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じゅうご

「おう……おうおうおう! ここで会ったが百年目だ極悪イカサマ野郎!! 昼間の借りぃ返させて貰うぜ!!」


「アニキ落ち着いて! 相手は凶悪戦闘マシーンですよ!!」


 風評被害もいいところである。

 すごい形相で鉄格子をガシャガシャと揺する大男と、その周りで慌てるチンピラ三人組に、元コックの彼が怯えつつも目を丸くした。


「お、おんや、お知り合いでしたか?」


「昼の水浸し騒動あっただろうが! ありゃコイツの仕業だ!!」


 濡れ衣のようなそうじゃないような。

 しかし明後日のほうを見ながら口笛を吹いている鳶を横目に、僕は先ほど抱いた疑問を確信に変える。


「そ、そうでやんしたか、あっしはそん時、地下のほうにいたもんで……」


 やはり彼は、僕とルイーゼが昼間ここへ来たことを知らない。ルイーゼが僕と一緒にいたことを知らないのだ。さっきの口ぶりからしても、今の領主屋敷には誰ひとり残っていないと思っているようだった。

 まぁ蜘蛛の子を散らすようだった当時の有り様を見ていれば、残留を選んだ使用人などいないと思ったのも無理はない。


 つまり彼の計画は、屋敷に残ってくれた彼らのことをまったく計算に入れていないのだ。

 それならば、と思考を巡らせようとしたところで、大男と何か話していた彼が驚愕の表情を浮かべてこちらを見た。


「あんた、双六で勝ったんでやんすか!? そりゃあイカサマに決まってやすね! でなきゃ、あっしが全財産突っ込んでも勝てなかったこのお方に勝てるわけがねぇ!!」


「むしろ勝てなかったんですか!?」


 今まで考えていたことが全部吹き飛ぶ衝撃だった。

 確か元締め達のイカサマにあって負け続けたと言っていたけど。あの大男たちが元締めのようだけど。あれ待ってそういえば昼間、双六に負けて身ぐるみはがされた人がいた云々って言ってたけど。


「あの……その人達イカサマとか出来ないと思うんですけど、本っ当に負けたんですか? 真剣に?」


「当たり前でやしょう! あんなに強きゃぁ勝てるわけがねぇ! それが何で!?」


「ギャンブル止めましょう向いてないです絶対!!!」


 本気で洒落にならない事態になる前に足を洗ったほうがいいと思った。出来れば大男のほうも。


「は!? イカサマとはいえ自分は勝ったからってバカにしてるんでやんすか!」


 イカサマではないし心からの助言だったのだが、元コックの彼はとても立腹した様子で、僕を指さしながら大男のほうを顧みた。


「ちょっとお灸すえてやってくだせぇアニキ! このお坊ちゃんに立場ってもんを分からして、」


「オケラよぉ……」


 喋っている途中の彼の頭に、大男の手が置かれる。

 一瞬の沈黙の後、その指先にグッと力が込められたのが遠目にも分かった。


「おうおう何偉そうに指図してんだぁ!? つうかお前なんぞにアニキなんて呼ばれる筋合いもねぇんだよこのオケラ野郎が!!!」


「すいやせん調子乗りましぃあだだだ!!!」


「ところで随分油売ってやがったが、賭場の掃除はちゃんと終わらしてきたんだろうなぁ!?」


「あ」


 終わっていなかったらしい。もしかして給湯室で会ったときがその掃除に向かう途中だったんだろうか。

 大男は頭を掴んでいた手を放すと、今度は彼の襟首を掴んで、身をひるがえした。


「あのイカサマ野郎にゃもちろん借りを返すが、まずはテメェだ! とっとと掃除して来い!」


「えっいやっでも今は」


「うるせぇサボりやがって! 利子増やされてぇのか!!」


 その言葉に「ご勘弁をぉ」と悲鳴を上げた彼をずるずると引きずりながら、大男はそのまま部屋を出ていく。

 開けっ放しにされた扉の向こうから響く悲鳴の余韻が聞こえなくなったところで、室内に残された僕達はお互いの顔を見合わせた。


「あー。んじゃまたね、にーちゃん!」


 真っ先に動いたのは鳶で、彼は元気に手を振りながら部屋を出ていった。


 それに続いてひっそり出て行こうとしていたチンピラ三人組に、僕は「あの」と声を掛ける。

 すると彼らは恐竜に出くわした小動物のような顔で、震えながらこちらを振り向いた。


「な、なんあなな、なんじぇ、なん、なんでございましょうかァアン!!?」


 そこまで怯えられるとさすがに泣きそうだし彼らのことも気の毒になってきたが、状況が状況なので心をひとつまみほど鬼にして、しかし出来るかぎり柔らかい声色で三人組に話しかけた。


「すみません、ここから出してもらえたりは……」


「で、出来ませんオラァ! アニキに聞いてみねぇと!!」


 ですよね、と苦笑する。そして聞いたところで昼間の件であれだけ怒っていた大男が頷くとは思えなかった。


「じゃ、じゃあ、俺らはこれで」


「あ、もうひとついいですか?」


「ひぃ!? ななん、なんなりと、どうぞですってんだコラァ!?」


「貴方たちは彼が……えーと、オケラさんがやっている事は知ってるんですか?」


「ざ、雑用以外でですか?」


「はい」


 今までの様子から共犯ではないにしても、知っていて目を瞑っているくらいはあるかと思ったのだが、彼らは心底困惑したように視線を交わし合っている。どうやら本当に詐欺には関わっていないらしい。

 じゃあ大男の怒りは完全に昼間の件に関してだけなのか。それはそれで逆に怖いような。


「あ、あのオケラ野郎が何やってんだか知らねぇが、俺らは金さえ返してもらえりゃそれでいいんだよ……です、オラァ!」


「テメ……貴方様を連れてきたのはオケラ野郎だからなアァン! 俺らが世話してやる義理はねぇってわけだ、でございます!」


「お食事とかはオケラ野郎に運ばせますんでご安心くださいコラァ! それ以外に何かご用の際はそちらの内線でご連絡下さいだコルァ!!」


 内線。言われて牢屋の中に視線を巡らせると、奥の壁に固定電話がひとつ付いているのが見えた。

 連絡手段あるんだ……と何とも言えない気分になるが、まぁ、ここはあくまで揉め事を起こした“客”の隔離用ということなのだろう。


「なるほど、分かりました。引き留めてしまってすみません」


 話している間もジリジリと後退していた彼らは、僕がそう告げると一目散に部屋を飛び出していった。


「あーやっべぇコエェまじおっかねぇよオラァァ!」


「オイ声押さえろよ鉄格子ねじ切って出てきたらどうすんだコラァ!」


「と、ところであの部屋なんか臭くなかったか?」


「知らねぇよ! どうせオケラ野郎がまたバケツの水でもぶちまけたんだろ!!」


 通路から響いてくる声がそこまで届いたところで、部屋の扉はぱたりとその口を閉ざした。

 静寂に包まれた牢屋の中、僕はようやく肩の力を抜いて、深々と息を吐く。


「すごい、なんか、目まぐるしかった……」


 頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながら、とにかく落ち着こうとその場に腰を下ろした。

 そして改めて今の状況を整理する。


 現在地は、賭博場の地下にある牢屋の中。

 牢屋の中には、毛布等いくつかの生活用品が置いてあるが、役に立ちそうなものは何もない。

 荷物も没収されていないけれど、どのみち“現状”を切り抜けるために使えそうなものは一つも入っていなかった。


「オケラさんの話からすると、命の心配はしなくて良さそうだけど」


 その間に詐欺被害が広がってしまうのは困るし、鳶にもこれ以上あんな仕事をさせたくはない。

 いや、ルイーゼ達の存在が計算に入っていない段階で、彼の計画は遅かれ早かれ失敗することが決まっているわけだが、だからといってこのまま牢屋でボケッとしているわけにはいかないだろう。共犯でないなら大男の動きが読めないから、身の安全も絶対とは言い切れないし。


「うん……とにかく、ここから出ないと」


 毒草が生えてくるかもと知っていて、それでも自分で蒔いた種だ。ちゃんと刈り取る努力をしなくては。

 しかし戦う力どころか運動神経さえ十分でない自分に何が出来るだろうかと考えて、僕はちらりと内線電話を見た。


「……いやいや、それはさすがに……ねぇ?」


 脳裏をよぎった作戦に、いくらなんでも無理だろうと我ながら苦笑する。


「…………」


 そんな子供だましな。でも。しかし。もしかして。彼らなら。

 その場で十秒ほど葛藤して、内線電話の前に移動してまた五秒くらい悩んだ末、僕はそろりと受話器を手に取った。

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