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トラペゾヘドロン

「まずは、この教団のことを話すべきかな」


俺たちは、教団が支配している集落へと案内され、屋敷の一つへと連れて行かれた。

あくまでも、交渉ということなので、俺と、シャーリー、それとランフィの三人だけで会見することになった。


集落は、十数件の建物が存在し、多くても、百名はいない、という様子だ。

ただ、外では一人も人間に出会わなかったので、実際の人数はわからない。


「教会の中でも、もっとも古い教義を伝えている一派、それが、我らが『黄金の明星団』じゃ。その言い伝えよると、この世界は『混沌の王』が生み出したものであり、また、世界というものも複数存在する」


多次元宇宙みたいなものか?


「それら複数の世界の間を自在に旅する力を司さどるのが『混沌の王』の片腕『銀の鍵』。そしてこれが彼らの交渉者『千の顔』と交信するための神具『トラペゾヘドロン』じゃよ」


マスタングは、そういって、懐から黒曜石でできたような輝く黒い球体を取り出した。

近くのランプの明かりを反射して、うっすらと赤い文様が浮かび上がっている。

その文様を見ていると、半導体回路の細かい配線を思い出す。


「わしら教団では数十年前、古文書の解析に成功し『トラペゾへドン』を古代遺跡から発見した。そして、我らの念願だった、神々との交渉をしようと画策した」


「ちょ、ちょっと待って。神々と交渉って、何て、だいそれたまねを!」


隣に座っているシャーリーが唇を震わせている。


「われらが崇拝する神へと拝謁できる。これほどの奇跡は他にあろうか?われわれは、様々な祈祷実験を通じて、様々なことを試してみた。人身御供の数も二桁では足りないくらいには実験した」


なんでもないことのように言っているが、これは、この世界の基準に即しても野蛮な話だ。

背筋が寒くなる。

マスタングが語ることは狂気の実験そのものだ。


「そして、数年の実験の後、二つのことに成功した。一つは、ランフィ、お主の背中のそれのように、他の世界の『物質』をこの世界へと顕現すること、そしてもう一つは、ハノウス、おぬしのような他の世界の『魂』をこの世界へと連れてくることじゃよ」


頭をハンマーに叩かれたような衝撃をうけた。

俺は、こいつらのふざけた実験のために、この世界に連れてこられた、ということか。

頭にかーっと、血が上る。

ふと、俺の手の甲に温かいものが触れた。

見ると、シャーリーが、俺の手の甲に、手のひらを重ねている。

まるでどこかへ行きそうになる俺の魂を引きとめようとでもしているように。


「物質を顕現すること、すなわち神々の血肉の一端をこの世界へと導くことは、かなりの精度で完成することができた。そこにいるランフィも成功者の一人じゃな。ただし、魂については、何度も失敗した。お主以外にはな」


「なぜ俺が、転生者だと?」


「その前におぬしには知っておいてもらったほうよい話があるな。実はなお主の母親は実験の被検体だったんじゃよ。ただ、当初の実験目的はお主の母親に神降ろしをすることじゃったんじゃが。実験の結果おぬしの母にはなんらの影響がなかった。実験は当初失敗したと判断したのじゃよ。しかし、ふふ、そのときに、まさかお腹に子供を宿していたとはな。お主を士官学校で見出したときのわしの喜びといったら!」


「ちょっと待て、マスタング!私たちラミルス帝国の人員を使ってグリスラテス王国へとちょっかいを出させたあの命令は、まさか!」


「そう。わしは、ハノウス、お主の行動だけを観察していたのだよ。ランフィは、赤竜杖、おぬしに言わせる『銃』だったかな、を見せることで異世界人だと思ったみたいじゃが、わしは、そんなところでは判断しなかった、わしはこれで確信を持ったんじゃよ」


そういって、マスタングは一枚の羊皮紙を取り出した。

そこには、平均や分散を計算するために用いた、数学の式が記載されている。

当然、この世界では存在しない数式だ。


「わしは、これを手に入れたとき、お主が真の転生者であることを確信した。どうやら異界の知識を持っているとな。実験は成功したのだと。ただ、わしは他にも、お主に見せてもらいたいものがどうしてもあるのだ。


お主の魂に埋め込んだ『銀の鍵』の力をな」


「‥‥なんだそれは?」


口の中が乾く。


「言ったじゃろ、お主の母親に神降ろしを試した、と。お主には神の力が宿っておるはずじゃが、まだ、それが現れていないとみえる‥‥。ぜひとも試させてもらいたい」


マスタングは、そういうと、トラペゾヘドロンをランフィの方に向けた。


「うぐぐ」


急に胸を押さえ、ランフィが苦しみだした。


「お主には、それは扱えないと思えるから、わしが活用してやろう」


そういって、器用にトラペゾヘドロンを右へ左へと動かした。

すると、ランフィの身体から何か、長細いものが空に向かって伸びていく。まるで蛇のようだ。

その蛇らしきものが完全に身体から離れると、ランフィは倒れ伏した。

そしてその蛇は、マスタングに絡みつき、徐々に大きくなっていく。


気づくと目の前に赤黒い鋼鉄のようなうろこを持つドラゴンがいた。

ドラゴンの鼻腔から白い蒸気のようなものが噴出す。


「さぁ、お主の本気を見せてみろ!」


ドラゴンの形態となったマスタングは吠えると同時に、口から炎を吐き出した。


ぶわっ


目の前に熱風が届くぎりぎりで回転して避ける。


外からも剣戟の響きが聞こえる。


どうやら、兵士たちがこの集落へたどり着いたみたいだ。


よし。


「シャーリー、ランフィを頼む!俺はこいつをなんとかする!」


そして、ドラゴンへと剣を振り下ろした。

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