G 土曜日の夕まぐれ
G 土曜日の夕まぐれ
七月十九日、晴。二人で夏祭りへ出かけた。
*
「へい、らっしゃい」
ペイズリー柄のバンダナを頭に巻き、正面にリアルなライオンが描かれたティーシャツを着た安倍が、起し金で鉄板の上の焼きそばを混ぜつつ、甚平姿の池田に威勢よく言うと、池田は呆れ半分に言う。
「やっぱり、ここに居たか」
「焼きそばと、焼きそばと、焼きそばがあるよ」
「全部、一緒じゃないか。二つくれ」
池田がピースサインをすると、安倍は具材にソースをかけながら言う。
「そこからセルフで取って」
安倍は起し金で、プラスチックケースに入れて台の端に積んである焼きそばを指し示す。
「焼き立てをくれ。横着するな」
「贅沢なお客さんだねぇ、若旦那」
プラスチックケースを手前に二つ並べて置き、起し金を使い、鉄板で湯気を立てている焼きそばをその中に入れる。そして、隅に紅生姜を入れたあと、ケースを二つ折りにし、輪ゴムで蓋をする。
「これを食べたあと『うなじにゴミがついてるよ』なんて言いながら、ソース味のキスをするんだろう?」
安倍が八重歯を見せながら、からかうような調子で言うと、池田は袂から財布を取り出しながら言い返す。
「誰が、そんなベタな手を使うか」
「五百万円、ちょうだいします」
安倍は陽気に言いながら、片手にプラスチックケースを二つ持って渡し、もう片方の手は掌を上にして差し出す。
「待て。一つ三百円だろう? 算数も出来なくなったのか?」
「失礼だね。友情割さ」
「俺と晴海のか?」
「違う、違う。私と小夜子のだ」
「あぁ、そう。――はい、五百万円」
池田は、安倍の掌の上に五百円玉を一枚乗せ、財布を袂にしまいつつ、プラスチックケースを受け取ると、これで用が済んだとばかりに、そそくさと立ち去る。
「毎度あり~」
安倍は、人ごみに消えていく池田の後ろ姿を見ながら、小さくガッツポーズをした。
*
「ごめんね、待たせて」
池田は、下駄をカラコロ鳴らしながら、七宝模様の浴衣に露芝の夏帯を締めた小夜子に駆け寄りながら息を弾ませて言う。小夜子は、足音と声に気付き、石段から腰を上げながら言う。
「ううん、気にしないで。私のほうこそ、一人で買いに行かせちゃって。いくらだった?」
小夜子は、帯の間からがま口を取り出そうとするが、池田はそれを片手で制する。
「いいよ。俺のおごりで」
「えっ、でも」
「いいから。おごらせて」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
小夜子は戸惑いを浮かべつつ、がま口を帯の間に戻す。
「花火まで、まだ時間があるな」
池田が、スポーツウォッチを見ながら言うと、小夜子は、茜色の空を見上げながら言う。
「そうね。七時からだもんね。まだ明るい」
「暗くなるまで、ちょっと神社の周りを歩こうか?」
池田は、甚平の裾で乱暴に手汗を拭ってから、小夜子に片手を差し出して言う。
――わぁ。男の子と手を繋ぐなんて、幼稚園以来じゃないかな。
「えぇ。そうしましょう」
小夜子が控えめに片手を差し出すと、池田はその手をしっかり握り、そのまま並んで歩いていく。二人の背後にある茂みでは、翌朝に神主が、兎の毛と鶏の羽が散らばっているのを発見したとか、しなかったとか。