に立とう。

 硬質な音が耳朶を打つ。良く見ると寝台のシーツの上に霜が覆っている。室温が低くなったのは気のせいでは無く、奴の周囲が温度を下げていたのだ。

 霜が成長し、うっすらと表面に氷が覆う様になった時に少年を包む青い燐光に変化が生じた。びきっと表面に亀裂が生じ、ガラスが割れるが如くそれが細かい破片となって飛び散ったのだ。


「うわっ」


 思わず声を発して顔を背ける。

 破裂する際、一瞬強めの閃光を放った為に視界を奪われたが、飛び散った破片が身体に当たった感触は無い。目を開けると青白い破片がどろりと融ける様に形を変え、更に大気中に消え去りつつあった。


『消えて行く?』


 良く見ると彼女の身体にも幾つもの青白い残骸が纏わり付いているが、それは気化して消えて行く。はっとして目を移すと、霜と氷が一面を覆った寝台から少年が身を起こしつつあった。


{う、魔族の奴らめ……時間凍結の魔法を掛けやがったな」


 少年の第一声がそれである。呆気に取られて見詰めているとゆっくりと彼は身を起こし、二、三度激しく、黒髪の頭部を振る。


「ここは……おい、前は何者だ!」


 こちらに気が付いたのであろう。カトラスの柄を握ったままのヒト族の軍人に、東方風の少年は鋭い問いをかけて来た。



〈続く〉

エロエロンナ地方の料理は味付けが辛いです。

香辛料が自給出来る土地柄ゆえの特徴ですね。でかい中華鍋もどきの大鍋で、豪快に料理します。

烹水長ことキーラ曹長の腕は、一流ホテルの料理長並みの物です。

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