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正義

 マルムとレインネストの二人は、塔の四十層まで移動していた。


 壁や仕切りがないことから、元は超巨大モンスターの住処だったとわかる。

 しかし、十層の大亀スケルトンのようにボスが復活する兆しはない。

 その心配は少ないのだろう。

 四十層には、人類側の簡易活動拠点が作られていた。


 小さな村規模。

 螺旋階段を作る職人や、ギルドの関係者。

 さすがに果物屋など商人の姿は少ないが、一部には畑もあって……

 マルムが物珍しそうにキョロキョロと周囲を見回す。と、一人。近づいてくる

男がいた。

 浮浪者のようなボロ布を何枚も重ね着していて、小柄で、お世辞にも顔が綺麗

とは言い難い。ゴブリンと言われたら納得してしまいそうな小男が、唇の端に

笑みを忍ばせていた。 

「ライフベッター。会いたかったズェ」

 男性二人が握手を交わす。

「仕事は順調のようですね。ゴルリゴルさん」

 ごく普通の会話。

 だが、それを見たマルムは「意外……」と声に出してしまっていた。


 無理もない。

 長身の微笑み男は、血色の防具を身に纏っているギリギリ十代の男性。

 対するは、小柄チビ肥満デブ薄毛ハゲの五十代に近いオジサンだ。

 ふたりが一緒に並んで、友人のように振舞っていたら、誰だって「この二人に

どんな接点が?」と疑問に思うだろう。

 そこを説明してくれるはずのゴルリゴルは、マルムに目を向けていた。


「ライフベッターのお連れは、女の子の、若い、胸の大きな……」

 

 ゴルリゴルはマルムの胸をチラ見しながら、指先でトントンと額を叩く。

 しかし、そもそも知らない相手の名前が出てくるはずもなく、レインネストが

言葉を継いだ。

「マルムさんです」

「そうマルムのお嬢ちゃんだズェ!」

「”はじめまして”。ゴルリゴルさん。マルム・レイタンです」

「「…………」」

 フォローも空しく自爆したゴルリゴルは「やっちまったズェ。へへへ」と

空笑からわらいをしていた。

 レインネストも、さすがに二度はフォローできないらしい。


 二人はゴルリゴルの案内で四十層を横断していく。


 道中は、まず小男の自己紹介から始まった。

「オレはオウルホーンって種族の、人間とモンスターのハーフだズェ。今じゃあ

見る影もないシワだらけの鳥肌だが、若い頃はけっこうな男前だったんだズェ?」

「はあ……?」

 マルムが首を傾げる。

 種族の名前は、どうでもいい。とばかりの態度にゴルリゴルは笑った。

 「良い時代になったもんだナァ!」と盛大に声をあげて。


 羽角人族オウル・ホーンとは、フクロウと人間の混血種。

 髪の一部に角のような鳥の羽が混じることから、その名前が付いている。

 小柄と肥満はともかく、薄毛の理由はモンスターハーフであることを隠すため

に、羽をむしりとってしまった結果だった。


 重たい過去を感じさせるプロフィールだが……


 それも含めて、前フリだったのだろう。

 彼は四十層の中央付近で足を止めた。

「レインネスト。今日ここに来てくれたってことは、螺旋階段を一緒に作る。

ってことだよナァ?」

「え?」

 受付では『90階へ』と言っていたのに、とマルムが驚いていた。

 思わずレインネストの顔を見て、彼女は表情を硬くする。

 彼の笑顔はいつも通りだが、しかし……

 なにか感じるものがあったのか、マルムはゴルリゴルに向き直った。 

「どういうことですか?」

 気持ち強めの口調で噛み付く。

 すると、ゴルリゴルも「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「どうって、パチカの街の防衛力じゃ、ここから先の階層を開拓していくのは

難しいって話だズェ」 

「それって、つまり……」

 これ以上の攻略はしない。

 自分達だけで勝手にダンジョン塔を攻略するな、と言っているに等しい。

 近道を作るのも四十階まで。

 それ以上を希望するなら『アンタも手伝え』と言ってきたのだ。

 

 今日、レインネストが無理を押してガラスの釜を持ってきていたのには、そう

いう理由があったようだ。

 

「レインネストには悪いけどナァ。パチカの街は、ダンジョン塔のモンスターを

狩ることで成り立ってるところもあるからナァ。もしもソレがなくなる、なんて

ことになったら……。オレを含め、大勢の人が泣くことになるよナァ」

「――……」

 ゴルリゴルの情に訴える低い声。

 粘りつく声色に、マルムはようやく警戒心も露に歯を剥いた。 

 すぐさま噛み付く、かに思えたが、今回は相手が悪い。


「ダンジョン攻略部隊の指揮官として、見過ごすわけにはいかないズェ」


「指揮官? ゴルリゴル、さんが……?」

 マルムは少数派より、多数派の味方をする。

 多数決なら多いほうの味方だ。

 たとえ、それが既得権益であったとしても、である。


 そして、彼の言い分は、ある意味では正しい。

 ダンジョン塔における冒険者各位の活動は、すでに生活の一部として組み込ま

れている。

 クリアされてしまえば、経済活動はさらに混乱するだろう。

 マルムとて同じだ。

 彼女が冒険者という職業を続けて行くのならダンジョン塔はクリアされない

まま、そこにあり続けてくれたほうがいいのだから。

 もし無くなろうものなら、新しい冒険を求めてパチカの街を出ることになる。

知り合いを捨て、両親と別れて、未知の土地へ。

 レインネストを手伝うということは、そういうことだった。


「ヤツに協力するのが本当に正しい選択かナァ」

「…………」

 マルムは悩んでいた。

 正しさとは、いったい何なのか。 


「よく考えたほうがいいズェ?」

「いえ。そう難しく考えることはありません」

 レインネストがバッサリと、切り捨てるように言った。


 その言葉には、他の二人にはない自信が込められていた。

「一度に多くのことを吟味してしまうから、わからなくなるんです。まずは時間

の概念と、人間関係。環境。その辺りを外して、考えてみてください」

 悩んでいたマルムには良い助言になったようで。

 素直にうなずいていた。


「例えば、この世界には、自分以外の何も、誰もいなかったとしましょう。その

時、自分の欲望を抑えて我慢することに意味はありません。そんな状況であれば

自分の意志を貫くことが、最も正しい選択と言えるでしょう」


 あまり現実的ではない問いと答えだった。

 今回の問題は、そこまで簡単ではない。

 彼が排除した要素は、排除して考えていいものではないからだ。


「正しさというものは複雑です。ただの欲望でさえ『将来の健康を考慮する』と

条件が加わるだけで、より正しい行動が変わります。この場合は暴飲暴食を避け

本能のままに振舞わないことです」


 ふたつ目の結論。

 レインネストの提示する正しさは、どんどん変わっていく。


「もし、この場にいる三人が三人とも違う意見を持っていたとしたら……。この場

における正しさとは、自分の意見を押し通すことでも、三人の意見を取りまとめ

ることでもない」


 最も正しい答えは存在している。

 だが普通は、その答えになんて、たどり着けない。

 人間は全知全能ではないし。未来を予知する力もないからだ。

 将来に有益なことをしよう、と願って正しいことをしたつもりでも『読みきれ

なかった』となるのが普通だ。

  

 だからこそ、本当に正しくありたいと思った時はより正解に近い答えを探す。

それが最善である。

 レインネストは真っ直ぐにゴルリゴルを見据えて、言った。


「判断材料は揃っています」


 邪神とモンスターが生み出す被害と利益。

 神様の宝力。 

 パチカの経済事情。物々交換という現状。

 住民の願い。

 人類の現状。

 呪いを解きたいレインネスト。

 冒険と恩返しがしたいマルム。

 そして、既得権益を維持したいゴルリゴル。


 知りうる情報のすべてを踏まえた上で、レインネストは言った。


「今回は手伝えません。一部の人達のために、パチカの住民全員をモンスターの

脅威に晒し続けることはできないからです。そして、私としてもダンジョン塔を

解放したい。この塔に眠る宝力は、きっと人類の役に立つものでしょうから」

「し、しかしだナァ」

「たしかに、いますぐにダンジョン塔を攻略してしまうことは、パチカの街に

とってかなりの痛手でしょう。それは考慮しています」

「考慮?」

 マルムが首をかしげてから「あぁ!」と気付く。

 

 たしかに、ちゃんと考慮している。

 レインネストが本気になれば、モンスターなど相手にならない。

 邪魔をするのが単なる障害物であっても、ガラスの釜を持ち込めば簡単に突破

できるだろう。

 それを『三ヶ月もしてこなかったこと』が、彼なりの配慮だったのだ。

「邪神討伐には、もうしばらく時間をかけます。その間に、これから起こる事態

へ対応してください」

 それが、今の彼に出せる『最も正当性の高い答え』だった。


「んぬう……」

 ゴルリゴルも仕方なく、とうなずいた。

 足音も荒っぽく遠ざかり、命令を飛ばして、部隊の指揮を始めた。

 

 これで太陽の台座攻略に向けて、パチカの街全体が動き出したことになる。

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