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よん

「分かった、俺が聞き込みしてきてやる。

 だからアンタはその雌豹女と一緒にどっかで待ってろ」


 柴が深々と溜息をつきながらそう言ったのは、僕が道行く人に声をかけては怖がられて逃げられる、ということを数回繰り返した後だった。


「もうしょうがねぇよ。アンタが凶悪なツラしてんのはアンタのせいじゃねぇし、あーなんだ、あんま気にすんな」


「うう、優しさがつらい」


 まるっきり役に立てていない自分にがっくりと落とした僕の肩をポンと叩いてから、柴は路地裏のほうに消えていった。


 その背中を見送った後、気分を切り替えるためにぱしりと頬を叩く。

 いつまでも落ち込んでいてもしょうがない。聞き込みは柴に任せるとして、自分でも出来そうなことを探そう。


「とりあえず……ちょっと街を見て回ってみよう」


「あいわかった」


 街外れの外れの圏外ギリギリにある領主屋敷や、由緒正しき街外れにあるくまねこベーカリーと違い、見るからに活気に溢れる街中をゆっくりと歩き出した。

 変わった様子はないかと周囲に視線を巡らせるが、いたって平和な昼下がりである。何かあるといえば、たまに僕と目が合った通行人がすごいスピードで顔をそらすくらいだ。ちょっと視界が滲む。


「こちらのほうまで訪れるのは久しぶりじゃなぁ」


「最近、くまねこベーカリーの近所にあるスーパーしか行ってないもんね……」


「あの商店は野菜が安いのでな! よいことじゃ!」


 この二ヶ月の間、しなくてもいい苦労ばかりさせているはずだが、ルイーゼや柴のこうした豪快さや前向きさには救われるばかりだ。


「ふむ、あのようなところに甘味処などあったかの」


「先月出来たばかりのお店だね。出店許可の書類、見た記憶があるよ」


「む? あの角にあった八百屋が無くなっておるな」


「そこの八百屋さんは通りの向こうに行ったみたい。移転届が出てた」


「ふむ。……ふむ」


 ひとつ頷いたルイーゼが、まじまじとこちらを見つめてくる。


「……どうかした?」


「いや、さすがジャックじゃと思うてな!」


 ご満悦、といった表情で笑ったルイーゼに首を傾げていると、ふいに肩に軽い衝撃を感じた。

 人にぶつかったらしいと察して、謝ろうと足を止める。


「あの、すみませ……」


「オラどこに目ぇつけてんだアァ!?」


 のどかな昼下がりの街に、響き渡った荒々しい声。

 振り返った先には、いかにもガラの悪そうな三人の若者がいた。


 僕が思わず頬を引きつらせたのと時を同じくして、こちらの姿を視認した彼らがびくりと肩を震わせる。

 そして仲間内で顔を見合わせると、僕をちらちらと伺いながら、声を潜めて相談を始める。


「バッカお前、相手見てから喧嘩売れよ……! どう見てもその筋の方じゃねぇか……!」


「い、いつもの調子でやっちまったけど……ど、どうする?」


「あれ絶対ただもんじゃねぇぞ……見ろあのツラ」


 顔は関係ないじゃないか。

 メンタルに突き刺さる反応に僕が遠い目で立ち尽くしている間にも、彼らの想像はヒートアップしていく。


「そ、そういえば、こんな話聞いたことあるぜ。

 どっかにすげぇ戦闘狂ぞろいの領主一家がいて、ヤツらは戦う事が好きなあまり、最終的に地位を捨ててみんな武者修行の旅に出たってよ。

 そんで今も戦う相手を求めて、世界各地を渡り歩いているとか……」


「言われてみりゃ、なんかメイドつれてるしあのツラだ……あいつがまさか……」


「勝ち目無いじゃねぇか……あんな凶悪なツラの奴とやりたくねぇよ、こえぇよ、どうすんだよ……」


 彼らの間にどんどん絶望的な空気が満ちていくのが分かったが、僕も違う意味で絶望しそうだった。いい加減泣いていいだろうか。


「だが、一回売った喧嘩を引っ込めちゃチンピラの名折れだぞ」


「とにかく殴り合いはダメだ。なんか他の事で……」


 彼らはさらに声を潜め、ひそひそと話し合った末、何やら妥協点を見いだした様子で勇ましくこちらに向き直った。


「ヨーシおいテメっ……そこの方! 俺たちとちょっとしたゲームで勝負しろ! してください!!」


 何か微妙に恐縮されている。


 さっき相談している隙に逃げればよかったのだと今になって思い至ったが、つい結論まで見守ってしまった。

 無言で彼らを見据えていたルイーゼが、ちらりと僕を見る。


「どうするのじゃ、ジャック」


「うーん……ちょっと怖いけど、行ってみようかなぁ……」


 暴力に訴えるつもりはないようだし、哀しいことに怯えられているし、この分だとついて行ってもさほど酷いことにはならないだろう。それなら情報収集に挑んでみるのもいいかもしれない。

 蛇の道は蛇ではないけれど、彼らの行動範囲のほうがそういう情報に出会える確率は高そうだ。


「うむ、ならば行こうぞ。ほれ貴様ら! はよう案内せい!」


「上等だコラァこちらですどうぞぉ!!」


「俺らに喧嘩売ったこと後悔させてやっかんなぁご足労願いますオラァ!!」


 チンピラの皆さんに気を使わせてしまっている。

 非常に申し訳なく思いつつも、僕達はそのまま丁重にエスコートされて、街の奥へと向かっていった。


 *


 そうして辿り着いたのは、さびれた路地裏の一角。

 外からは大きめの倉庫にしか見えない建物の分厚い扉の向こうには、むせかえるような熱狂が広がっていた。


「……賭博場?」


 中にはいくつものテーブルが設けられ、そこで柄の悪そうな男達がギャンブルを繰り広げている。


「ふむ。この賭場、許可は取っておるのか?」


「バッカ取ってるわけねぇだろ! ……です!!」


 書類上のこの場所は、外観そのままに倉庫と申請されていたはずだ。

 自分はそれ以外の許可を出した覚えはないし、父の頃にもそんな記録はなかったから、ここは違法賭場というやつなのだろう。


 やっぱり実際に来てみないと分からない事があるんだな、と思いながらも、物珍しさにきょろきょろと辺りを見回す。

 途中で強面の男性と目が合って、青い顔でそらされた。なんで。人相の悪さではそんなに変わらないじゃないか。


「では奥へどうぞだコラァ!!」


「酒瓶とかゴロゴロしてっから足元にお気を付けくださいってんだオラァ!」


「……お気遣いありがとうございます」


 通されたのは、倉庫の一番奥にある衝立ついたてで隔離されたスペースだ。そこだけ何故かタタミが敷いてあり、靴を脱いで座れるようになっていた。

 彼らが流れるような動きで設置してくれたザブトンに、ルイーゼと並んで座る。

 すると僕達の正面に移動して同じように腰を下ろした彼らは、緊張しきった面持ちで、一揃いのカードを双方の間に置いた。


「こいつで勝負だ、です!! 覚悟しろよアァン!?」


「ええと、ポーカー、とか?」


「はぁん!? カードで男の勝負っつったら一個しかねぇだろオラァ!! です!」


 ポーカーが一番それらしいと思ったのだが違うらしい。

 じゃあブラックジャックか、ハイ&ローか、それとも、


「神経衰弱に決まってんだろコラァ!! ます!」


「………………神経衰弱!!!?」


「神経衰弱だオラァ!! です! ます!」


 予想外にも程があった。


 いや、もしかすると僕が知らないだけで、これが世間一般の男同士の常識なんだろうか。そんなまさか。

 果てしない動揺に見舞われている間にも、裏返しにされたカードが着々とタタミの上に並べられていく。


「ッシャア勝負だァ! よろしくお願いしますオラァ!!」


「うん……あの、君たち本当のところ普通に礼儀正しいんじゃないかな……あんまりチンピラ向いてないような……」


「先行はお譲りすんぞコラァ!」


「あ、うん、どうも……」


 神経衰弱は先行が不利だからこちらに回したのかと思ったが、彼らの様子を見るに、言葉通り譲ってくれたつもりのようだった。

 せっかくの気遣いを無下にするのも申し訳ない。そのまま先手を頂くことにして、僕は最初のカードに手を伸ばした。

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