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一話

 いつからだろうか、僕は何かを探し続けている。


 探しているものは分からない。人かもしれないし、物かもしれない。


 けれど、僕はずっと何かを探さなければいけない。そんな義務感だけがいつも僕の心に残っていた。





「なあ陽介、おーい」


 隣から俺を呼ぶ声がする。ずっと何かを考えていた僕は気づかなかった。


「悪い、で何だった?」


「だから、夏休みの旅行だって!」


 俺の名前は武内陽介(たけうちようすけ)。武士の武に内側の内で武内、太陽の陽に紹介の介で陽介。今は、大学三年生でいつも一緒にいるメンバーと大学内のフードコートで話をしている。俺は話している途中に気を失っていたのだろうか、それとも眠かっただけだろうか、すごく曖昧だ。


「悪い悪い。そうだった」


「ほんとにわかってんだよなァ!」


 目の前の青年が少し強めに怒って俺の顔を指刺す。原因は俺にあるとはいえ、ここまで怒るのかと思ってしまう。


「だから悪いって言って……」


 こいつの名前は青木陸(あおきりく)、青い木で青木で、陸上の陸。すごく覚えやすい名前をしている。大学に入ってから茶色に髪の毛を染め、耳にピアスの穴をいくつか開けている。田舎出身の俺たちからすれば、最初は頭がおかしいんじゃないか、と思ってしまうほど外見がおかしく見えた。けど、実際のところは繊細なやつでこの時期はから就職活動支援センターに何度も通っているのを見る。


「これで何回目だよ。ほんとに……咲ちゃんも何か言ってあげてよ」


「えっ、私!?」


 驚いた表情をした眼鏡の女性が俺の方をを見る。


 名前は川上咲、川の上で川上、花が咲くの咲で(さき)。大学生には珍しく、三つ編みをしていてイモっぽさが抜けない。それは、仕方のないことなのかもしれない。


 彼女と俺は小学校からの付き合いで高校まで田舎の高校だった。そのため、東京にある英鋭大学(えいえいだいがく)には三年生になっても未だに俺たちはたまに方言が出てしまう。


「行くなら、落ち着いた場所がいいかな。去年みたいに富士山を登って朝日とかはさすがに……」


「いわれてるぞ」


 俺が陸に追撃をした。去年は登山をさせられ散々だった。高くない山ならば良かったが、いきなり日本最高の山に挑戦する羽目になった。俺も咲も悲惨な目にあった。


「分かったよ。で、陽介はどこがいいんだ?」


「ん、俺か……そうだな、伊勢神宮とかは?」


 不意に思いついたのはこれだった。特別行きたいという訳はなかったが、何となく行ってみたかった。


「またか……」


「なんだよ、文句あんのか?」


「いいや、別に好みがどうこうじゃなくて……陽介はやたらと神社に行きたいよな」


「そうなのか?」


 徐に視線を咲の方に向けると大きくうなずいていた。


「そうなのか……」


 咲が言ったことで俺は納得してしまった。客観的に見れば、神社に行きたがる人間は珍しい。そういう学部の人間か趣味で行く人間以外は、正月とお盆以外そうそう行きたがらない。


 俺は別に神社が好きという事ではない。ずっと探しているもの、それが何となくだが神社に関するものだという直感だけで言っている。


 そもそも、俺が探しているものはあるかも分からない。夢事と言われたこともある。だが、僕には何かを受信するような感覚が起きている間はよくある。


 この感覚は物心ついたころからある。親や先生に相談したとしても何もわからず、今もずっとその感覚がある。


「まあいいか……じゃあ、俺授業だから行くわ」


「そうか、じゃあな」


「私も陽介と同じ授業だから行くね、バイバイ青木君」


「じゃあな」


 陸と別れると、ゆっくりと講義のある教室へ向かった。


「ねえ、そのミサンガだいぶ色落ちたね」


「ああこれか……そうだな」


 ずっと今まで身に着けている。小学生のころはずっと赤色だったが、次第に脱色し始め、今は完全に白色に近くなっている。


「それって、誰かにもらったの?」


「うん、たぶんそうだと思う……」


 俺は幼少期のあんまり記憶がない。このミサンガをもらった人の名前も顔も思い出せない。覚えているのは赤と白色の服。それと同世代の女の子だったような記憶。


 それ以外は祖父と出かけていた。そして、一日俺は行方不明になって、一週間後ぐらいに発見された。そのことだけは何回も聞かされた記録。


 それ以降、両親は過保護になり、都会の大学に行くことさえ大反対された。けれど、幼馴染の咲と一緒のマンションで過ごすことで了承してもらった。


 一緒に出かけた祖父もその年の一年後に認知症になり、数年前に他界してしまったため、具体的なことは何一つ思い出すことができない。


 行方不明の間の記憶は完全にない。けれど、その辺りからは鮮明に記憶がある。けれど、その辺りから視力が低下して今は眼鏡をかけている。当時はまるで、それまでの記憶を抜き取られているような感覚だった。


 けれど、そんなことは特別気にすることではない。幼少期のことを思い出せないくらいで日常生活に困ることは無い。

けれ

 困ることがあるとすれば、ずっと何かを探している違和感だけだ。


「陽ちゃんは彼女作らないの?」


「今までほしいと思ったことは無いかな。それに……」


 今まで一度だけ、高校の後輩と一週間だけ付き合ったことがあった。けれど、何一つ変わらなかった。一緒に出掛けて、一緒に遊んだ。それだけだった。


 だから意味がなかった。付き合うという関係。彼女、彼氏という関係。それが意味がなかった。何も変わらず、何も感じなかった。


 今も感じるこの感覚のほうが何倍も強く、そっちのことを気にしてしまったことが当時の彼女の逆鱗に触れた。


 そして、


 デート中なのに私以外のことを考えないで!


 と、頬をはたかれた。頬はひりひりとして痛かった。それだけで、振られたということに悲しみを感じなかった。


 俺は一体何を探しているのだろう。


 そんなことを考えているとチャイムが鳴り、授業が始まった。


 授業であってもずっと探す感覚が残る。束縛されるというよりは監視されているような、けれどそれはストーカー見たい自分勝手ではなく、暖かく見守っているような感覚。


 お風呂に入っても、テストでもずっと感じる。


 けれど、この感覚を嫌ったことは一度もない。中学生に入ってからは心地いい感覚になっている。むしろこの感覚があるおかげで、テストでも緊張をしない。けれど、その代償として何も集中しきれない。


 そのことが原因か、何も熱中しなかった。野球、サッカー、テニス、スポーツはできる限り手を付けた。けれど、どこかを境にやめてしまった。


 いつもどこか上の空。陸にも良く言われている。この感覚がなくなれば集中することができるのかもしれない。けれど、そんなことは机上の空論だ。


 集中することはなく、授業は終わった。集中できないといっても俺は単位を落としたことがない。ただ、成績は特別良いというわけではなく、最低点を少し超える程度の判定ばかりを取っている。


 けれど、大学ではこれでいい。今まですべて単位を取っているため、四年生は大学に来なくていいほど単位を取っている。


「就活、どうするかな」


 少しは不安だった。


 授業が終わり、咲と一緒にマンションに帰ろうとすると、呟いていた。大学からマンションまでは地下鉄まで歩き、そこから三駅待てばすぐのところにある。立地は素晴らしく、近くにスーパーも存在する。これ以上ないほどの立地と住んだからこそ分かる。


 帰りの途中に咲の買い物を手伝わされ、十キロの米を担いで帰ることになったが、それでも咲には感謝をしている。


 日ごろから、俺が怠惰にならないように土日だろうが顔を出してもらい料理をしてもらっている。実質的に親の代わりをしてもらっている。

 

 さすがに同世代の子に洗濯をやらせるのは嫌で、掃除と洗濯はちゃんとやっている。やらないと、咲がやりそうで怖い。


 一度咲の部屋に入り、冷蔵庫に買ってきたものを詰め込み、最後にお米を米櫃(こめびつ)に入れた。さすが二年以上続けているので、テキパキと作業をした。一年生のころはお米をこぼしたりしたが、今はもうしない。


「なあ、就活どうする?」


 俺は咲に聞いてみた。純粋に咲がどの業種に行きたいのかが気になった。


「特に決めてないよ、特別したい仕事もないし、一般職にするかも決めないといけないし……」


 一般職と総合職、女性にはその二つの働き方がある。前者は基本的に後者のサポートをする仕事で、大半が女性だ。後者は誰もが思い浮かべる職種のことを指す。サラリーマン、建築家などいろいろだ。女性の場合そのどちらかの選択から始まる。


「そっか、そうだよな……すぐに決まらないよな」


 運命の出会い。そんなものがない限り、すぐに業種を決めろ、就職先を決めろなんてできない。


就職活動も、いずれ内定を勝ち取らなければいけない。短期間で、自分を企業に売り込まなければいけない。けれど、自分の良さなんてあんまり分からない。


 曖昧に考えていても時間は過ぎる。その不安感がとても怖い。自分がやっていないが、未知の相手は行っていると考えてしまう。


 そんな理想的な人間はごく少数だ。いたとしても、就職活動で一緒の企業を受ける可能性も決して高くはない。


 仕事は生きるためにしなければいけない。お金のために働かなければいけない。それをこの一年間で決めなければいけない。


「みんな不安だよな」


 いつも冷静で落ち着いている咲も、気さくな陸もみんな不安なのだ。


 今から40年間働く企業を探さなければいけない。この短期間で人生の半分が決まる。


 それなのに俺は不安というものを感じていなかった。


 いつもどこか上の空であるからか、緊張というもの、不安というものに縁がない。そういうものを感じない体質なのかもしれない。


 どんなものにも客観的にしか接することができないため、深く物事に入り込むことができなかった。


 それが俺、武内陽介だ。


 


 

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