過去から現実へ
‥‥と、そんな感じに、昔の出来事を思い出していた。
結局、あの後、演習はなし崩し的に終了してしまい、後日、各小隊長に恩賜の短剣が国王陛下から下賜されたが、学長経由だった。
陛下との謁見の名誉も、その年はパーになった。
その後、粛々と時は流れ、俺たちは卒業した。
卒業時に、俺にも中央騎士団からの誘い(師匠からだが)があったが、断って、大学に入学した。
シャーリーは、中央騎士団に配属され、二年ほど王都の警備をしていた。
俺が大学を卒業した後、東のランス王国との防衛戦、西のインデス王国との防衛戦に、領主として駆り出され、あれよあれよ、と今にいたる。
そういえば、ここ数年は、南のラミルス帝国の話題もあまり聞かない。
二年ほど前に先帝が病で亡くなって、跡目争いで内部がごたついているらしい。
おかげで、グリスラテス王国内でのラミルス帝国派は一掃され、今はもう影響力はない。
あと、ラミルス帝国とはイエプト王国という緩衝国家が間にあるおかげで、直接国境を接していないという幸運な関係だ。
ただ、イエプト王国の王妃は、グリスラテス国王の妹なので、何かあると、すぐに救援要請がくる間柄だ。
だが今、この瞬間は、平和な時期を満喫したい、という気持ちでいっぱいだ。
こう、次から次へと面倒ごとが続くと気がめいる。
俺が思考の迷路をぐるぐると徘徊し、片手で銀の短剣をいじくっていると、隣で整理整頓をしていたシャーリーが尋ねてきた。
「そういえば、その銀の短剣って、たしか、マスタングおじさんにもらったんだよね?免許皆伝証とか、なんとか言って」
「そういうことになっているな。でも本当は、今ならもう言えるけど、これは国王陛下からの賜り物なんだ。当時はさすがに、おおっぴらに国王暗殺計画がありました、無事に解決おめでとう!なんて言えないんで、師匠経由でこれをもらった。でもまぁ、短剣の根元にある彫り文字を読めば、ヘンドラッド国王からの下賜品だってわかっちゃうんだけどな」
「ふーん。ハノウスって、昔から色々と面倒ごとに巻き込まれてるよねー。損な性格だね」
面倒ごとをもってくる人間がよく言う。
まぁ、いい。
「さて、そろそろ片付けを辞めて、定期報告を聞くか」
「はーい。じゃあ、皆を呼んでくるね」
俺たちは、会議室に移動して、定例の報告会を開催した。
コーンリッツ領を治める重役たちが集まる会議で、定例会として、週一回、月一回、年一回の各会議がある。
本当に会議ばかりだな。。。
今日の会議は、週一回の定期報告会で、身内だけの参加だ。
「えー、今月のジャスタン商会からの売り上げは、計画をやや下回っており‥‥」
サスーンが手元の資料に目をやりながら直立不動で報告してくる。
俺も資料に目を通す。
うーむ。売り上げが伸び悩んでいるな。数値的には五パーセントほど下回っている。
なにがしかのてこ入れが必要か。
「領地からの税は計画通りです。支出については、初等学校を計画よりも一校多めに建設する予定ですので、市債の発行が必要かと」
新規の市債の発行はあまりやりたくないが、教育への支出は急務だしな。
なかなか、支出のバランスが難しい。
「領内での嘆願事項は書状に書いてある通りですが、最近は、領外からやってくる浪人風の人間が若干増加しており、注意すべきかと」
手元にある書状に目を通すと、新しい市場の開設に関する特許状の発行、病院の新規開設の嘆願、山賊の取り締まり、邪教徒の発見の報告等、領内各所から様々な要望が上がってくる。
さすがに、全部の懸案事項を一気には処理できないので、優先順位をつけて処理していく。
「近隣領主の戦士団との合同演習は無事に終了。東部方面騎士団として編成と補給は一段落し、一個旅団三千人規模で動かせる兵站体勢が整いました」
兵站担当のシャーリーが報告してくる。
俺に編成表を手渡してくれた。
目を通すと、一応、近隣領主たちを束ねた編成となっている。
でもまぁ、有事に、彼らが人をちゃんと出してくれるのかは心もとない。
「傭兵団とジャスタン商会警備隊との一体化作業も完了いたしました。今後は、ジャスタン商会警備部の国外部門として活動させていただきます」
ララが報告した。
前回のランス王国での活動の経験から、常備的に、国外での警備部隊の必要性を痛感したので、この機会に、ララに声をかけて、傘下に加わってもらった。
まぁ、元々一緒に行動していたので、今までとあまり大差はないのだが、一応、ジャスタン商会警備隊隊長として、一元的に今後は指揮してもらうことになった。
「治安警察の創設準備隊の編成が終わった‥‥」
ミリーがぼそっと報告してくる。
彼女には、平民出身の有能な人材を中心に、騎士団の兵士たちから治安警察の中核となる部隊の編成をお願いしておいた。
一時的には、騎士団の能力が下がると思われるが、領地の治安維持は急務だ。
先ほども報告があったように、最近は、浪人風の山賊等も出没している。
なにかの前触れでなければいいが。
「ここで報告すべきかは悩むけど、第五○一独立特別射撃分隊として、例のエルフの部隊は東部方面騎士団に組み込んでおいたんで。」
マクニー博士が報告をしてくる。
今は、射撃手と、技術部門を一括して、射撃分隊として、運用している。
この部門は今は秘密の部隊だが、じょじょに銃を大量生産していかないといけないかもしれない。
ラミルス帝国の事例もあるし、どこかの国が戦場に大量投入してくる、という可能性も考えていかないといけない。
「やれやれ面倒ごとが多すぎる」
「ん?どうしたのハノウス。おつかれ?」
「いや、そういうわけではないんだが」
俺は、机の上のブドウを一つまみして口の中に放り込む。甘酸っぱい。
そして、お茶を飲む。
そこで、扉がノックと同時に、伝令が飛び込んできた。
「報告します!イエプト国王からの至急の援助要請です!ラミルス帝国が北上を開始。南のイエプト王国内でクーデター騒ぎがあり、イエプト王国の一部はラミルス帝国に占領されました!」
ぶーっ。
口の中に入っていたお茶を全部噴出してしまった。
平和が、平和が、遠のいていく。。。




