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じゅういち

「もうさー、帰っちゃおうかと思ったよねー」


「ごめんごめん」


 月明りに照らされた夜道を歩きながら、僕は苦笑を浮かべて、頬を膨らませる鳶に幾度目かの謝罪を返した。

 書斎の扉や椅子の修理をニシキさんに任せ、その手伝いをルイーゼに託して、僕は肩掛けの鞄ひとつ持って鳶と街へ向かっていた。鞄の中には、自警団で証拠として見せるために持ってきた通達書もどき等が入っている。


「空気読んで隅っこで大人しくしてたら椅子ぶっ飛んでくるしさー。昼間だってメイドの人に木箱投げられるし、何なのあの人達! 顔怖くないのに怖すぎでしょ!」


 どちらも間接的に僕のせいと言えなくもないので、若干いたたまれない気持ちで目をそらした。特に昼間の件に関しては、途中から指示を出していたのは僕である。ごめん。


 鳶はしばらくぷりぷりと怒りながら歩いていたが、そのうちふと静かになって、表情を曇らせた。


「ねぇ……詐欺ってさ、どんな罰うけるの?」


 突然の問いに僕はぱちりと目を瞬かせて、そうだなぁ、と首をかしげる。


 領内で起きた犯罪の裁き方は、各領地の特色や、領主の考えによって様々だ。“犯罪”の定義さえ違うときもある。

 そんな中で「平和ボケのお人好しバカが多い」と柴に評された我が領地で起こる問題は、基本的に領民同士の話し合いで解決できるようなものばかりだ。領主が口を挟むことはほとんどない。

 ついでに言うと今向かっている自警団も、半ば有志によるボランティアみたいなものである。


「被害にあった人達の意向とか、被害額とかにもよると思うけど、……鳶?」


 隣を歩いていたはずの鳶が、いつの間にか足を止めていた。


 僕も数歩先で立ち止まって振り返ると、そこには何だか思いつめた表情で地面を睨んでいる鳶の姿があった。

 どうかしたのかと問いかけるより先に、彼は意を決したように口を開く。


「あのさ。シスターや孤児院のみんなには迷惑かけたくないんだ。依頼人のことはやっぱり話せないけど、でも、自警団には行くから、だから」


「え、鳶も一緒に来るの? もう遅いし今日は帰ったほうがいいと思うけど」


「…………はぁ?」


「ん?」


 裏返った声を上げた鳶が、豆鉄砲をくらったみたいな顔で僕を見た。


「ちょっと待って? 今から自警団に行くんだよね?」


「うん行くよ。鳶のこと送ってった後で」


「送ってくってどこへ!? 自警団の牢屋じゃなくて!!?」


「こ、孤児院、だけど」


 夕飯の後に何だかんだあって結構遅い時間になってしまったし、町外れの外れにある領主屋敷から一人で帰すのもどうかと思ったので、鳶を孤児院まで送ってから自警団へ行くつもりだったのだが、何かまずかっただろうか。


「あー! どうりで変なものカバンに詰めてると思ったぁ!!」


「……変なものってコレ?」


 僕は鞄の中から、昼間に貰ったアヒルのオモチャを取り出してみせる。


「ちゃんとお礼言えてなかったから、もしあの子に会えたらありがとうって伝えようと思って、現物持ってきたんだけど」


「そりゃどーもアイツも喜ぶよ!!!」


 もう自分が何を言ってるのかも微妙に分かっていない様子で、つかつかと歩み寄ってきた鳶が、八つ当たりのように僕の手からアヒルのオモチャを奪い取った。

 その衝撃で、ぷっきゅぅう~と間の抜けた音がアヒルから響き渡る。


「…………」


「…………」


 きゅぅう~きゅぅう~、と周囲に反響したその音が途切れた瞬間、鳶が脱力したようにがくりと肩を落とした。


「オイラさぁ……けっこう色々覚悟してさぁ……なのにさぁ、何なのコレ……」


「ご、ごめんね」


「にーちゃん、よく分かってないのに謝ってるでしょ」


「ゴメン」


「……ねぇ、オイラなんか罰とか無いわけ? 本気でこのまま帰すつもりなの?」


 そこまで言われて僕にもようやく、鳶が何の心配していたのかが分かった。

 僕としては参考人聴取くらいの気持ちだったのだが、あの勢いで捕獲されて領主屋敷まで連行されたら、確かにそう思うかと苦笑する。


「今回のことは僕の管理不足が原因だから」


 あの落書きみたいな文章だけなら、きっと誰も騙されなかったはずだ。そこに印が押されていたからこそ、被害者は領主からの通達だと信じてお金を渡してしまったのだろう。

 ならばそれは旧印の存在をしっかり把握して管理していなかった僕の責任だ。


「でも、今後はなるべく変な依頼を受けないように気を付けること! 頑張るのはいいけど、シスターさんにあまり心配かけないようにね」


「にーちゃん、さっき似たような話であの人らに怒られてたじゃん……説得力ないんだけど」


「さっき怒られたからこそだよ。ちゃんと反面教師にしてもらわなきゃ」


 シスターも、ルイーゼのように頼ってもらえないことを寂しく思っているのかもしれない。

 大切なひと達に苦労をかけたくないという気持ちはよく分かるが、大切であればこそ、たまにはお互いの苦労を分かち合うことも必要なのかもしれない。

 先ほど思い知ったばかりのそんな気持ちを込めて笑うと、鳶はぐっと眉間にしわを寄せた。


「……オイラだってさ、あのへったくそな通達書の段階で怪しいとは思ったよ。だからこそ昼間逃げたんだし。

 でも今までどんな小さな仕事でも引き受けてきた。それでずっと頑張ってきて、やっと常連さんが増えてきたんだ」


 断るワケいかないでしょ、と沈んだ声で呟く。

 今まで強がってはいたけれど、結果として詐欺の片棒を担いでしまったことを、ずっと気にしていたのかもしれない。


「その常連さんが鳶に仕事を頼むのは、何でも引き受けてくれるからってだけじゃないと思うけどな」


「だけ、じゃない?」


 しゅんとしていた鳶が、不思議そうに僕を見上げる。


「鳶が元気いっぱい走り回って、表情くるくる変えて話してるのを見てるとさ、こっちの気持ちも明るくなってくるっていうか」


 今日一日色んなことがあって大変だったけど、鳶と話している時間は、何だかんだで楽しかった。


「だから、そんな鳶に会いたくて依頼してる人も多いんじゃないかな。君のお客さんはいつもなんて言ってる?」


 もちろん仕事ぶりも評価されているからこそ常連がつくのだろうが、きっとそれだけではないだろう。

 皆はただ都合の良い“便利な運送屋”ではなく、“運送屋さんの鳶”だからこそ頼んでいるのだ。


 鳶は今までの依頼人のことを思い出しているのか、しばらく黙り込んだ後に、自分の髪をくしゃくしゃとかき回した。


「にーちゃん、ホント甘いよね」


「僕はワガママなだけだよ」


 みんなを信じたくて、みんなに笑顔でいてほしい。

“平和ボケのお人好しバカ”でも夢物語だと分かるそんな理想を、それでも願っていたい、ただの欲張りだ。


 苦笑した僕をちらりと見てまた俯いた鳶の手元から、ぷきゅう、と音がする。握り締められているアヒルは何とも奇妙な顔になっていた。


「にーちゃんはさ、その元コックの人にどうしても会いたいの?」


「うん? まぁ、そうだね。屋敷でも言ったけど、どんな事情であれ本人の口からちゃんと話を聞きたいんだ」


「…………あのさぁ、オイラすっごい鈍いんですよー」


 いきなり敬語で話し始めた鳶に目を丸くする。

 それに“鈍い”という、路地裏を駆け抜けていたときの身軽さや、会話の軽妙さからはとても結びつかない言葉に首をかしげていると、鳶は少々演技がかった様子で肩をすくめた。


「ですんでー、後ろからコッソリついてこられたりしても、なぁんにも気付かないんだよねー」


「え」


「ところでオイラ、今から依頼人のところにお仕事の報告に行くんで、送ってかなくていいですよ?」


 悪戯っ子みたいな顔で笑った鳶が、ついてこないでよね、と言ってぱちりと片目を瞑る。


「鳶、それって……!」


「ただし!! いくらにっぶーいオイラでも、二人も三人もついてこられちゃさすがに気付くからね! 一人が限界だかんね!」


「うん、うん!」


 それでも構わないと力強く頷いて返したところで、はたと気づく。鳶は今から行くと言った。


「屋敷に事情を説明しに帰る余裕とか、ある?」


「やー、オイラも急いでるからねぇ。そこまで時間かけてると見失っちゃうかもねー」


 そうだろうなぁ、とさほどの落胆も無く納得する。

 時間限定、人数限定で与えられたこのチャンスこそが、運送屋という仕事に独自のプライドを持つ鳶にとって、ぎりぎりの譲歩なのだ。

 ついでに言うと“後をつける”という建前上、目的地も教えては貰えないだろう。となると書き置きや伝言をしようにも、鳶と出掛けてきます的な軽い内容のものしか残せないわけだが、それでルイーゼが納得するとは思えない。


 さっきの今でさっそく心配をかけるのも何だし、どうにか行き先くらい伝えたいところだが。


「街には、行くんだよね?」


 それくらいなら教えても構わないと思ったのか、街には行くね、と僕の言葉を半ばオウム返しするようにして鳶が頷いた。


「じゃあその途中にあるパン屋さんに寄る時間はあるかな?」


「ま、そのくらいなら行けるんじゃん。オイラ足遅いからね!」


 かなり速い部類に入る柴やルイーゼが追いつけない足の持ち主が何を言うのか、というような言葉を口にして、鳶が胸を張る。その拍子に力が入ったのか、彼が持ったままのアヒルがまたぷきゅうと鳴いた。


 予想外の流れではあったけど、これで彼のところに行ける。まぁ会ったところで、和やかに会話が出来るとはさすがの僕も思っていないが。


「……行こう」


 緊張に震える息を深呼吸でごまかして、強く手を握りしめる。

 意気揚々と歩き始めた鳶の背中を追うように、僕もまた一歩を踏み出した。

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