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〈2〉

第2話です。

群像劇的ですが、暫定主人公はギネスです。

〈2〉

             ◆       ◆       ◆


 キーラ曹長が発見したのは人間だった。

 いや、正確に言うならば〝生きた〟ヒト種の少年だ。死体と思ったのは勘違いで、その人物は水中で息もしていたし、キーラ曹長が抱き抱えた部分以外は濡れている箇所も無く、服装も装備も乾いていた。

 しかし、意識はなく、昏々と眠り続けていた。


「何処の人間なのでしょう?」

「東方の皇国人に似ているが、服装は西方風だな」


 黒い瞳に黒い髪をした容貌を見詰め、同じ風貌のヤノ大尉は自分の和服に目を走らせながら、ギネスの問いを返す。

 《マイムーナ》の医務室。ヤノの艦長としての私室でも有り、非常時には負傷者が入室し、彼女が聖句魔法を発動する狭い船室には、例の少年が担ぎ込まれている。


「武装は?」

「らしき物は見当たりませんが、かなり高度な持ち物を持ってます}


 ギネスは彼の両手に填まったブレスレットを指摘し、その加工技術を指摘した。

 ガラスと思われる表面の裏側に、何やら文字盤と動く針が見えている。最近開発された懐中時計にも似ているが、サイズはかなり小さい。


「ふむ、面妖な」


 仮にも王国海軍の工兵なのだ。技術面での蓄積はあってそれが高いテクノロジーで製作された品なのは、一目瞭然であった。


「で、如何しましょう?」


 艦長は東方皇国人の血を引く生まれで、西方で生活していても公家であった両親から皇国の姫として育てられた過去を持つ。だから立ち振る舞いも、服装もなるべく東方風にしているが、やはり生まれも育ちも現地生まれなので、両親に言わせると〝西方のお転婆娘に育ってしまった〟らしく、成人すると海軍士官学校に入り、士族位を得てこうして大尉まで出世しているのだ。


「東方人の特徴を持つ西方人か。私と同じ様な類いなのか……」

「このまま昏睡しててくれれば助かるのですが……」

「誰か監視に付けたい所だが、本艦に余ってる人員なんか無いからな」


 いつまでも躊躇している暇はない。

 とにかく河川での仕事がある。海軍として作業は待ってくれないのだ。


「キーラ曹長による探査は続いているな?」

「はっ、大物の岩を発見したそうです」


 大尉は「そうか。日が暮れる前に作業は終わらせたいな」とごちると、小袖と朱袴を翻して船室を出る。

 慌てて後を追うギネスだが、船の中は狭いので中々大変だ。

 特に彼女の様なヤシクネー族はヒトから見ると幅を取るので一苦労で、これは大航海時代になって船が改良されて数世紀を経ても、余り変わっていない。

 ヒト種よりは亜人、魔族向きになって個々のサイズも大きくなったのだが、やはり船は船で通行不可能な狭い空間が、〝何とか異種族でも通れそうになっている〟程度の違いでしか無い。


「機関長。デリックの方の操作を頼む」

「はっ」

「夕方までに何とか終わらせて、港に入りたいな」

「同感です」


 上甲板に出ると艦尾へ向かう。


「その頃までに眠っててくれれば、手間要らずなのだがな」

「放っておくのですか」

「仕事が優先だ」


 艦尾は広い作業場で、例の甲板の穴は板で蓋をされている。そして中央にそそり立つのが、この雑役船の象徴とも言える起重機デリックである。

 蒸気機関で動くこの無骨な機械こそこの船の肝とも呼べる存在で、艦首に申し訳みたいに付いている軍艦としての弩砲バリスタは、飾りにも等しい。


「ギネス軍曹」

「デリックを動かす。バケットの準備を頼むわよ」


 ヤシクネーの何名かの部下が近づいて来るが、ギネスは指示を出してデリックに駆け寄ってロックを外した。

 左右に旋回可能な状態を確認すると、今まで推進器に直結されていた機関部に近付いて、貯めていたボイラーの蒸気をこちらへと切り替える。

 その間、部下たちはデリックの先に括り付けるロープとパケットを後甲板に広げ、作業が次の段階に入るのを準備している。


「右舷だったわね」


 蒸気を上げて動力を得たデリックが右舷側に突き出した。

 水面に顔を出しているキーラ曹長が、手を振って「この下」と位置を知らせてくれるから、河面へバケット一式が投げ込まれる。

 キーラ曹長はそれを受けて、再び水面下に潜る。


「彼女独りで大変よね」

「もうちょい、水中作業員を回して欲しい所ね」


 いつの間にか、ギネスの側にフェリサがやって来ていた。


「それは贅沢な悩みね。同じ魔族でもキーラなんかは特殊よ」

「水の中で息が続き、自在に泳げるスキュラ族は海軍でも希少な存在……かぁ」

「あたしらとは違うって」


 ギネスは呟く。

 ヤシクネーは水中生活に適応していない。下半身がヤシガニでも鰓室を開けて泳ぐと溺れてしまうからである。


人魚マーメイドは……」

「海軍なんかに来ないよ。民間で仕事していた方が遥かに儲かるから」


 海獣使いの知り合いを思い出す。

 他に船を誘導する水先案内人パイロットも高給取りな仕事だ。貧乏人の出で何とか海軍職にありついたギネスにとって、彼らは羨望の的だった。


「あ、準備出来たかな」


 再び浮上したスキュラを見て、軍曹はそう判断する。

 ご丁寧に両手に掲げた手旗信号で今の状態も知らせてくれるので、作業が楽だ。


「では初仕事行きますか」


 動力源をギアに繋ぎ、轟音を立てながらデリックがゆっくりとローブを巻き取り始める。

 緊張の一瞬だ。

 南国産のジュートで織られたロープは強いが、ワイヤーほどの強度は無く、水に濡れると耐久性もやや怪しくなるから、急激に引っ張ると切断事故になりかねない。

 では何でワイヤーに代えないかと言えば、単に値段の問題であるのだが、単純に十倍差はあるので文句は言えない。


「慎重にね」

「分かってるって」


 ボイラーから発生する蒸気が激しく噴き出す。

 ぎ、ぎ、ぎと音を立てて、マストからゆっくりと旋回するデリックの様子を見ながら、『油を塗らなきゃなぁ』と考える。今朝方も含め雨の日が続いたから、デリックに錆が発生しているのかも知れない。

 まぁ、技術科の連中なんて道具が好きで海軍に入ったみたいなものだから、例に漏れず、ギネス軍曹も機械の整備は好きな方だ。

 やがて旋回は終了し、巻き取りの動作に移る。


「どんだけ大きな岩があるんだろ」


 デリックに掛かる負荷に、ロープの先に吊された荷物の重量に顔をしかめる。

 抵抗感からするとサイズはかなり大きめである。慎重にロープをドラムでたぐり、格闘する事、約二十分。

 水面上に直径五メートルはありそうな、巨大な岩塊が姿を現した。


「ぐわっ、でかいねー」

「こんな物まで流れてくるんだ。堪らないな」


 再びアームを旋回させ、船上へと位置を戻して荷物を降ろす。

 全てが完了するまで約一時間。

 バケットに包まれた褐色の岩塊は、見上げる様な巨体で水に濡れてぽたぽたと雫を堕としている。ずんと船の喫水が下がった様な気がした。


「これが最大の大物だよ。前後、河の二キロの範囲には後は小岩だけね」


 にゅるにゅると触手を動かしながら、船上に上がったキーラ曹長が近づいてきた。

 フェリサが河の地図を取り出すと、キーラは何カ所かの地点を指さして水深を書き込んで行く。


「ふぅん、大体、水かさはこの程度の増水か」

「今は大型船が通っても何の問題も無いけど、あれが転がってたら通常時は危ないでしょ」

「このクラスの土砂が、後どの程度あるんだか」


 フェリサは操船科らしく、安全な航路を見当しているみたいだ。

 岩の周囲には既に作業員がわらわら取り付いて、船が揺れても岩が転げ落ちない様に固定を開始している。

 その舷側をひっきりなしに航行するのは商船だ。ポワン河は交通の要衝なのである。


「デリックの出番はここまでだね」

「そうだね。もう陽も落ちるから、寄港準備した方がいい。軍曹は艦長に具申を」

「そう言うのは操船科の仕事でしょ。あたしはデリックの点検」


 フェリサは「違いない」とぺろりと舌を出す。

 そんな中、「そろそろ烹水科の仕事に戻るよ」と告げてキーラが船内へ消えて行く。

 キーラ曹長の専門は烹水員。つまり艦の台所を預かる料理人で、水中作業員として仕事は、単にスキュラであるから任された臨時職に過ぎない。

 もっとも、この《マイムーナ》みたいな小艦艇は、人員不足から全員が兼職するのが当たり前みたいになっている。艦長ですら艦医との兼任だから、その人材事情は推して知るべしと言う所である。


「そっか、午後五時だからねぇ」


 船内時計をチラリと見ると、既に日没が近いのが分かる。

 そろそろ食事の仕込みに入らないと、夕食時間に間に合わなくなるのだろう。


「ここからは操帆で遡航するよ」

「え、蒸気は使わないの?」

「デリックの点検に時間取られるでしょう。それなら早めに入港したいよ」


 確かに蒸気機関を動かして船を航行するのと、デリックの点検を同時にこなすのは難しそうだ。


「幸い、途中に橋も無いからね」

「ん、任せた」


 艦長命令が来る前に、操船科の連中が集まって起倒式にマストを立てると、立派な横帆がダラリと垂れ下がった。


「艦長から伝言。〝直ちにゴルカへ向かえ〟だそうです」

「ん、碇を上げろ」


 フェリサは命令すると、そのまま艦橋へ移動する。

 艦橋と言っても吹きさらしのお立ち台に、ぼつんと舵輪他の機器が並んでいるだけだ。


「我が前に風を巻き起こせ、【送風】!」


 呪文と共に、フェリサの得意な風魔法が発動する。

 一応、彼女は風属性魔道師だ。だから操船科に籍を置いているとも言えるが、動力船が発明されたとは言うものの、まだまだ帆船は現役バリバリで、特に運行に経費が掛からない点が高評価である。

 帆が膨らみ、碇を抜錨した《マイムーナ》が徐々に動き出す。


「軍曹。ボイラーを落としますが」

「手順通りにやってね。マチュア」


 マチュアは同族で、この前に入ったばかり一年兵だ。

 瑠璃色の外骨格を持つ可愛い見た目で、まだ成人に達したばかりの幼い新兵だが、部下として配属されて来たから、ボイラーの操作をこうして手取り足取り教えている。


「難しいですね」

「その内、慣れるわよ。あたしだって専門家じゃ無かったんだし」


 たまたまボイラー操作の免許を持っていたから、いきなり機関長に抜擢されたのはほんの一年前だ。

 海軍に入る前は工場で据え付け型の搾油機を扱ってたからと言う理由だ。確かにアブラヤシを蒸して、油を絞るボイラーを操作はしていたが、海軍でこんな蒸気機関を扱えと言うのは畑違いである。

 しかし、海軍にも蒸気機関なる新技術を使いこなす専門家は少なく、〝ボイラー操作の扱える奴なら、まぁ、似た様な者だろう〟とばかりに配属されて、ギネスは今や《マイムーナ》の機関長である。


「貴女にボイラー技士の資格を取って貰わなきゃ、引退出来ないわよ」

「うぇぇぇぇぇ」

「ま、免許を取れば、来年には下士官になれるわよ」


 マチュアの顔がぱっと明るくなるが、これは本当だ。

 ボイラー資格は特殊技能だから海軍としても専門家が欲しいので、普通の兵よりも昇進が早くなる。

 二等兵から一発で上等兵に、上から「その階級じゃ、機関長を名乗るのに困るだろう」とあれよあれよと伍長に任じられた去年のスピード出世は、ギネスから見ても嘘だと思った程である。


「わぁ、お給料が増えますね」

「頑張りなさい」


 とにかく回路を切り、蒸気の発生を停める。

 缶水が使った分だけ減っているのを確認して、水タンクに河の水を補充する。海水を使うと缶の内部が塩だらけになるので、真水しか使えないのが欠点だが、幸いここはポワン河の真上だ。幾らでも真水が取れるので安心だった。


「とは言え、重労働ですね」

「陸さんみたいに重装備背負って行軍するのに比べたら、天国よ」


 手動ポンプを何回も押しながら、夕闇迫る中、ボイラーの停止を確認し、デリックの各部にグリースを塗る作業を完了する。

 右の鋏脚を振り上げて、鋳鉄製のデリックを叩きながら打音計測を済ませると、船が港へ入る位置に来たらしく、河港の堤防を越えて行く場面であった。


「こっちは点検完了した。マチュアは?」

「了解。軍曹は最終確認を」


 ここはマチュアに任せてはいるが、ボイラーの管理責任者はギネス軍曹である。

 軍曹はコンソールへ駆け寄って、どうなっているか最終確認をする。遠くから操船科の怒声が響いて来る。


「接岸急げ」

「縮帆、マストを倒せ」


 やがて小さな雑役船は停船し、碇によって船体を固定した状態で立ちすくむ。

 接岸の衝撃で船が揺れ、無事に河港へと入港出来た模様であるのを感じ、ギネスは作業から頭を上げた。

 夕闇が迫り、舷側には渡り板が掛けるべく、何人もの水兵が走り回っている。


「着いたのか」

「みたいですね」


 埠頭のポラードに舫いが繋がれるのを見て、ギネスはやれやれとばかりに肩の荷を降ろす。ここは小さな町だが、少なくとも生鮮食料には事欠くまい。


「少し早いが、当直じゃないから本日は仕事納めだ」

「夕食、何でしょうね」

「案外、良い物が食べられるかも知れないな」


 寄港すれば新しい食料が調達出来る。と言う事は今まで食べて来た古い在庫の方は使い切る必要があるので、寄港直後は量が増えたり、メニューが多彩な豪華版の食事が提供される可能性が高いのだ。


「楽しみですね」


 右と左の鋏脚を擦り合わせながら、マチュアが嬉しそうに微笑んだ。

 ヤシクネー一般が大好物の椰子の実が出るかも知れない。

 出航後、三日、工作艦マイムーナは下流の町ゴルカへ入港した。



〈続く〉


勇者はまだ目覚めない(笑)。

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