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〈1〉

唐突に新連載です。

再掲載では無く、不定期ですが「小説家になろうで」では新連載となります。


〈1〉


 ポワン河は大河である。

 幅数キロにも達する水面はグラン王国の東部地域を護る実質的な国境であり、東部から西部へ緩やかに曲がり、幾つもの都市を経由して西北部へ至る水運の要である。

 指定の箇所を通れば、外航大型船すら河の上流に遡航可能に川幅を持っているが、それは運が良い時だけである。


 その河上を行く雑役船マイムーナは船体を揺らしながら、雪解け水で増水したポワン河を遡航していた。

 海軍所属だが、余り立派な船ではない。

 長さこそ25メートルクラスで河川用としてはやや大型であるが、中古の曳き船を改造したくたびれた船体を持つおんぼろ艦だ。


「あたしら、海軍だよね」


 ヤシクネーのギネス軍曹は今日、何回目かも判らぬ呟きを漏らしたが、皆、そのぼやきに慣れてしまっていたので返事はない。

 ギネスの上半身はちんちくりんの幼児体型。胸は膨らみが足りない。

 下半身ヤシガニの異様な姿の魔族であるが、南部、特に沿岸地方と呼ばれるここらでは珍しくない。

 河の左右に広がる農園では、同じヤシクネー達がせっせと働いているのも見える。

 右舷の農園が椰子畑。左舷の農園が果樹園なのは河の左右の環境が違うからである。椰子の木には同族のヤシクネー達がせっせと登って、椰子を整備している。


「まだ拘ってんの」


 紫色した蛇体の鱗を煌めかしながら、豊かな金髪を揺らして呆れた口調でフェリサ伍長が問うて来た。


「だって……」

「雑役ばかりなのは凹むけどね」


 蛇娘(ラミア)の彼女はくすくすと笑う。

 この船は河川航行に適した平底船の上、海の物とも山の物とも判らない蒸気機関を備えた他、乗組員にまともなヒト族が存在しない人員構成だ。

 ヤシクネー、ラミア、スキュラ等、多彩な人物が集まっている。海軍としては異様な組み合わせだが、雑役船が特殊任務な為にこう言う構成なのだろう。


「でも、河ばっかりなのは嫌だなぁ」

「工兵に回されたからには、こうなると思っていたわよ」


 工兵は海軍技術部の実践部隊である。

 造船所に回される普通の技術兵と違い、工兵は戦闘工兵とも呼ばれる兵科で、戦場では最前線に投入される部隊である。

 要は前線で構築物を作るのが仕事だ。弓や弩が飛んでこようと、魔法が炸裂しようが、最前線で陣地を構築し、進撃路を設置する。


「待機任務の方が良いのに……」


 ラミアのフェリサは「やれやれ」とばかりに肩をすくめ、当直である舵輪をからからと微調整しながら、河の進路に合わせる。


「戦争なんて過去の話だけど、工兵は常に実作業だからね。

 あたしは楽しいなぁ」

「フェリサは前向きね。あたしは海へ行きたかったわよ」


 海軍に入ったからには、ギネスは大海腹で航海するのが希望だった。

 しかし、配属後の配置は工作艦とは名ばかりのくたびれた雑役船。結果、彼女は一度も任務で航海した事が無いのである。


「そんなに海が好き?」

「その為に海軍に入ったんだもん。それが、来る日も来る日も河の上ばっかり」

「海の上での任務がないからでしょ」


 海上では技術職は確かに仕事が無い。

 海底の調査なんてのもあるが、長年の測量で未知の海域なんてほぼ無いし、天候測量は必須だが、船個々の担当士官の仕事で、チームを組んで測量する必要も無い。


「仕事は確かに無いけどぉ……」

「河の上は仕事だらけでしょ。機関長殿」

「その言い方、止めて」


 ギネスは耳を塞いで、いやいやと首を振る。

 その時、艦長のヤノ大尉が号令を発した。


「機関停止」


 幾つかのレバーを操作して、蒸気機関の伝達装置を停止させる。

 ゴトン、ゴトンと上下動していたビームが動きを止めるが、ボイラーその物の蒸気圧は落ちないのは、一旦停止させると再始動に時間が掛かるせいだ。


「機関停止。大尉、碇は投げ込みますか?」


 復唱と同時に尋ねるフェリサに艦長は頷き、「ん、一応、投げ込んでおけ」と追加する。

 河の上は常に上流から下流に流れがあるし、この時期は水量が増えて急流になっているから、、停船には碇を投げ込んだ方が確実なのだ。


 「水深に注意だ」とヤノ艦長は続け、吹きさらしのブリッジから前方を睥睨する。

 水かさが増して普段よりも急な流れが、済んだ闇色の瞳に映っている。


「流木もあるな」

「山から流れてきたのでしょう」


 春先の雪解け水には良くある光景だ。

 雪解け共に枝とかが流されているのだが、流石に幹の様な大物が見当たらないが、生えたばかりの青々とした葉が目に飛び込んでく来る。

 木造船体の、安普請なこの船にとって 衝突は避けたい所である。


「キーラ曹長、済まないが尋を測ってくれ」


 艦長命令が伝達され、下半身に生えた触手をにゅるにゅると動かしながら、潜水要員のキーラ兵曹が甲板中央に開いた穴へ向かう。

 蓋を開けられ。一見、プールみたいに見えるが、それは船底まで通じている穴だ。

 普段は人魚族マーメイドや、キーラみたいなスキュラ族の様な水棲種族の水中出入り口だが、時には搭載潜水艇の出撃口にもなる。


「じゃ、飛び込みまーす」


 水着姿のスキュラが片手を挙げて甲板の穴へ飛び込んだ。

 何故、紺色したこの服がキュースクと呼ばれるのは、古代語関係なので判然としないが、少なくとも彼女には似合っているし、仄かな色気も醸し出されている。


「漂流物に気を付けろよ。増水してるからな!」


 まだ頭を見せているキーラ曹長へ、艦長の大尉は声を掛ける。

 曹長は片手を挙げると、水音を立てて無言で潜水へ入った。


「今年も流れてくる土砂が多いな」

「だから、平底船が大活躍ですよ」

「言うな、機関長。我々の仕事が減る」

「仕事……ですか」


 毎年春先は雪解け水で川が増水する。

 水が増えるだけなら問題ないが、水流に流されて礫や岩が転がってくるのが問題なのだ。

 船底が深い外洋船は、川底にある岩にぶつかって座礁してしまう危険が有り、座礁せずとも孔が開いて沈没しかねない。

 そんな訳で、大型の外洋船が乗り入れられるポワン河でも喫水の浅い平底船が大活躍なのだが、それでも輸送効率を考えると海から直接河を遡航するメリットは大きい。

 河用に荷を積み替える時間を考慮すれば、大型船で直接、目的地へ到着させる方が経費も時間もお得なのである。


「そんな河の状態を把握するのが、我々の仕事でしょ」

「地味だからぁ」


 ラミアの言葉に同意はするが、ギネスの不満はそこにあった。

 海洋任務みたいな胸躍る展開は期待出来ず、城壁を作ったり造船に精を出す人々から注目される行為も無く、誰からも省みられない測量と土砂相手の現場工事。

 ひたすら地味なのである。


「河の安全は大切だよ」

「う……だけどさぁ」


 そんな時、河面にざばりと何かが浮かび上がる音がした。

 先程、飛び込んだキーラ曹長だが、片手に何かを抱えている。


「艦長、ヤノ大尉!」

「何かあったのか、曹長」


 悲鳴の様な叫び声に、思わず艦長以下が舷側に駆け寄る。

 ざばざばと波を立てて、彼女が近付いて来る。


「し、死体を拾ってしまいましたぁ」

「は?」



〈続く〉

時代は新暦の1100年代。既存のエルダ世界とは約1世紀離れています。

錬金術が発展し、いつでも使える実用蒸気機関がお目見えする、多分、これまで書かれた一番新しい時代。さて、勇者の少年は・・・・。

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