人斬り覚え
ヲッさんは差し出された"大段平"をチラと見て、思う。
(ワシがコレを振れるのは良くて数年、無理を重ねて更に数年といったところか)
ヲッさんは自分がただ背が高いだけの凡人だと知っている。
衆に勝るその膂力は天然の才能ではなく…多年に渡り鍛え上げ、育てたもので
生まれついての大力などというものは到底持ち合わせておらず。
勿論、只人より一尺余りもデカいぶんの膂力はあれど…特に驚くほどでもない。
屹度そこの"大段平"を掲げ持つ若者の方がよっぽど優れたるものを持っている事だろう。
ただ単に、大力を持つに相応しい器があって、それをこの歳に至るまでなんとはなく、乞われ望まれ、そして縋ったに過ぎない。
いずれ振れなくなる…それもいいだろう。
いいかげん、ワシも、、、
しかし今は、未だ。
ズラリ、と鞘鳴り、耳に覚え
濁った白刃の光を目に覚え
ずんとくる鋼の重さを手に覚え
そうして、右手に高々と剣を持ち
両手を広げて大の字に構え
ひといき深く"追"と答え
脳裏に"まだ、未だか"と思いながらも陰に構え
白刃が踊る死地の先にコイツを持って挑まねばならぬ。
「太兵衛重次、参る」
相対する巨漢の兵法者を見て思う。
四貫目はあろう只人の背より長い大段平。
それを軽々と尋常の太刀術で構える大男。
はて流派は何れや。崩れ工夫を凝らしまたそれもありかもな…と思えるような
正しくはないが間違ってもいない構え。
扱い慣れているであろう手元に目をおかば。
一尺余りの長大な柄尻一分を残し左拳
鍔元を遊ばせ尚力強く五指を握る右拳
姿見、ピタリとはまる力まず揺るぎなき大樹の如し。
なんという好敵手、いやさ好漢なりや。
この者、己を知り、剣を知り、十全に用い、尚溺れて居らぬ。
ああ、白刃を踊らせ、死命を問おう
たぶん、ワシはここで死ぬ。
皮切り肉割き骨を断つ、ぐしゃっという醜く陰惨な音。
人斬り覚えなぞ軽々に嗜む事あらず、ようよう古の剣豪剣聖は長じたる武辺を戒めた。
然るに、然れども、然ればこそ。
剣を抜いて、斬って、斃し。
死命を超えた男は問う。
「意気地を拗らせ、かかる次第はご覧の通り。
これより尚もて迫るなら、赦し得た長刀振るい手向かいせん、如何に?」
ひどく陰鬱な顔をした男の声がやみ夜に響きやがて沈む。
最近なんつか、人斬り覚えと書くとなんとなく悲しくってならない中年オヤジ。
いやさー、人一人の命の重みなんぞ大層なモンじゃ無かろうが
なんかさー、オレ前世で"人斬り覚え"の経験でもあんのかよ?って聞きたくなるくらい気持ちが沈む。
なんじゃろコレ。