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3.警察に脅されました

 あの日は、すでに大学の卒業式を待つのみの状態で、俺は高校入学を機に始めたカフェのバイトに助っ人で午前中だけ出ていた。


「ただいま~」


 バイトから帰ってきた俺はそう声をかけながら、玄関へと入った。


「お帰り、早かったのね?」

「うん、今日は代わりが見つかるまでだから」


 玄関まで現れ、少し驚いたようにそう聞いてきた母さんに、俺は靴を脱ぎながら答える。


「お昼食べる? まだなら何か作るけど」

「ううん、食べてきたから平気」

「そう……あっ、浩太郎!」


 2階の自室へと上がろうとすると、母さんに呼び止められた。


「あんたに封筒が届いてたわよ、警視庁から」

「警視庁!?」


 げた箱の上に置かれていた封筒を差し出され、予想外の送り主に俺は驚いた声をあげてしまった。


「やだ、あんた何かしたの?」

「いや、心当たりはないけど……」


 受け取った薄っぺらな封筒の表には確かに我が家の住所と俺の名前、裏には警視庁の文字がある。


「何だろう?」


 全く思い当たる節がなかったので特に慌てもせずに部屋へと戻り、荷物を片づけてから落ち着いて、再度、封筒を手にする。


「新手の詐欺とか?……まあ、こんな封筒じゃ爆発物でもないだろう」


 そもそも、そんな風に命を狙われる覚えもない。

 一瞬、躊躇ったけれど、俺は勢いよく封筒の封を開けた。

 すると、中からペラリと1枚紙が出てきてベッドの下へと落ちる。

 それを拾い上げて、そのまま何気なく文面を読んだのだが……。


『遠藤浩太郎 殿


 貴殿を秘密特殊部隊・デバイスの新メンバーに任命する』


「………………は?」


 軽く十数秒経ってから俺の口から出てきた言葉はその一言だった。

 人間、本当に驚くと声も出ないってのは事実だったんだな。

 なんて、冷静に思っているうちにだんだんと普通の思考が戻ってくる。


「ちょっと待って、意味わかんない。デバイスって何? なんで俺がそこの新メンバー? そもそも俺、公務員でもないのになんで警察から連絡くんの?」


 少し混乱しながらも、ふと封筒の中にもう一枚、紙が残っていることに気づき、それも中から出してみた。

 その紙には日付や場所、持ち物などが簡単に書かれていて、一番下には『問い合わせは下記まで』と、フリーダイヤルの番号が書かれていた。


「あ、怪しすぎる……」


 今時の詐欺はこんな手口なのか? これで電話したら、膨大な金額を請求されるとか。

 でも、こんな意味不明な文章で金額請求もないよなぁ。


「…………よし!」


 放っておくのも怖いので、俺は勇気を出してそのフリーダイヤルへと念の為に非通知にして電話をかける。

 最も本当に警察からだとすれば非通知の意味はないんだけど、一応、違った場合の詐欺対策にはなるよな。あまりに変な様子だったらすぐに切っちゃえばいいし。

 何回か呼び出しコールが鳴ると、相手が電話に出る。


「もしもし……」

『はい、こちら秘密特殊部隊問い合わせ係になります』


 聞こえてきた声は若い女性のものだった。もしかしたら、俺と同世代くらいかな?


「あの、警視庁から任命書……って言うんですかね? それが、届いたんですが」


 どこかのコールセンターかのようの爽やかな対応に、いきなり切るという行動はせずにすんだ。

 ちょっとホッとしながら要件を伝えると、相手の声のトーンが少し明るくなる。


『あ、届いたんですね。と、いうことは……遠藤浩太郎さんですか?』

「えっ! 何でわかるんですか?」

『ああ、あの任命書が送られたのはあなた1人しかいませんから』


 なんだよ、それ。非通知にした意味が全くないじゃないか!

 でも、正体がバレているなら仕方ない。ここは開き直って、納得のいく説明を聞かなくては。


「あの! デバ……」

『あ、その名前、あまり言葉に出さないでくださいね。この電話が盗聴されてないとも限らないし、名前の通り、秘密で特殊な部隊なんで。それから、届いた任命書は人目に触れずに焼却して証拠隠滅しておいて』

「…………」


 えーっと、どこから突っ込んだらいいんだ?

 今の話の中で、盗聴だの証拠隠滅だの、なんだか物騒な単語がちらほら……しかも、対応も敬語じゃなくなってるし。


「あの、証拠隠滅って……そちら警察ですよね?」

『そうだけど、ここはちょっと特殊なの。あなた、クォームとの戦闘が各地で行われているのは当然知ってるよね?』

「はい。見たことはないですけど」


 いきなり出てきた地球外生命体の名前に疑問を持ちながらも返事をすると、次の瞬間、とんでもないことを告げられた。


『この部隊は、そのクォームと戦うチームなの』

「は? クォームと戦ってるのって警察じゃないんですか? 俺、一般人なんですけど!」


 部活で剣道を続けてきたくらいで、格闘技の経験なんて全くない俺にクォームと戦え?

 そんな無茶な話があってたまるか。


『ん~、そこらへんの詳しい説明は今、私からは出来ないんだよね。まあ、バイト感覚と思ってもらえれば。給料も出るし』


 いや、給料が出るって言われても……。


「俺、もう就職先決まってて来月から社会人なんで……」

『学生とかバイトとかで掛け持ちはいいけど、社会人で両立は無理かな。緊急で呼び出されることもあるし』

「いや、だから俺は社会人を選択……」


 必死に説明して、なんとか断ろうとする俺の言葉を遮って相手の説明はどんどん進んでいく。


『まあ、この部隊の存在は秘密にしないといけないからね、表向きは警察の嘱託事務任命って偽装書類を作るから、それをバイト先とかに提出して……』


 おいおい、今、さらっと『偽装書類』って言っただろ! 警察がそんなことしていいのか!


「だから俺はもうすぐ社会人になるんです! このお話はお断りします!」


 このままでは埒が明かない。ずるずると流されて怪しいことに巻き込まれないためにも、ここはひとつ、強気ではっきりと拒否しないとな。

 そんな俺の言葉に、電話の相手は静かになったかと思うと、次の瞬間、小さく笑ったのが聞こえてきた。


『そんなに嫌なんだ?』

「はい」

『ふーん、別に断っても私としてはいいんだけど……その場合、『ミドリちゃん』が大丈夫かなぁ』


 突然、相手の口から出てきた名前に俺は動揺してしまった。


「なんで、ミドリのことを……」

『そりゃあ、秘密の部隊にスカウトする相手の身の周りは詳しく調査するでしょ?』


 挑発するようなその言い方に、俺は落ち着いていられず急いで一階へとおりる。


「母さん、ミドリは!」

「何よ、急に。ミドリならそこで食事中よ」


 俺の心境に気づいていない母さんがのんびりと答えて指差した方へと目をやると、その可愛らしい姿が目に入る。


「無事か、ミドリ~!」


 叫びながら駆け寄った俺を、少し驚いたような表情でヘルマンリクガメのミドリがケージの中から見つめ返してきた。

 あ、タンポポを食べてる途中だったのか。驚かせてごめんよ。

 ん? カメに表情があるのか?

 それは愚問というもので、カメだって感情表現は豊かだし、俺とミドリは十年来の付き合いなので家族同然だ。

 ケージから出している時は俺の後をついてきたり、構ってほしい時は俺が見ている雑誌に乗ってきて邪魔をしたりと、なかなか可愛いやつである。

 ちなみになぜ名前が『ミドリ』かと言うと……。


『あのさぁ、なんか誤解してるみたいだけど』


 電話越しに俺の様子を聞いていたんだろう。手にしたスマホから呆れた様な声が聞こえてきた。

 しまった、電話中なの忘れてた。

 ひとまずミドリの無事を確認した俺は、母さんの目から隠れるように自室へと戻る。


「誤解ってどういうことですか?」

『別に私たちがミドリちゃんをどうこうするってわけじゃないってこと。例えば、クォームが出現した時に、警察が守ってくれるのは人間だけよ。避難するのだって人間が優先……』


 そこまで言われて、やっと相手の言いたいことを理解する。


「警察が一般人を脅すんですか?」

『人聞き悪いなぁ、脅すなんて。ただ、配属を受け入れれば、自分の手でミドリちゃんを守ってあげられるよって言ってるだけ』


 言い方を替えれば「ミドリを守りたければ条件を飲め」ってことじゃないか。

 この人、口調は穏やかでにこやかに話している印象だけど……本気だ。このまま俺が断れば、何かあった時にミドリの安全は保障されない。


「…………この通知を受ける場合、どうしたらいいんですか?」


 しばらく葛藤していた俺だったが、諦めてその言葉を告げた。

 すると、途端に相手の声のトーンが明るくなる。


『そうなると、後日こちらから書類を郵送するから、それに必要事項を書いて、今日の封筒の中に入っていた案内の場所に来てもらえるかな。その時に正式な出勤日や詳しい説明をしてもらえると思うから』


 なんだか一方的にいきなり話されたが、俺は半分投げやりな気持ちでそれを聞いていた。

 すると、ある程度の説明が終わったのか相手がクスッと小さく笑った。


『これから頑張ってよね、遠藤くん』


 そう言ったその声は、さっきまでのやり取りが嘘かのように優しく綺麗な声色だった。




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