15.真実はかくも残酷
ひとつ、気がかりなことを思い出した。
さっき竹田は、『知らぬが仏とはいえ、衝撃的な真実』『私が知らないところで、家族を巻き込む形で秘密裏に行われている』と口走ったではないか。
この男の透視能力をもってすれば、私のあずかり知らぬ場面が見えると。
それがなんなのか、むしょうに知りたい。
家族を巻き込んだ形とは、いったいどういうことだ?
まさか娘、晶子の身によからぬことが起こっているのではないか?
私はその質問をぶつけた。
「なるほど、それに触れますか」と、竹田は顔を曇らせた。口にしたくないようだった。「これを話したところで、いまは物的証拠も示せません。いちばんいいのは、じっさいの現場を目の当たりにすることです」
「現場?」
「この秘密を目撃してしまったあなたは、ますます折戸部長に対し、他愛もない仕返しどころか、強烈な憎しみ、殺意を抱いて、殺しにかかるかもしれません。僕にはそれが手に取るようにわかる。あいにくですがそれだと、当商材シャーデンフロイデのコンセプト、『いたずら以上復讐未満』さえ意味を失ってしまう恐れがあるのです。僕はそれを心配しています」
「どういう意味です。そんな言い方されると、ますます知らずにはいられなくなった」
「よろしい。いつまでも隠し立てもできない。勘のいいあなただ。いくら瑛美さんが巧妙に証拠を残さず、あなたと何食わぬ顔で暮らしてきたとしても、必ず不自然な場面を見たことがあったにちがいありません。そのたびにあなたは、気のせいだと自らを言い聞かせていたのではないですか?」
「瑛美?」脊髄反射の速さで、私は聞き返した。「瑛美が関わってるのですか、それは?」
「真実は時に残酷なものです。それほど知りたいのなら、ご覧に入れましょう」
と竹田は言って、腕をかかげ、指をバチン!と鳴らした。
そしてあごを突き出し、駅舎の外を見た。片手を耳に当て、聞き耳を立てる。
いったい、なにが起きるというのか。
すぐ外の、アスファルトを敷いた小さな広場。4つの街灯が照らしている。
ふいに、向こうから車のライトが近づいてきた。
「見てください。噂をすればなんとやらです」
「誰が?」
エンジン音はない。よくあるハイブリッドカーだった。見憶えのあるライムグリーンの色。あれは……。
ゆっくり広場に入ってきて、駅舎のすぐそばに停まった。街灯の光に浮かびあがる。
車体とフロントガラスには撥水コ―ティング剤が塗られ、雨水をきれいに水弾きしている。
光の加減で、運転手が見えた。
嘘だろ?
私は眼を疑った。
なんたるタイミングか!
折戸部長その人ではないか!
見まちがえようがない。奴もライムグリーンのハイブリッド車を愛用していたからだ。
よりによって、なぜこのタイミングで、ましてや無人駅に立ち寄るというのか。
折戸はやたらとにやけ、助手席に向かって、なにやら話しかけている。
とっさに私は駅舎の出入り口から物陰に隠れ、これからなにが起きるのか窺うことにした。
竹田も私の背後にまわり、ニヤニヤしながら蹲った。
「これも、商材シャーデンフロイデの効果と同じです。ちょっとした魔法です。あなたの眼のまえに、あえて出現させてみました。あとは煮るなり焼くなり、お好きにどうぞ」
と、竹田は私の耳もとで囁き、含み笑いを洩らした。
まさに魔法だ。こんな形で、偶然にも折戸と鉢合わせするはずがない。
私は信じられない面持ちで、駅舎の壁に身をひそめ、成り行きを見守った。
位置によって、フロントガラスが見通せるようになった。
助手席にはサングラスをかけ、首にファーマフラーを巻き、口もとまで隠したモデルみたいな女が乗っていた。
眼をこらした。武装していても、シルエットに見憶えがある。
――まさか、ひょっとして!
瑛美ではないか!
全身に電極を押し当てられたみたいな強い衝撃を受けた。
愕然とした。そんなバカな……。ありえない。
折戸はドアを開け、外に半身を出した。
そして瑛美に向って、
「ちょっと駅のトイレで用を足してくる。君は待っててくれ。すぐすむから」
と言い、手をふった。瑛美も小さく手をふって応じた。
なぜ折戸部長と妻が?
二人の接点を結び付けようとした。……いかん。混乱して頭が整理できない。
瑛美は数年前から、乳酸菌飲料の宅配レディとして働いていた。今夜は歓送迎会に行ったはずではなかったか。二次会にも出るから、夕ご飯は外食ですまし、先に寝ていてくれとのことだった。
これから宴会へ向かう途中、たまたま通りかかった折戸が妻を拾い、送迎してくれるというのか?
どこをどう情報をパッチワークしても、こうはなるまい。
……まずい。折戸の奴、駅舎の方へやってくるぞ。
トイレは駅舎を入って、右の通路を行った先にある。
私は背を屈め、ホームに退避することにした。竹田も同じく、私の尻についてきた。
幸いにして折戸は、いまだ車から離れるのが名残惜しいのか、瑛美に向かって投げキッスを送っている。おえっ、だ。
私たちがホームの暗がりに隠れるのと、折戸が駅舎に飛び込むのは、ほぼ同時だった。
折戸はなにも訝しむことなく、右手のトイレへと入っていった。
その間、私は胸の動悸を抑えるのに必死だった。
商材機器を取り出し、いつでも作動させることができるよう、スタンバイする。
トイレの方向で、水を流す音がこだました。
折戸がそそくさと出てきた。種馬みたいに腰をふっている。
ホームの方などふり向きもせず、車へ戻ろうとする。まさかその背後で部下が息をひそめて隠れているとは知らず。
折戸は運転席のドアのところまで走った。
折戸が戻ってくるなり、なんと瑛美は身を乗り出し、奴の首に腕をからませ、
「寂しかったわ、ダーリン!」
まるで蜂蜜みたいな甘ったるい声で言った。これだけ離れていても、まちがいなく聞こえた。
私は打ちのめされた。頭を抱え、悶絶した。
ウミガメの産卵じゃあるまいし、悔し涙が頬を伝った。
これで決定的となった。――瑛美の奴、はじめから折戸と会うために出かけたにちがいない。歓送迎会は口実にすぎなかったのだ。それも、折戸とはかなり前から深い仲になっているように思えた。
「人生は時として、こんなにも惨たらしい」と、竹田は私の肩に手をおき、静かに言った。「あれこそ、僕があなたの心の奥を探って、見つけ出した秘密だったのです。あなただって、潜在意識のなかで、気づいていたはずです。もしかしたら妻が冷たいのは、浮気してるからじゃないか。その相手が最悪、折戸部長だったら……。決して可能性はゼロじゃない」
「あんちくしょう……。よくも裏切りやがって……。よりにもよって折戸だと?」
私は涙を流しながら、身体の奥底から突きあげてくる負の感情をねじ伏せるのに躍起になっていた。ここで大声を張りあげて、ましてや車に向かって飛び出してはならない。
両腕に爪を食い込ませ、なんとか制御しようとした。どうにかなってしまいそうだった。
折戸に対する狂おしいまでの敵意、不貞行為を働いた瑛美への失望と怒り。
奴らに、然るべき鉄槌をくださねばなるまい。




