2.緊張の初出勤……のはずが
(謎の部隊……か)
ぼんやりとそんなことを考えながら、俺は廊下の長椅子に腰掛けて、誰ともわからない迎えを待っていた。
ここは警視庁の中で、さらに言うならば一般の人達が多く出入りする1階の入り口からはだいぶ離れた所にある廊下だ。
そのせいか、ここまで案内してくれたおじさんと別れてからは、他の誰とも顔を合わせていない。
「まあ、普通はこんな奥まで来る人いないよな」
そう呟いた俺、遠藤浩太郎も別に警察官というわけでもないし、公務員ですらなくて、先月、無事に大学を卒業した新社会人なわけだけど……。
「なんで俺がデバイスに配属になったんだ?」
デバイスというのは、極秘で警察内部に作られている秘密特殊部隊らしい。
なぜ、らしいという曖昧な言い方になるかというと、その部隊の存在を俺はつい最近まで知らなかったからだ。
そして、ここに来るまでにおじさんにもそれとなく質問してみたが、
『とにかく、噂ではメンバーは曲者揃いだそうだ』
と、いう情報しか入ってこなかった。
どうやら詳しく追及しようとしたら、自分の立場も危ないので、余計な詮索はしないことにしているらしい。
そんなわけで俺が知っている情報はそれにプラスして、デバイスが地球外生命体と戦う専門チームだということくらいだ。
今、地球は地球外生命体によって狙われていた。
地球外生命体と一言で言っても彼らは多種多様で、獣のような四つ足のタイプもいれば、鳥のように空を飛ぶものもいて、さらには人語を話し、かなりの知能を持つものがいることもわかっていた。
それらの種類の中で、特に地球侵略を狙っているものたちを、地球人はまとめて『クォーム』と呼んでいる。
世界各国で人間とクォームとの攻防が続く中、日本も決して例外ではなく取り分け、ここ東京は日本の本部基地としての役割を担っていた。
そのため、特にクォームの出現率が高く、今ではまるで花粉情報かのように朝のお天気とともにクォームの出現予報がニュースで自然と流れている状況だ。
だが、あくまでもクォームを相手にするのは警察(と、思っていた)で、一般人はそのクォーム出現予報を参考に戦闘区域に近づかないようにすればいいだけのことである。
もし、その戦闘エリアに近寄り怪我をしたとしても、それは自己責任ということになってしまう。
そして、夜にはまたニュースでその日の被害状況を見るだけなので、一般人にしてみればクォームの存在は台風と同じかもしれない。
昔の平和そのものの時代からすれば、それは変な状況と言えるのかもしれないが、今の時代はそれが当たり前となっていた。
そんな時代に生まれた俺にとって『波瀾万丈』『順風満帆』なんて言葉は一生無縁なものだと思っていた。
実際、今まで生きてきた22年間は不運な下り坂もなければ、幸運の高波に乗ることもなく、あえて言うなら『平々凡々』という言葉が一番合う。
身長体重は一般成人男性の平均だし、血液型も日本人に一番多いA型。
大学も無事に入学・進学し、卒業後はずっとアルバイトをしていた知り合いのカフェでの就職も決まっていた。
そんなに目立ったイベントは起きなかったが、これはこれでとても幸せなことだと思っていたのだが。
「いきなり、俺に配属通知が届くんだもんなぁ。クォームと戦っているのは警察だと思ってたから、デバイスなんて組織があること自体、俺知らなかったよ」
そう、確かにクォームの存在はテレビなどで知っていたが、実際に生で見たことはないし、誰かがクォームと戦っている場面を目にしたこともない。
だから、てっきりクォームとはちゃんと訓練をうけた警察関係者が戦っているものだと思っていたのに、まさかの俺みたいな一般人に配属命令……どう考えたっておかしいだろ。
今日だけでも何度目かわからない溜め息を溢した時だった。
「ん……?」
俺はふと、誰かの視線を感じて辺りを見回した。
すると20歳前後の眼鏡をかけた女の子が、じっと真顔でこちらを見ていることに気づく。
綺麗なストレートの黒髪をポニーテールに結わっているその子は、髪を下ろしたら日本人形のようで、どこか清楚な印象を感じさせる。
(何だろう?)
俺が不思議に思っていると、その女の子は表情ひとつ変えずに言った。
「その組織の名前を軽々しく口に出すものじゃない」
「え?」
可愛らしい外見と声からは予想もしていなかった威圧的なものの言い方に俺は驚き、彼女の言葉の意味が理解出来なかった。
「失礼」
だが、唖然としてしまった俺の様子を全く気にすることなく、女の子は眼鏡の位置を直して一言そう言うと、俺に背を向けて歩き出す。
「あ、ちょっと! どういうこと?」
我に返った俺が声をかけるが、その女の子の背中が振り返ることはなかった。
「……なんだったんだ?」
状況が飲み込めず、俺がその子の後ろ姿をいつまでも見送っていると、今度は背後の方からなにやら騒がしい声が聞こえてくる。
「滝川、いい加減にしろ!」
「そう言う千尋こそ、諦めたらどうなんだよ!」
どうやら、その声は近づいてきているようだ。
それにつられて俺が後ろを振り返ると、黒髪と茶髪の対称的な2人の男の子が、お互いに張り合うかのようにものすごい勢いでこちらに向かって走ってきていた。
「ふざけるな! 訓練室を先に使うのは」
黒髪の子がそう言うと、示し合わせたかのように、
「俺だ!」
おお、2人、見事に声が揃った。って、そんなことに感心してる場合じゃない!
なぜなら2人は速度を落とすことなく、近づいてきているのだ。
「ちょっと、どいて!」
茶髪の子が言うと同時に、勢いにおされて逃げ遅れた俺は2人に弾かれてしまった。
「うわっ!」
だが、情けなくも廊下に俯せの大の字で転んだ俺を気にすることもなく、2人はそのまま駆け抜けて行った。
2人が去っていったその場に、途端に静寂が訪れる。まるで嵐が通り過ぎたかのようだ。
「いてて……」
「あんた、大丈夫?」
頭上から声が聞こえ前に目をやると、そこには子供サイズの靴があった。
「あ、ああ」
返事をしながら顔をあげると、そこには小学生くらいの子供が立っていて俺を見下ろしている。
「通路の真ん中に突っ立ってたら危ないよ」
その口振りからすると、この子は今の一部始終を見ていたのだろう。
こんな小さい子に随分と情けないところを見られたものだ。
「そうだね」
立ち上がり、服についた汚れを叩きながら俺は苦笑をもらしつつ答えた。
「ふっ、超ダサい」
子供はそんな俺を見て生意気そうな笑みを浮かべてそう言うと、その場を去っていった。
「おいおい、俺小学生くらいの男の子に鼻で笑われなかったか? 今……」
さっきまで誰一人として通らなかったのに、通る時はなんでこんなに一気に来るんだよ。そもそも、誰も人の話を聞かずに勝手に去っていく。
「どうして俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ~!」
廊下で1人、叫びながら、そういえば配属通知が届いた時も理不尽な仕打ちをうけたな……と、大学卒業を1か月後に控えていたあの日のことを俺は思い出していた。




