尋問タイム
縛り上げて、床に転がしておいた敵騎士が目覚めたとの報告を受け、俺は、駐屯地の中ほどにある天幕に監禁してある騎士に会いに行った。
「ここは一体?」
入り口から入って、顔を合わすと、目覚めた敵の騎士は困惑した顔でこちらを見つめている。
だいたい俺の親父くらいの年齢で、無精ひげが生えている。
「ここがどこかは貴君が知る必要はない。私の名は、ハノウス・ジャスタン。グリスラテス王国の将軍だ」
俺はわざと高圧的な感じで名乗った。
「わ、わたしは‥‥」
騎士は、ちょっと声を震わせながらも、それでも堂々と名乗ろうとした。
「いや。貴君は名前を言うべきではない。お互いのために」
そして、その出鼻をくじく。これで、だいぶ自尊心が痛めつけられる。
「‥‥」
「貴君を生かしていたのはほかでもない、ラミルス帝国の状況を知るためだ」
ラミルス帝国の現況については、イエプト王国の連中からも聞いていたのだが、裏をとる必要がある。
「蛮族どもめ。わたしが、情報をもらすとでも思うのか。見くびるな、この異教徒どもめ」
騎士の目に敵意と憎悪が、それと同時に、一抹の震えが見て取れた。
俺は内心でほくそえむと、さらに邪悪な笑顔を浮かべる。
「拷問をしてはかせる、という野蛮なこともできるぞ。野蛮で異教徒なわれわれは」
「やってみろ!」
気丈に強がるラミルスの騎士。
俺は嘆息をすると、騎士の人差し指の爪と肉の間に手に持った針を無造作に突っ込んだ。
「ぎゃーーーー!は、話す話す。なんでも話す」
意志の力で拷問に耐えるなど、空想の世界のおとぎ話だ。
現実の人間は、極めて意思薄弱だ。
「実に結構なことだ。貴君は長生きできる素質がある。さて、こちらから聞きたいことは三つ。一つ、ラミルス王国の進行戦力の状況、二つ、赤竜杖という秘密兵器について、最後に、ラミルス王国内の国内情勢だ」
俺は努めて冷静な声で問うた。
「は、話せば、殺さないか?」
「私たちが手にかけることはないことを保障しよう」
「わ、わかった‥‥」
敵騎士は、しばらく逡巡した後、ぽつりぽつりと語りだした。
「わが国のイエプトへの進行勢力は、橙、黄、緑、青、藍、紫の六騎士団六万と歩兵十万だ。国王陛下の代理として、橙騎士団の団長のリーマス将軍が率いている。赤竜杖については新型の射撃武器で、特別な道具で火をつけるだけで、鉄の弾を魔法の粉を使って飛ばすものだ。だが、一般の兵は鉄の弾と魔法の粉について触ることを禁止されている。それらの手入れは、紫騎士団の専属管轄になっている。あとは、わが国の国内情勢か‥‥。今回の戦は、新王の威信発揚ということになっている。ただ、反対する勢力もいる。わ、私も本当は戦争には反対だったんだ。信じてくれ」
事前の情報だと、十万以上の兵力と、少なくとも五騎士団以上が動員されていた、という報告だったので、だいたいあっているか。
新しい情報としては、赤竜杖が紫騎士団専属、ということだが、これも十分予測できることだ。
「反対する勢力、というのはどのあたりだ」
「おおっぴらには誰も表明していない。さすがに、新王が即位されたばかりで、にらまれるのはごめんだからな。だが、逝去された前国王を慕っていた方々はだいたいそうだと思う」
「騎士団の団長クラスだと?」
「橙と黄は、新王に新しく任命された団長だから忠誠心があついと思う。緑と青は古株だが、代々軍人の家系だ。誰が上位についてもその態度を変えないだろう。藍と紫については、前王から特に信頼が厚かったので、内心は複雑ではないのか。ただ、紫は真っ先に新王に忠誠を誓っているので、その心の中はわからん。やつはヌエみたいな男だからな」
はき捨てるような口調だ。
「紫というと、ラ、ウィズナー侯爵か?」
「そうだ。銀髪の死神。優男のくせに、恐ろしく知恵が回り、そして、諜報に長けている。俺は、やつが恐ろしくてしかたがない」
騎士はぶるぶると震えだした。本当に怖いらしい。
「では、藍と紫をこちら側に寝返らせることは可能か」
「さすがに不可能だろう。彼らに利益がない」
なるほど。たしかにそれもそうか。
仮に、彼らをこちらの都合の良い動きをさせようと思うならば、なんらかのうまみが必要だな。
たとえば、ライバルの失墜とか。
だが、まぁ、現場指揮官程度の下級騎士じゃあ、あまり情報を持っていないのが明らかなので、もう少し上のレベルの情報が欲しいな。
たとえば、ランフィレベルとか。
よし、ばくちだ。
「貴君を解放しよう。ただ、一つだけ頼みがある。紫騎士団のウィズナー侯爵に伝言を頼みたい。グリスラテスのハノウスがランフィにお会いしたい、とそう伝えてくれ」
「はぁ、別にかまわないが、意味がわからないのだが?」
敵騎士が困惑気にこちらを見ている。
まぁ、彼にとっては暗号みたいなもんだろう。
「気にせずに報告したまへ。たぶん、それで話が通じる」
「わ、わかった、伝えよう」
そして、俺たちは、町外れの場所で敵騎士を解放した。
イエプト王国の人間に見つかると袋叩きされると思われたので、なるべく一目で、ラミルス帝国の人間だとわからないようにするために、鎧などは脱がさせた。
まぁ、無事に戻ってくれれば、それでよし、戻らないならば、仕方がない。
そもそも彼は、俺たちに情報を流した罪で、良くて罪人、最悪死人だ。
まあ、運良く、罪人で生き残ることができたらハッピーだろう。
「よし、全軍撤退。北部のブーリスまで戻るぞ」




