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六話

 時間が経つのが極端に遅く感じた。勉強をすること以外何もなかった。


 必要最低限をこなす毎日に飽き飽きしていた。


 けれど、何もやることがなかった。


 テストは始まっても、何も変わらなかった。バイト先にはテストが始まる二週間前は週に一回のみのシフトにしてもらっている。


 喫茶店のバイトも個人営業のため、大して人が入ってこない。常連さんに声をかけて、いつも通りのコーヒーを出すだけだった。忙しくないため、思った以上に時間が長く感じるがそれでもチェーン店の夜勤で働く陸よりは何倍も楽だと思う。


 テストは最終日になっても変わらなかった。事前に書いてあるものを提出して提出するだけだ。三年生にもなってくれば、テストにも慣れ、緊張感がない。


 最後のテストも担当教員の合図で始まり、スチューデントアシスタントが何人かカンニングをしていないかを確認と入れ替わりが起きていないかを確認するために巡回する。そんなことを考える余裕があるほどテストの出来は悪くなかった。


「終わった。オワッタ……」


「どうしたんだよ陸……」


 いつにもまして憂鬱な様子だった。よっぽどテストの手ごたえがなかったのか、かなり落ち込んでいた。


「さすがにそろそろ落ちるとね、いろいろと危ないの、わかる!」


「フル単の俺には一切理解できないな」


 嫌味を込めながら、返した。


 フードコートで昼食を食べながら話すと、夏休みの話題を出してきた。


「まあ、いいや。それよりこの夏どこ行きたい?」


「伊勢神宮って言っただろ」


「それ以外ないのかよ……分かった。いろいろ考慮しておく。それより、咲ちゃんは来るのか?」


「ああ、たぶん来ると思う」


「他人行儀だな。ほんとに幼馴染か?」


「ただの幼馴染だ」


 その言葉を発すると、陸は少し黙った。


「……本当にただの幼馴染、なんだよな」


 いつも以上に言葉に重みがあった。何か思うことがあると俺に伝えてくるような感じがした。


「なんだよ、急に……」


  周りとの空気の違いが俺たち二人を包み込んだ。


 フードコートにいる人はみんな陽気に話し合っている。ゼミやサークルでの飲み会、期末試験が終わったことの打ち上げなどを話している。


 俺たちも先ほどまでは、これからの夏休みの予定を話していた。けれど、陸の一言だけで俺たち二人の空気が変わった。


「いや、それだけならいい」


 それだけならいい。そんなわけは無いだろう。フードコートにいる学生も何人かは俺たちの空気に気が付き、見つめてきている。


「いや、それだけじゃないだろ」


「まあ、そうだが……」


 陸は言っていいのか、言ってはいけないのかが分からないのである。彼が咲に向けている感情を陽介に言ってしまうことで友情が崩壊しないだろうか、そうずっと考えている。


「言いたくないなら、いいけど。何かあるなら呼べよ」


 その言葉を残して俺は彼の元を去った。彼が何を考えているかは、予想がつく。


 陸は咲のころが好きである。そのことは何となく、陸の日常生活を見ていれば分かった。けれどこんなに早くそのことについて進展があるとは思ってもいなかった。


 俺自身、準備があってその話をされるのであれば、別に構わない。決して頼りない人間ではないし、いいやつではある。


 けれど、いいやつ止まり。


 咲が何故俺以外、大して話さない理由は人を信頼していないため。彼女は誰一人他人を信用していない。そのため、俺以外とはほとんど話をしない。陸の時も最初は目線も合わすことができなかった。


 それだけ、咲は空き巣に気づ付けられた。


「そういえば、あの空き巣……まだ、捕まっていないんだよな」


 俺たちが住んでいる交番の警察官に、もし空き巣犯が捕まったら、連絡をくれるように伝えてある。それに週一回、交番に出向いているほどだ。それでも一切捕まったという情報が入ってきていない。今日も帰る途中に立ち寄るわけだが、捕まったという情報が本当にほしい。


 空き巣が行われたのは咲の部屋で、その時は俺たちが住んでいる区では発生しなかった。警察官からも捕まえるのはとても難しいと言われた。


 けれど、その人間をもし、咲が許すことができたならば、咲は人を信頼できるかもしれない。


 極悪非道の人間でなく、同情の余地がほんのわずかでも残っていれば、咲はまた人を信頼できるかもしれない。という淡い期待だった。


 テストも終わり、一度田舎の実家の方に連絡を入れ、お盆には帰ることを伝えるため、咲と合流する必要があった。あの田舎ならば、咲は空き巣に入られるまでの純粋な女の子のココロを取り戻すことができる。空き巣に入られてからは、夏休みの間はずっと実家の方に帰り、やっと一人で物事をこなすことができるまでになった。


 正直に言うと、咲の就職先は実家の方でどうにかしてほしいと思っている。仕事は少なく、賃金も低いかもしれないが、人として一番大切なものを守ることができると俺は思っている。


 そもそも、俺があの時、行方不明にならなければ、咲が都会までくることもなく、田舎で就職や進学ができたのかもしれない。俺が、この大学を選ばなければ、咲はまだ、田舎に居たのかもしれない。


 机上の空論を頭で並べると自己嫌悪に陥ってしまいそうだった。けれど、そのたびにこのミサンガを見続け、心を落ち着かせてきた。


 俺の心に安心して、君なら大丈夫。と語りかけてくる。そんな気がするだけで、俺は安心した。


 最寄りの駅で降りて、まっすぐ交番に向かう。いつも帰るルートとは反対側だが、道案内などの利用者の多さから駅のすぐ近くにあるため、便利である。


 今日も交番にいた警察官に空き巣のことを聞き、そしていつも通りの返事が返って来た。


 期待はあまりしていなかった。けれど、やはりつらいものがある。


「本当に、世界は狂っている」


 死んだ祖父が良く言っていた。幸せは数に限りがある、誰かが幸せになることで、誰かが幸せになれなくなる。決して不幸になるわけではないが、幸せになることは誰かを犠牲にするということ。


 幼かった俺には理解ができていなかった。けれど、自身に不幸が降ってきてからようやく理解することができた。


 誰もが幸せの大団円のハッピーエンドは世の中に存在しない。誰かが犠牲になることでやっと誰かがハッピーエンドになりえる。


 そうやって、世の中が出来ている。




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