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行方

作者: 仙原外輪

「僕らの自由はどこにある――」

 カズはそう問うた。

 それだけだった。それだけで彼はまた、山鳩の小屋を見つめた。

 クルルとのどをうならせているように見えた。本当にそうかは分からなかった。

 金網に(ほころ)びが在る。いや、抜け出せないならそれは金網として機能しているのであって、山鳩にとってその穴は綻びでなくなる。単に(ほつ)れているだけなのだ。そうだと僕は認識した。

 僕にとってカズはそういった綻びだった。それはちゃんと機能しているのに、何か足りないような気がする。カズはどこか、機能しなくなる時があるのではないかと思えた。

「なぁ、僕らの自由はどこにあるんだ」

 カズの眼には何も映っていない。手だけは金網を掴んでいた。

「自由なんてどこにもないよ」

 僕はそう答えた。答えたように思う。自信はない。それは考えて答えたのではないからだ。カズにはなんの答えにもなっていないように思えた。思い切り的外れなことを言っているように思えてならなかった。

「キミは、そう考えるのか」

 カズの視線はやがて床に落ちた。何も見ていない眼が水晶のように見えた。きっとそれは、返すほどの光量がなくて、網膜が機能していないのだと思う。

 それは綻びだ。

 水晶のような眼は動かなかった。動かずに、口だけは動いた。

「彼らは、自由だろうか」

 山鳩が闇の中で動いた。羽が空気をかき乱す。

「自由だとは思えないけど」

 僕はそう思った。金網に囚われて、自由だとはいえない気がした。

 カズは何も映らない水晶の眼を僕に向けた。

「キミはそう考えるのか」

 僕は何か、悲しい気持ちになる。

 考えてなんかいない。考えているのなら、こんな答えはしない。これは認識と事実によって生み出されたものだからだ。金網が機能している認識と、現実に山鳩が出て行かない事実。つまり、見た目に依拠する答えだ。考えていない。見た目どおりなのだから。

 転校生のカズは、梅雨の終わりという半端な時期に編入した。

 僕らの学校には、こういった編入生が多い。

 小さな漁村に建つ僕らの学校は、呼吸器に障害を持つ児童のために病院が併設されている。病院は大きく、小児医療に優れている。空気が良いので治りも早いのだという。

 けれどカズは、それとは少し違っている。

 カズにはもう、ほとんど命が残っていない。理由は様々だけど、この学校には時折、そういった生徒が編入してくる。うまくすれば治ることもあるけど、その例は一割以下でしかない。多くが一年に満たない学校生活を送り、去っていく。

 カズはその、九割に入る人間だった。

 夏が終わる頃にはいない、一夏だけの転校生。

 機能しているようで、機能していない。僕の中にある、小さな綻び。

「僕らは、自由だろうか」

 カズは問うた。いや、それは僕に向けられた問いではない。それは自分に向けた問いだと思った。カズはもう一度、僕を見た。水晶のような黒い瞳で。

 きっと死ぬのだろう。やがて逝くのだろう。

「僕らは小さな体に囚われている。僕らの心は繋がれている。鎖は体だ。枷は肉だ」

 カズはそのまま歩いて、小屋の外へ出た。僕は続く。明暗が入れ替わり、視力が無くなる。カズの眼は水晶から黒真珠へ変わった。透き通った黒だった。

「彼らは自由だ。彼らはいつでもここにいる。ここがどこだか解っている。心はここにある。体は見た目に過ぎない。彼らの体は、心と同一だ」

 カズはやがて、苦しそうな表情で僕を見た。カズの苦しさが少し、伝わった気がした。

「僕はここにいない。僕の体は檻でしかない。僕の心は囚われている」

 カズは俯いた。

「僕は自由になれない」

 やがて、逝ってしまうのか。

 僕はカズを抱きとめた。外から山鳩を見るのは初めてだった。背中から鼓動が伝わってくる。温もりが気持ち悪い。

「キミは、どう考える」

 僕は答えなかった。カズは後ろから回した僕の腕を握り締めた。

「――なぁ、キスをしてくれないか」

 カズは泣いていた。涙が黒い真珠から溢れて、僕の腕に伝った。

「他人と繋がっていると、僕が囚われていることを忘れられる。キミの檻に触れていれば、僕の檻を忘れていられるんだ。だから、お願い」

 僕は抱きしめた腕を緩めた。カズが僕の顔を覗き込む。互いの吐息が触れる距離で、カズは呟いた。

「キミの考えは、とても素敵だね――」

 僕たちは互いの唇を重ねた。

 やがて逝ってしまうのだろう。

 やがて死ぬのだろう。

 ならば、今この時だけでも、僕は君の檻でいたい。

 僕はそう思った。思ったから、とても強く、彼を抱きしめた。

 互いの肌が触れているときだけ、僕は少し、自由を感じられた。

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