城内脱出
「兵士たちが異変に気づくのに、おそらく十分もかかりません。急ぎましょう」
部屋の主、ヘンドラッド国王に軽く目礼をした後、俺が言い放つ。
ここからは時間との勝負だ。
異変に気づいた兵士たちが、部屋の中を捜索することを見越して、アルコール度数が高いワインのビンの飲み口に、バターを塗りたくった布を巻いた簡易火炎瓶をトラップとして準備しておく。
うまいこといけば、扉を開けた拍子に、扉の上に仕掛けた火炎瓶が落ちて割れ、近くのかがり火が引火してくれる。
少しは時間を稼げれば良いが。
俺たちは、兵士たちの遺体から、剣と槍を調達し、屋上へと向かう。
外は、真っ暗で、星明り程度の明るさしかなく、あまりものが見えない。
逆を言えば、少々のことでは、外の兵士たちには見つからない。
急いで袋の中から、鉄パイプの塊と布とを取り出す。
「ミリー。準備をしてくれ」
「ん」
ミリーがてきぱきと、鉄パイプに見えるそれ、竹と鉄とでできた代物を組み立てていく。
「シャーリー、陛下にこれを着させてくれ」
「わかった」
シャーリーは俺が袋から出したベストのようなものをヘンドラッド国王に着させる。
またの下から身体全体を包む感じのベストであり、何重にも紐で固定する。いくつかの箇所に、金属製のリングが取り付けられている。
「こ、これはいったいなんじゃ?」
「ちょっと、窮屈ですが、我慢してくださいね」
シャーリーがひょいひょいとベストを着させていく。
二人に、作業をさせている間、俺は、袋の奥に隠しておいたランタンを取り出し、火をつけ、城の外の林の方角に向けて信号を発信する。
すると、しばらくして、上空に気球が現れた。
「ミリー、すなまないが頼む」
「ん」
さすがに、この暗さでは夜目が聞かないので、ミリーに頼む。
ミリーが上空に手を伸ばして何かを掴む動きをする。
「ん」
俺に手渡してきたそれは、先がリング状になっている紐だ。
俺は、慎重に、国王の服のリングにこの紐を通し固定する。
上空に向けてランタン信号を送る。
「あ、陛下。ちょっとびっくりするかもしれませんが、声は出さないでくださいね」
「‥‥!」
合図を送ると同時に、国王の身体が空に浮かんでいく。
要は、気球で吊り上げてもらったのだ。
これで、最大の戦略目標であった国王奪還は成功した。
あとは、俺たちが無事に脱出できれば万々歳だ。
ミリーが作業していたそれは、一つが完成し、今二つ目を組み立てている。
横幅三メートルはあろうかという三角形の形をした布を張った骨組みに、竹でできた持ち手がくっついている。
要所要所は、鉄で補強してある。
博士にお願いして持ってきてもらった秘密兵器『グライダー』だ。
本当は、軽いアルミニウムで作りたかったのだが、残念ながらまだアルミニウムの精製には成功していない。
一応、領地ではすでに飛行実験はしており、シャーリーとミリーにも体験してもらっている。
たぶん、飛べるとは思う。たぶん。
「シャーリー、一番手は君だ」
「え?でも‥‥」
「三つ目のグライダーが展開できるスペースがない。早く脱出しないと。もう、十分を過ぎている」
急かすと、シャーリーは、フライトの準備に入った。
「いいか、この方向にまっすぐ飛ぶんだ。そして海が見えたら、そのまま飛び込め。近隣に船が待機しているはずだ」
「ハノウスもちゃんと帰って来てよ‥‥」
「ばか。当たり前だ。早く行け!」
ためらいを振り切るように、シャーリーが大空へと飛び立つ。
俺の目では、もう、どこにいるのかは見えない。
「大丈夫。まっすぐに飛んでいるよ」
俺の心配な顔に気づいたのか、珍しくミリーがおしゃべりをする。
下の階から、何かが割れる音に続いて、大きな怒声が聞こえてきた。
もう時間がない。
二人で全速力でグライダーを組み立てる。なんとか三体目も完成した。
「ミリー飛べ!」
ミリーは、こちらを振り返ることも無く、躊躇も無く、暗闇に飛び込んでいく。
じゃあ、俺も‥‥。
続いて、俺が勢いよく空に飛び込むと同時に、背後から前方へと何かがすっとんでいった。
持ち手と骨組みとを結ぶ竹棒のうちの一本が切れている。
グライダーのコントロールを失う。
それでも、気合を入れて、しがみつき、近くの林に向かって突っ込ませる。
‥‥。
‥‥。
なんとか生きている。
左腕がめちゃくちゃ痛くて動かない、たぶん折れているな。
息をつき、林に引っかかっているグライダーから這い出る。
下に下りると、馬上の人間が近づいてきた。
「やりましたね、ハノウスさん。お疲れ様でした」
ララがにっこりと笑顔を浮かべやってきた。
「ただいま」
俺も、笑顔を浮かべて挨拶する。引きつった顔と声になっているのはご容赦願いたい。