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取引

「僕は、外なる神の魔法的因子を無理やり体内に埋め込まれた実験動物さ」


服を着なおしたランフィは、ソファにゆっくりと腰を落ちけた。

シャーリーにハーブティを煎れてもらい、皆で少し気を落ち着かせた。

ランフィはハーブティを飲みながら、ぽつりぽつりと話し出した。


「父親って言うにはちょっと抵抗感があるんだよね。前王。そう、前王は后や妾にたくさんの自分の子供を産ませ、みんな実験体にしてしまったんだ」


「え?じゃあランフィ君って」


目をまん丸にしてシャーリーがびっくりした顔をしている。

ランフィは苦笑を浮かべながら答えた。


「あぁ。僕は、余が世ならお姫様さ、君と同じでね。ただ残念なことに、父親が狂人だ、という違いはあったが」


「なぜ、ラミルス帝国の前皇帝は自分の子供だけを魔法実験の被検体にしたんだ?それこそ他人の子供の方が良いんじゃないか」


俺の素朴な疑問に、ランフィは首を振りながら嘆息する。


「わからない。父がなぜ、自分の子供たちにだけ実験をすることに偏執しているのかは。ただ、今となって思うのは、自分の子供たちだけにとどめておいてくれたから、被害がこの程度にすんだんじゃないかな、と、前向きに思うことにしているよ」


悪趣味な親父だ。

胸くそがわるくなるな。


「で、その魔法実験とやらのおかげで、一体全体、何が起こるんだ?先ほど見せてもらった傷跡をつけておしまいなのか?」


身体の中に、例の怪しい物が埋め込まれているのは、それはそれで気持ち悪いが、それだけだったら、単なる刺青と変わらない。

実験の意味がない。


「これ、背中の魔法体だけど、これのおかげで僕は、なんとなく異世界からのインスピレーションが頭の中に浮かぶんだ。ぼんやりとね。場合によるとこの世界の未来や過去の状況なんかも浮かぶ。そのおかげで、色々と助かったことはあったよ。戦場や、暗殺現場でもね」


狂人の発想じゃあないが、未来予知とか、異界のインスピレーションとかか。


「じゃあ、別段、背中の見てくれが気持ち悪くなった、以外にはデメリットがないんじゃないか?」


「いや、これ、のおかげで僕は毎夜毎夜悪夢にうなされててね、場合によると、起きているとき、普通にしているときもなんだけど、そう、意識がね、もっていかれそうになる。正直、後どれくらい平常でいられるか、自信がない」


ふふふ、と力なく笑うランフィ。


「去年とかは、まだ、大丈夫だったんだ。でも、ここ一年ほどは、本当に気が滅入る。というか、いつ発狂してもおかしくない。本当は、何もかも投げ出して、塔の上からとか飛び降りてみたい気分になるよ」


ふと、昔、塔の上から飛び降りた記憶が思い出されたが、黙っておいた。

あの時は、骨折したな。

まぁ、いい。


「なるほどな。で、もうなりふりかまっていられない状況に追い込まれている、と」


「そういうこと」


そして、ランフィが、一口、お茶をすする。

俺たちの間になんともいえない沈黙が流れる。

話の中断を見計らって、横からシャーリーが疑問を挟んできた。


「そういえば、他のご兄弟は?」


「みんな、死んだよ。僕以外はね」


シャーリーが恐る恐る聞いた質問に、酷薄な笑い顔を浮かべながら淡々と答える。


「そうか。それで合点がいった。なぜ、ラミルス帝国が近年混乱しているのか疑問に思っていた。あれだけ強大な帝国がなぜ世継ぎを作っていなかったのか、と。世継ぎがそもそもいなかったんだな」


「前王様がみんな殺してしまったからね、しかたないよ」


肩をすくめながらランフィ。


「ただ、僕があれの子供だとばれていないのがせめてもの救いだね。ばれていたら間違いなく、僕は暗殺対象だ。子飼いの紫の暗殺者たちに追われるのは、ぞっとするよ」


まぁ、こいつが一番よく、紫騎士団の実力をわかっているんだろうな。

帝国では一番、紫騎士団を使ってきたんだから。


「よし。だいたい事情は飲み込めてきた。で、さっき言っていた、俺への探して欲しいという『もの』はなんだ?」


大体の背景がわかってきたところで、今回の依頼事項について、依頼者と細部をつめておかないといけない。

契約は神なので、そこにどのような条項を入れるかが鍵だ。

契約交渉は、刀や槍を使うわけではないが、言葉による戦争だ。


「うん。僕が欲するのは『トラペゾヘドロン』。ある教団が代々隠し持っていたものだったんだけど、今は、行方知れずだ。黒色のきれいな球面体で、ほのかに光が漏れている。どういった原理でかはわからない。そして、ところどころに赤い細い線が入っているんだけど、その線で描かれた文様は、それをじっと見ているだけで正気を保つのが難しい代物らしい。最後の所有者はわかっているんだけど、彼がどこかに隠したらしく、ラミルス帝国内では見つかっていない」


「最後の所有者って誰?」


「ラミルス帝国前皇帝その人さ」


シャーリーの問いかけに対して、やや大げさな身振りで答えるランフィ。

しかし、それだと疑問がある。


「じゃあ、どこにあるかは皆目見当もつかないという状況か」


手がかりが少なすぎて、調べようにも何から探すのか、その端緒すらもつかめない。

どうやって探すのかに途方にくれてしまう。


「いや、トラペゾヘドロン自体はどこあるかはわからないけども、関係する情報はいくつかあるんだ。帝国内をしらみつぶしに調べて、やっと手に入った情報がね。一つは、ラミルス帝国内の非合法教会の信徒、あぁ、君たちの国々の教会だね、を通じて、イエプト王国内のどこかの教会施設内に持ち込まれたのではないかということがわかっている」


「じゃあ、まずは、どこかの教会にあるかもしれない、ということを調べる必要がある、と」


「うん。一応、僕たちラミルス帝国の傘下の支配地域では調査を進めているんだけども、協会は、地下組織になっているからね。なかなか情報が集まらないんだよ」


なるほどな。それで、教会については、俺たちの方が調べやすいだろう、ということか。


「わかった。とりあえず教会から探し始めればいいことは理解できた。他にはなにか情報があるのか?」


「さっきも言ったけど、『トラペゾヘドロン』はずっと覗き続けるのは危険だ、ということだね。ラミルス帝国内でも、好奇心にかられて『トラペゾヘドロン』を覗き込むものがいたらしく、そういった者たちは皆、狂気に陥っていたんだ。なので、もしそういった事象が、イエプト王国内でも発生したならば、それらの情報を追いかけていけば、やがてゴールにたどり着くんじゃないか、という仮説を立てている」


「う。じゃあ、なにか。イエプト王国から先、どういった流れでトラペゾなんとかが流れた言ったかの痕跡として、その狂気になっていった人間たちを調査しろ、ということか」


「うん、そうなる。さすがに僕たちには、イエプト王国のような敵地にて十分に調査ができる体制は整っていないので、ハノウス君たちにお願いしたいのさ」


まぁ、たしかに、それだと筋が通るが、今度は新たな疑問がでてくる。


「で、そのトラペゾなんとか、というものが仮に手に入ったとして、お前はどうするんだ?今聞いた話だと、それを見たら発狂するんだろ?正気を保ちたい人間が、発狂する道具を見るって矛盾しないか?」


「ご明察。そうなるね」


おいおい。ぜんぜん解決してないじゃないか。


「ただ、トラペゾヘドロンは、僕の体内に埋め込まれた『Yog-Sothoth』の眷属とは異なる外なる神『Nyarlathotep』とコンタクトがとれる代物だ。毒をもって毒を制するじゃないけども、何がしかの反応はあると思っている。仮に結果が僕が狂うことだけだとしても、僕としては、このまま座して狂っていくよりかは、よっぽどマシな選択肢だと思う」


最初からばくちじゃねーか。

だが、まぁ、俺個人としては、そんな危険な代物が、この世界にあるのならば、調査することにはやぶさかではないし、対価さえもらえれば十分に動く価値はある。


「‥‥こちらからの要求だ。まず第一にそちらの軍の現時点での陣容をこちらに開示すること、第二に少なくとも半年は休戦期間を設けること、そして、第三にこの取引の期間中ランフィは俺たちと行動をともにすること」


「あれ?赤竜杖の秘密の開示は要求しないでいいの?こちらからは開示する準備ができていたのに」


ちょっと拍子抜けをした、という風情のランフィ。


「ちょっと、ちょっと、勝手に話を進めちゃっていいの?特に、休戦期間とか」


シャーリーも慌てて苦言を呈している。


「俺たちがこの取引を秘密にしている限りは、他の連中にとっては、単なる次の戦乱の準備期間として使うだけだろうし、ラミルス帝国軍の情報をイエプト王国の連中に売ってやれば、それだけで戦闘を今すぐに再開しようという気はそがれるだろうさ。そして俺たちは、その間にトラペゾヘドロンだっけ?それを探す。まぁ、ラミルス軍の情報とアイテムの探索任務を取引したわけだ。悪くない」


「ふふ。実は、単にハノウス君をこの戦場から追い出したいから、僕はこのようなペテンを言い出しているだけかもしれないよ」


「ペテンで追い出すというならば、それこそ、俺からすれば、紫騎士団長のランフィを戦場から連れ出すことに成功できたのだから、帝国に対して大ダメージを与えているともいえるな」


「なるほど。たしかにそうか。僕としてはそこは考えていなかった。やっぱり、ハノウス君は違うな。ほれてしまうよ」


そういって、腕を絡めて胸を俺に当ててきた。

ちょ、ちょっと気持ちいいです。


「だから、そこ!離れなさいよ!」


シャーリーがいつもどおり邪魔をしてきた。ちっ。

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