おとこ盛りおとこ意地
そもそも、アタシら力士ってなぁ、でかいばかりで読み書きもできぬはみ出しもの(規格外)。
喰うばかりは五人前、ちからばかりが強くたって、世のお役には立てず仕舞い。
ならば村々巡って草相撲で食わせてもらって、旦那衆のついえで勧請打たせてもらったり、いずれどこかの殿様のお抱えになって。
五代様の文治の政から翻り、八代様の御世になって寺社奉行のお捌きによりお江戸で場所を、開ける"もうごめん"を頂けた。
はじめの頃はお江戸在地の東方。九州から北上してきた九州薩摩の西方。
やがて伊達や南部や阿州やら、相撲好きのお殿様が争って
くるめの若殿、と言っていいほど若くもありませぬが、何せてて親様が世に聞こえた一世の名君、中々に御役目譲って頂けぬままお年を召されて江戸住まい。
銭金女には不自由せずともおとこ盛りがなす事もなし。
…となれば行き着くところお分かりになられようかと。
「そらなー」
更にワをかけて習っちゃいけない同世代、それが近くにいるとネェ。
「"怪物殿"か」
えぇおとこ同士、まさにかみしも決めなきゃ気にそわぬ、年頃近く官位も同い、そしてかのおかたは万事はで。
張り合ってしまうのですよ。
あっちもこっちもおとこ意地。
旦那衆、誰に聞いても御内情借金塗れの筈なのに。
そんなイケイケの若党連れて相撲御目見得の最中にてやれ揉め事起きたれば。
やっちまいましたよ、ほんとうに。
さて切った若衆、流石にご家老様より手鎖蟄居を言いつけられてはいるものの、聞こえてくるのは
"ようやった"
流石にコレはいくらアタシら芸を売って食ってるとはいえ了顕出来ぬ。
あんまりだ。あんまりじゃあないですか。
太兵衛さん。
重ねて要らぬ堪忍、お頼み申すは心ぐるしゅうなれど。
正に若殿の御目の前での"御前試合"
受けていただけませぬでせうか。
-----
つきい出された三宝に切り餅みっつのっけて命がけ。
「結局何方の手によっても命ひとつのけじめが取れぬ。
…ならば代わりにワシが請け負おう。
何方どもにお伝えあれ、小の川"才助"の代打ちこの一戸太兵衛重次重々承ったと。」
"怪物"。薩摩重郷。
当時の外様雄藩がことごとくハデにやらかしてたりする理由が多分この人。
(お分かりでしょうが名前出た藩ほぼ全部ヤラかしてます)
またハデにやれる地盤が当時の時代にあったのもデカい。