異端狩り
あれから、二ヶ月が過ぎた。
俺が戦況報告として持ち帰った情報を報告したところ、とりあえず、当面は、領土奪還作戦のための準備期間ということになった。
ラミルス帝国の方でも、活動が目に見えて大人しくなった。
ランフィがうまいことやってくれたらしい。さすが、紫騎士団長。
魔道具トラペゾヘドロンの探索には、教会の助力がどうしても必要だったので、ラカスル副教皇と、ベクルト筆頭枢機卿に助力を願い、教会内部の異端審問会を通じて内偵調査をしてもらう手はずとなった。
彼らとしても、自分たちの縄張り内で、邪教の徒が活動している、ということは座視できないので積極的に協力してくれている。
まぁ、俺にしてみれば、この前貸した借りを、返してもらっているというイメージではあるが。
この二ヶ月間で、イエプト王国内の複数箇所の教会に目星をつけ、何度か現場を強襲したものの、結局、空振りが続いていた。
こうも立て続けに、空振りが続くと、内部の情報が漏れていることを疑う必要がある。
そこで一案を思いつき、偽情報で、内部に裏切り者がいるかを探ってみた。
そうしたら、案の定、情報が漏れていることが確認できた。
ただ、どこから漏れているのか、についてはまだ断定できない。
そして、内部調査を進めるにつれて、教会内に、割と大規模な秘密の結社があることも浮かび上がってきた。
例の教皇派と信仰派の異端騒ぎどころではない、本物の異端の信仰集団だ。
しかも恐るべきことに、その信仰集団はかなり古くから存在するものであり、なにやら教会の成り立ちにも関係するような深い闇があるみたいだ。
そうこうして、情報をたどって、その信仰集団が根城にしている根拠地をなんとか特定できた。
で、今、俺たちは、グリスラテス王国内へと戻ってきている。
しかも、俺の領地、コーンリッツ地方だ。
え?なんでかって。
「まさか、うちの領内に異端騒ぎの拠点があったとはなー」
まじで何とかしないと、監督責任で俺の立場が危うい。
「私の地位も危ないのよ」
ベクルトが隣の席でぼやいている。
コーンリッツ地方を含むグリスラテス東方大管区から選出されている枢機卿であるベクルトは、管轄区域内の出来事にも、当然ながら責任を有する。
俺たちは、コーンリッツの居城に戻り、今後の計画を練っている。
「申し訳ありません。すでに、情報を掴んでいたにもかかわらず、初動が遅れました」
サスーンが神妙に謝罪してくる。
なんでも、帝国の侵攻の前に、邪教徒の発見の報告書が上がっていたらしい。
俺にも報告があったらしいが、右から左に聞き流していた。
さすがに気づかないわ。
「いや、いいんだ。気づかなかったことについては、俺にも責任の一端はある。それよりも、詳細に報告をしてくれないか」
「はい。教団の根拠地と疑われているところは、山間部に存在します。山賊などのならずものどもも吸収し、傘下におさめております。また、近隣の村々を脅して隠れ蓑にしている模様。そして、教会の異端派から、資金が一部流れており、傭兵集団を雇うなど、武装化も進んでおります」
かなり、組織的にでかいなー。
というか、俺のお膝元で、何してくれるんだ。
「で、規模は?」
「兵は、最大でも一個中隊三百名程度だと思われます」
「ミリー、治安警察の出動態勢はどうなっている?」
「ん。第一と第二治安機動部隊二百名が動員可能」
ミリーが手元の資料を覗き込みながら、報告をしてくる。
東部方面騎士団は、イエプト王国内に駐屯させる必要があるので、こちらに連れてくることはできなかった。
なんとか第五○一独立特別射撃分隊二十名だけは引き連れてこれたが、これが精一杯だった。
今回の事件は、手元の警察組織でのみ対処しないといけない。
というか、責任者が南部へと進軍している隙を見計らって大規模に動くって、明らかに狙っているだろう。
まぁ、俺は敵が多いので、仕方がないのだが。
「ジャスタン商会の警備兵もほとんど、イエプト王国内に出払っており、手兵としては一個小隊百名程度しかおりません」
ララがコーンリッツ地方のジャスタン商会の各支部からかき集めてくれた戦力だ。
助かる。
こちらの懐事情を知った上で、こういった作戦を仕掛けてくるのは、腹立たしい、が、相手にも策士がいるな、これは。
「こちらと相手との兵力差は同等だ。で、あるならば、速攻で叩き潰すのが上策だろう」
「ハノウス君は、相手が罠を張っているということは考えないのかい?もしかしたらこちらの情報がすでに向こうにも筒抜けかもしれないよ」
ランフィがにやにや笑いながら突っ込んでくる。
「失敬な奴ね。私たち教会は口が堅いのよ!」
ベクルトがぷんすかしながら抗議している。
「まぁ、こちらもあり合わせの即席部隊だ。こちらの情報が向こうに漏れているのを前提に行動計画を立てればいいだろう。よし。こちらは二手に兵力を分ける。第一と第二治安機動部隊は、南側から、近隣の村々を解放しながら進んでくれ。ミリーに指揮をまかせる」
「わかった」
「俺はジャスタン商会警備部隊と、独立特別射撃分隊を引き連れて北側の山間部から攻め込む。博士、気球で空から援護を頼む」
「りょーかい」
博士がいそいそと、背嚢に爆薬を大量に詰めて部屋から出て行くのを見送りながら、俺は、ララに向き合う。
「で、すまないが、ジャスタン商会警備部隊の指揮はララに任せる。俺は、射撃分隊だけを引き連れて、逃げ出す敵兵を補足する。シャーリーとランフィも俺について来い」
「わかったわ」
「はいはい」
「じゃあ、私は?」
ベクルトが聞いてくる。
「戦場に出たいか?」
「ここで、皆さんのご武運をお祈りさせていただくわ」
目を逸らして、しれっと言ってのけた。
もう少し、身体を鍛えろよ。




