四話
オーブントースターで昨日買った食パンを焼くと隣からベルのなる音が聞こえた。十秒ぐらいすれば鳴りやみ、咲が起きたことが分かる。足音が聞こえ始め、ベッドから立ち上がったことが分かると、イチゴジャムを食パンに着け始めた。
「今時、食パンを加えてぶつかるヒロインって古い……よな」
陸にマンガを何冊か貸してもらった一シチュエーションを食パンから連想した。運命の出会いを表すようなもので、少しうらやましかった。結局そのヒロインは主人公と結婚して物語が終わるのだが、個人的に思ったことが、食パンを加えながら走るよりも、食べずに学校に行って、学校で食べるほうが速いということ。呼吸をしにくい上に喉を詰まらせるのではいかと考え、結局そのマンガを楽しめずに終わった。
テーブルの上にあるリモコンを触り、テレビの電源を入れると、天気予報のチャンネルに切り替えた。今日の天気は一日中晴れ模様、とキャスターが言っていた。けれど、俺は信頼するつもりはなかった。
一度だけゲリラ豪雨を経験した。ちょうど咲と一緒に買い物に出かけた帰りで一緒にずぶ濡れになり、干してあった洗濯物がべちゃべちゃになってしまった。
そのため、選択は学校に帰ってきてからか、夜に行っている。あのゲリラ豪雨も都会に来てから経験した苦いものだった。
朝食を済ませると、食器をシンクに置き、昨日終わらなかったレポートの続きを始めた。郷の授業は三限目からで、スタートが昼の1時さすがに時間が有り余っているので、テストに向けて必死に勉強を開始した。
今度は積み立て方式をまとめあげ、最後にどうしてこの積み立て方式に変更できない理由を書き、個人的な見解を入れてレポートは規定文字数を少し超えて完成した。
完成したころには10時42分。お昼ご飯には早すぎる時間のため、何かほかのことでもしようと思ったが、咲から連絡が来ていた。
――お昼一緒に外へ食べに行かない? 10:30
「時間あるし、行くか」
――おk どこか希望ある? 10:43
――特にないかな、陽ちゃんと一緒ならどこでもいいよ 10:43
「返信早!」
スマートフォンを見ながら、咲の返信スピードに驚くと、隣の部屋をノックした。
「咲、こっちの部屋来い」
さすがに聞こえていると思う。わざわざスマートフォンを介して話す距離でもないし、俺は咲を直接部屋に呼んだ。
来るのには30分もかかったが、それでも咲は俺の部屋に来てくれた。
「で、どこ行く?」
「特に決めてない……いいなら、新しくできたカフェに行きたい。
ああ、なるほど、そういうことか。
30分も待たせて必死に化粧をした理由はこれか。一段と幼い顔の咲が珍しく大人びた化粧の仕方をしていた。どこで覚えてのかは知らないが、そのカフェに合わせてメイクしたのだろう。
「分かった。着替えるから、ちょっと待ってろ」
咲の化粧の時間の意味を読み取り、咲を自室に帰ってもらい、着替え始めた。薄着のシャツから青のポロシャツに着替え、下はジーパンを穿いた。これでも少しラフな格好をしているが、部屋で切るような服よりは何倍もマシだろう。
少し待ってもらったが、10分ほどで準備を完了すると、咲と一緒に新しくできたカフェに向かい始めた。
地下鉄を何本か乗り継ぎ、そこから2分ほど歩いてついたカフェは11時22分だというのに、満員だった。別の場所に移しても良かったが、咲が珍しく要望を出したことに関心をして、10ほど俺たちは待ち続けた。
「そういえば、久々だよな……」
「そうだね、一緒に出掛けることは沢山あるけど……」
「ああ、そっちじゃなくて咲が意見をいう事。昔から、ずっと誰かに流されて生きてきたからさ。こういう事は珍しくて」
「そう……だね……」
陽介は気づいていなかった。いや、気づくきすら彼にはなかったというほうが自然なのかもしれない。
周りにいるのは女子高生から女子大生ぐらいのグループと大学生のカップルしかこの店には居なかった。けれど、そんな様子に彼が気づくことは無かった。
無神経と言ってしまえば、それで終わる。けれど、咲はそんな余裕のある態度の陽介に惹かれていった。だが、その態度は本当に武内陽介の内面なのかと本人に聞くことは出会ってから15年間、一度もできなかった。
俺はアイスティーを頼み、咲は特性ロイヤルココアを頼んだ。
値段は他のお店の倍ほどあったが、咲はすぐに頼んだ。彼女にとっては陽介と一緒にいることが幸せだった。けれど、この場所は少し違った。
たった一つの例外を除いて一緒にいる異性は好きな人だけだ。周りで話している内容は楽しかった思い出や、これからどこへ行きたいかなど、春の陽気を誘うような話題だった。
けれど、そんな話は陽介にはできなかった。
話した内容はテストについて、そして咲の切り出した夏休みの旅行についてだった。
テストで共通の部分は教え合ったりして何とか落単を逃れたり、レポートについてだったりだった。最後の旅行の話でも、曖昧に返事を反らされ、回答らしい回答はなかった。
時間も少し過ぎ始めたので、カフェにいることは叶わず、店員さんにお金を払うと、速やかに店を出た。その後、学校に向かう電車に乗り、三限目の授業に向かうことになった。