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7.新人にも厳しいです

「どうするんですか? あれ」

「忍のこと、助けます?」


 捕まる……振り払う……逃げる……。

 そんなことを繰り返している林先輩と忍くんを見ながら、シンメトリーコンビがみんなに聞いてみる。


「あれをゆーやんに止められるんならね」


 ハルさんのその言葉に、茶髪くんは笑顔で×のマークを手で作った。

 彼にしても一応、聞いてみただけで本気で止める気はないようだ。


「ああなった林をとめるのは至難の業だよ」


 クスッと笑いながらそう言った柳さんも、あの2人に関わる気はまったくないようだ。


「じゃあ、少し落ち着くのを待ちますか」

「そうだね」


 笑いながらの茶髪くんの提案にハルさんが賛同したことにより、全員一致の判断で少年の受難がしばらく続くことが決定した。

 バタバタと室内で追いかけっこをしている2人。

 その2人を気にもとめず、作戦会議をしていたり、ティータイムを楽しんでいるメンバー達。

 デバイスのメンバーは曲者揃い……にも程がある。


(……大丈夫なのか? この部隊)


 目の前で繰り広げられている光景をみながら、俺がそんな心配をしていた時だった。


「すまない。遅くなった」


 自動ドアが開くと同時に、どこかで聞き覚えのある声がして若い女の子と長身の青年が部屋へと入ってきた。


「下に義次いなかったけど、もう戻ってるかな?」


 そう言いながら近づいてきた青年は、すぐに騒がしい部屋の中の状況を理解したようで困ったように笑う。


「……って聞くまでもなかったね」

「おかえり、(タカ)さん。入れ違いになったみたいだよ」


 平然と答える柳さんに、高さんと呼ばれた青年は少し聞きづらそうに質問する。


「そうみたいだね。で、どうしたの? この状況……」


 高さんの言う『この状況』とは……室内を走り回っている林先輩と忍くん。

 いつの間にか言い合いを始めているシンメトリーコンビ……で、その2人を止めようとさらに大声で注意をしているハルさん。

 そんな彼らを全く気にせず、一人優雅にお茶を楽しむ柳さん。

 そして、その状況の中、どうしていいのかわからずに戸惑っている俺……のことも含まれるのかな、この場合。

 第三者が見たら『ここは幼稚園か』と、疑いたくなるような騒がしさだもんな。


「まあ、いつものことだけど……ん? 名城(ナシロ)、どうかしたの?」


 一応、説明するべきか迷った柳さんは、いつまでも入り口付近に立ち尽くしたままの女の子へと声をかけた。

 すると、今まで黙って下を向いていた名城さんとやらが、一度息を吸ったかと思うと、次の瞬間……。


「お前ら全員、トラック二十周!」


 そんな言葉が部屋中に響きわたった。

 途端に静かになる室内。

 その威圧的な言葉で入口の方を向いた俺は驚きの声をあげそうになった。


「あっ、君は……!」

「ええぇ~!」


 だが、そんな俺の声は少し遅れて事態を把握したみんなの不満の声と、それに続いたハルさんの大声での抗議にかき消されてしまった。


「なんで~? 部屋で暴れてたのはよっしーとおチビだけでしょ」


 その言葉に、すかさず林先輩と忍くんが反論する。


「暴れてませんよ」

「ボクは被害者!」


 2人がそう訴えたところで名城さんの表情が変わることは一切なく、そのままハルさんへと答えた。


「お前らも騒いでいただろ」


 名城さんにあっさりと言い返されたハルさんに、柳さんが他人事のように声をかける。


「ある意味、ハルの声が一番大きかったからね」


 でも、そんな柳さんにも名城さんは容赦なく言い捨てた。


「柳、止めなかったお前も同罪だからな。トラック二十周」

「えっ、私まで?」


 まさか自分まで巻き込まれると思っていなかった柳さんは驚いた声を出したが、名城さんに無言で睨まれて諦めたのか、小さくため息を吐いた。


「とにかく、ここにいた者全員で連帯責任だ」


 そう言い切った名城さんにみんなも覚悟を決めたのか、渋々ながらにそれぞれ立ち上がり準備をしようとする。

 そんな彼らの姿を見渡していた名城さんと、俺はちょうど目が合った。


(やっぱり、さっき廊下で会った子だ)


 その独特な雰囲気の喋り方が特徴である名城さんは、まさしく俺が林先輩よりも先に言葉を交わした相手である。

 名城さんもそのことを何か言ってくるかな、と思った俺だったが、彼女は表情も変えずにじっと俺を見つめ返すだけで何も言おうとはしない。


「何です、名城。遠藤くんと知り合いなんですか?」


 俺の様子から、俺達が初対面ではないことに気づいたらしい林先輩が意外そうに名城さんに聞いた。


「いや」


 だが、名城さんの答えはあっさりとしたものだった。

 確かに知り合いって言うほどの接点はないと思うけど、もっと言うことあるでしょ。

 それ以上、喋る気のない名城さんに代わり、俺が口を開いた。


「知り合いというか、さっき一階の廊下で会ったでしょ?」

「…………」


 俺からの問いにも名城さんは答える様子がない。と、いうか、眉間に皺を寄せ、俺の顔をじっと見ている。

 え、俺の顔がよく見えてないとか? いや、眼鏡もしてるし、これで見えてなかったら眼鏡の意味ないだろ。

 もしかして、俺のことを忘れているのだろうか?


「数時間前のことなんだけど」

「……」


 名城さんの眉間の皺がさらにはっきりとした。

 ちょっと待って、もしかして本当に忘れてる? 俺、初対面なのになかなかの威圧感で注意されたんだけど。


「デバイスの名前を軽々しく口に出すものじゃないって……君、言ってたよね?」


 自分の存在感の無さに軽くショックを受けながら俺がそう言葉を付け足すと、名城さんが急に俺の顔を覗き込み言った。


「……ああ、思い出した。あまりに堂々とデバイスのことを口に出していたから気になってな」

「ごめん、声に出してる自覚がなかったんだ」

「それが彼の癖です」


 俺が素直に謝ると、林先輩が得意気に付け足した。

 そして、それに対してハルさんが楽しそうに話しかけてくる。


「おっ、さっそく、よっしーに分析されちゃったんだ? ほんと、よっしーの……」

「いつまでもお喋りをしているな。高杉(タカスギ)以外、早く走ってこい!」

「は~い……」


 名城さんに怒られ、ハルさんは観念したのかうな垂れながら返事をして入り口の方へと向かい、みんなもそれに続く。

 そんな光景を唖然と見送っていると、名城さんに声をかけられた。


「おい、何をしている? 高杉以外と言っただろ」


 ん?……それってつまり……。


「えっ! もしかして俺も?」


 俺は驚いて、そう聞き返していた。

 だって、俺、今日が初出勤だよ? それどころか、メンバーの人達とまだまともに挨拶もしてないのに、いきなりこんな連帯責任?


舞華(マイカ)、彼はまだ……」


 隣にいた高さんが俺のことを庇ってくれようと名城さんへと声をかけるが、その高さんに対しても彼女はきっぱりと言い切った。


「一緒にいたんだから、誰であろうと同罪だ!」


 い、一緒にいたって……俺の意志でここに来たわけじゃないんですけど。


「全員が走り終わり次第、自己紹介をする。だから早く行け!」


 名城さんに真っ直ぐに入り口を指差され、迷いのない声で言われてしまい、俺は慌てて先に行ったメンバー達を追いかける。

 いきなり最初からこんなことになるなんて……デバイスって本当に何なんだよ。


「俺を普通の社会人に戻してくれ~!」


 この時の俺の悲痛の叫びは、扉が閉まった部屋の中へとまで大音量で響いていた……と、後に高さんが教えてくれたのだった。





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