南へ
「これはひどい‥‥」
目前にある廃墟となった、焼け落ちた元王都を見て俺はひとりごちた。
連絡を受けてから一週間後、俺たちグリスラテス王国派遣軍三千は、イエプト王国救援に駆けつけた。
しかし、すでに勝敗は決した後であり、イエプト王国の騎士団十万は半壊し、散り散りとなり、今は、北部の一部の領土をかろうじて残しているという惨状だ。
北部の主要都市ブーリスが、イエプト王国の最後の砦、といった状況になっている。
この都市を現在、臨時の王都とし、反攻作戦を練っているらしい。
だが、俺がみたところ、きわめて指揮が低いのが気になる。
ここで、俺たちが関係者から集めた情報を分析すると、今の戦況が極めて悪いことを物語っていた。
イエプト王国の各領地はそれぞれ軍閥と化し、一部はラミルス帝国に対して中立を保ち、一部はラミルス帝国の傘下に入っている。
どこの軍閥も、ラミルス帝国に逆らった勢力は容赦なく叩き潰され、更地にされていた。
イエプト王国の中央に位置する王都コルトーも当然、すで更地にされている。
そして、俺たちは王都コルトーの現状を調査するために、手勢百を引きつれ偵察にきた。
廃墟の一部をバラックとして用いながら、住民の生き残りの一部は、まだ王都にとどまっている。
ちなみに、貴族や軍はすでに、北部に避難してしまっている。
今は、元王都周辺は力の空白地帯だ。
予想以上に、荒廃が激しいな。
道路上からは、さすがに死体はもう片付けられているが、道の端を見ると、そこには、腐乱した死体がいまだに放置されている。
普通、経済的な観点からすると、都市は占領するものであり、破壊するものではない。
それなのにこれだけの規模の破壊が起こったことを考えると、この戦はただの経済戦争ではない。
「ハノウス。見て」
顔をしかめながらシャーリーが指で指し示す。
俺は、その指し示された方向に顔を向けると、そのえぐい惨状に気が滅入る。
なんだってまた、ここまでのことをするかなー。
そこは、折れた尖塔の形からして、教会の跡地だと思われるが、その中央付近に、何かを積んで燃やした残りが放置されていた。
遠くからでもわかるのは、頭蓋骨がきれいに並べられていること、首がない遺体、その近くに、書物の燃えカスがあること、黒く変色している教会の遺物が転がっていることなど、だ。
この状況から推定すると、宗教弾圧に近いようなことが行われたことが強く示唆される。
うーむ、宗教がらみとなると、お互いに理性ではなく、感情にまかせて徹底的にやりあうか。
近くの生き残った住民に、食料を与えて話を聞くことができた。
住民によると、王都に残っていた人間たちは、最初は周囲の城門を閉じ、篭城戦を戦っていたものの、じょじょに、食料が尽きてきて、最終的には開門してしまったらしい。
そして、中に入ってきたラミルス帝国の兵士たちは、女子供にいたるまで、殺しつくし、見せしめにした。
最後には、多くの住民が教会に追い詰められ、首をはねられ、そして燃やされた、とのこと。
一部の住民は、館に隠れてそのときはなんとかやり過ごしたが、その後王都のあちらこちらに火がつけられ、そのときの火災でも、多くの住民が死んだらしい。
「徹底してますね」
ララが俺の目を見ながら厳しい表情をしている。
相手が、こちらを根絶やしにしようと戦っている宗教戦争であることは間違いないらしい。
この様子だと、攻撃を受けた地帯は、ほぼ残存勢力はないな。
「あ、これは実際に私が体験したことですが、ラミルス軍は魔法を使ったのです」
元兵士から、ラミルス軍が杖を持った邪術使いを使役している、という話を聞くこともできた。
ラミルス軍の兵隊は、奇妙な形の杖を構え、轟音を鳴り響かせる。
その轟音と同時に、自軍の周囲の兵士たちがみんな死に絶える、という恐ろしい出来事があったらしい。
それ以来、轟音が鳴るだけで、兵士たちは恐慌をきたし、逃げ惑うという事態に陥ったとのこと。
『赤竜杖』が実戦配備されているな。
俺は、その杖の情報について、元兵士に色々と根掘り葉掘り聞いてみたが、あまり有力な情報は引き出せなかった。
それでも、その杖を構えた魔法使いは、見た限り前方にいる数十名たちだけで、全員が持っているわけではないこと。
轟音が一度鳴った後は、魔法使いたちは、その杖をヤリとして扱ったことは間違いないらしい。
連射が聞かないのか、それとも、一発だけの使い捨てか。
または、戦術上の利点から、銃剣突撃をしたのか、これだけの情報だと判断ができない。
うーん。やっぱり、実物を一つ手に入れたいな。
俺がそんなことを考えていると、周囲に偵察に出ていたミリーが急いでこちらに向かってきているのが視界の端で捉えることができた。
「敵影発見。その数一個中隊三百」
ミリーが手短に報告する。
よし。情報収集の時間だ。




