閑話:マシラとイタズ そのいち
ひっさびさに読者様が増えて珍しく褒められたので調子に乗ってこっそり更新。
…実はこんな話を書きたくて多年温めたまんますっぱ臭くなってきたネタ。
「チェェェィイエェエェェェ!!!」
肺腑を搾り喉なぞ裂けよと吐き叫ぶ。
とある田舎の川筋の、ちょと込み入ったる杜の中。
全身之筋金の鍛えの入った下帯いっちょの壮年の雄。
一気呵成に奔り蹴り、両の手にある小枝を目前の、なんの木だかは判らぬが気合一閃踊りかかって右へ左へおもうさま打ちかかる。
目にも止まらぬその打ちと、耳に残るその声と、打ち掛かられた大樹が打ち震え山間に響くその音に。
ガサゴソと杜を分け入り遠慮もなくも草を踏み、藪の向こうからニュッと顔出す天突くようなおおおとこ。
「さぶらいたるもの何よりもまずは己が功夫を人に見らるる事こそ厭うもの。
しかしてさぶらい殿にたっての一分これあって、
せわしない中どうにか隙を伺って勝手推参なす事まずはお許し願いたく。
…さりながら仔細あっての推参の故、この無礼者の申しあぐる事ちょんの間ふたことみこと耳目をお借り出来ぬであろうかおさぶらい」
遣う…と迄は言えぬが、その大兵に緩みなきこと見てとれる。
造作も無くうち殺せると迄は云わぬが、相対して恐れる程かともいかぬ。
旅のまにまに苦労を積んで大願を成す、未まだそんな二世のひとり。
はて何の議やあらん。
「さて、その、御身の技を一身に受けて鳴く、その木の事で。
その木には名は無くとも親があり、主人がいて、この地にあって欠かせぬ立派な御役目がある。
その木は杜を護り、土を支え、いずれ時あらば主人の建屋の柱の一本になり変わり、またぞろこの地には次なる勤めを果たす為に幾月歳青葉を伸ばして時を待つ。
しかしながら役目半ばにてそれを打ち枯らし、しまいにはへし折り、薪ざっぽうにもならぬようにしてしまうのはまっこと困る。
さりとて他家の名誉の武士、日々畑を耕し年貢を納める村の衆がコレコレと物言いつけるも憚るモノ。
ワッシはその伝、たっての一分を仲立ち来たにすぎん旅の者。
…どうぞ杜の木に朝な夕なに打ち掛かり、仕舞いに打ち倒してしまう事、村の衆のたっての願いをお聞き願えませぬか"お武家さま"」
なんの義理やあらん、と訝しむが確かにこの地は我が国では無く他家の邦。
雑木鳥獣ありとあらゆるものが"殿様のもの"
それをよそ者が寄ってたかって打ち枯らしてしまえば確かなるほど具合は悪い。
しかしながら。
「おいどまの家法が定めし修業の勤め、これ怠っていざ戦となりし時、太刀もろくに振るえぬ兵児〈へこ〉なぞと呼ばわれ死に恥晒す、此れに勝る恐れ無し。
ならば中々コレは了顕しがたく議やあらん。」
困った顔のおおおとこ。曰く
「そこもといちにんが数えきれぬ程もある杜の木のたった一本打ち枯らして終わる話なら村衆もまた諦めつく。
が、申された様に御家中のものどもこぞって修業の勤めをあい果たす。
今この村々に御家中のものどもなんぴとおられると思い致されよう。
泣くに泣けぬは村衆で、しかもそれなすは村衆の困難辛苦を救いに遠方海を渡りておとないた、おとろしくも名誉の武士。
なんぞ良きにはからう事叶いませぬか"お武家さま"」
所謂宝暦治水の頃、ヲッさんが未だヲッさんではなくデカい図体持て余して世古を学んでいた頃の事。
…今年号調べ直したら辻褄合わせるギリギリの線でちょっとヤバかったw