御前試合
御前試合当日、俺は朝から緊張していた。
さすがに国王暗殺計画はつぶしたので、もう脅威はない、と頭ではわかっているが、なぜか嫌な予感がぬぐえない。
まだ何かある、と直感が告げている。
自然と、背後にいるランフィの方に目が行く。
やつも俺の方を見て、目と目が合う。
なぜかにっこりと笑われた。
うう。胃が痛い。
「ちょっと、ちょっと!ハノウス、なんであの子と目配せなんてしているのよ!あの子、男の子でしょ。変な趣味に目覚めちゃったの!」
シャーリーがなぜか横のほうから茶々を入れてくる。
変な噂を立てるのは止めてくれ。
俺にそんな趣味はない。
「あれ?シャーリーさん、僕とハノウス君との仲を嫉妬しているんですか?」
「むきー。そんなことありませーん。別に、あなたとハノウスがどんな関係だって気にしてないんだからね!」
そんなに大声で叫ばないでくれ。
周りの連中が変な噂をたてるだろ。
そんなこんなで、御前試合、王立士官学校第六十二回総合実技演習観閲式が始まった。
最初は、学長の訓示に始まり、全小隊参加の全体演習もつつがなく終わり、あとは、各小隊対抗の実技演習を残すのみとなった。
最初は、小隊長が変更となった第一(青)小隊と、俺が所属する第二(黒)小隊の一戦だ。
俺は、陛下を視認できる場所に、陣を組みたかったので、権威主義的な小隊長を丸め込むことにした。
「陛下が見ている前で、活躍するところを見せ付ければ、騎士団に入った後も何かと有利ですよ」
戦術を重視する分隊長たちには以下のようなことを話しておいた。
「ステージの付近は、小高い丘になっており、この付近に陣を組めば、相手の上手を取れて、戦場全体を俯瞰するのにちょうどいい。しかも、相手は山を登る方面へと攻め込まざるを得ないので、機動力をそぐことができる」
俺の思惑通り、陛下たちがいるステージに背を向けて陣を張ることに成功した。
「ハノウス君、君はなかなかペテンの才能があるね」
ランフィが茶々を入れてくる。お前、それほめてないだろ。
「いやいや、僕にとっては最大の賛辞なんだけどなー」
気を取り直して、周囲に目をやる。
特段、変わったところは見受けられない。
俺の勝手な思い過ごしか。
そんな風に、もやもやした気分でいるときに、第一(青)小隊が突撃してきた。
なんで、正面から堂々と突っ込んでくるのかなー。
俺としては呆れてしまう。
しかたなく、俺も、第四分隊の部下たちに指示を下す。
「相手の突撃線を逸らして側面から叩く。側面へ移動を開始するぞ」
俺は周囲の部下たちが側面方向に向かうのを殿として、見守る。
すると、俺の背後の方で、第三分隊が移動を開始したが、一人ランフィだけがその場でつったっている。
おもむろに、ランフィは、手元のヤリを水平に構え、ステージの方に向けた。
‥‥あの構えは射撃!?
俺はとっさに、馬の首の向きを変え、ランフィの方に向き直る。
ランフィは手元のヤリをなにやら操作をしている。まるでピアノの演奏のように細かな作業だ。
すると、一瞬の閃光とともに煙があがった。
俺は無我夢中で、手元のヤリを投げつけた。
俺がヤリを投げつけるのと相前後して、轟音が鳴り響いた。
ステージの方からも、同時に叫び声があがる。
ステージの方に目を向けると、陛下たちが座っていたステージの背後の石が崩落したらしく、大騒ぎになっている。
俺のヤリは幸運なことに、ランフィの構えたヤリにうまく命中したみたいだ。
そして、俺の周囲も、先ほどの轟音で、みんな右往左往している。
これでは演習どころではない。
ランフィの方に向き直ると、俺のほうをにらみつけている。ちょっと、顔も紅潮している。
いつものクールな仮面は脱ぎ捨て、本当に驚き、怒っているみたいだ。
「この『赤竜杖』の秘密すら知っているのか‥‥」
「『赤竜杖』?なんだそれは」
俺は正直に答えてしまう。
ランフィは、手元のヤリを少し持ち上げた。
「我が帝国の秘密兵器だ。まぁ、たしかに一介の学生である君が、これを事前に知っているわけはないか。とすると、君はそもそもこれが兵器だとわかったわけか」
「単なる幸運だ」
俺がそう答えると、ランフィはまた手元の赤竜杖を構える。
俺は、とっさに射線をはずそうと、相手の利き手の方向へ、斜め前方へと移動する。
ランフィは忍び笑いをすると、構えを解く。
「ふふふ。違うな。これを構えただけで、これが飛び道具だと直感できるような人間、いわんや、この兵器の特性を完全に理解できる人間はこの世にはいない。そうこの世にはいないんだよ。‥‥そうか、君は『外なる神』の眷属か!」
「『外なる神』?」
やばい、話についていけない。何かの電波でも受信しているのか。
「そう。『外なる神、銀の鍵、Yog-Sothoth』。全ての時間と全ての空間を支配している本物の神だ。君たちが信奉している、どこかのまがい物とちがってね」
そのセリフを聞いたら、教会の方々が黙っていないだろう。
「しかし、普通、異世界の魔人がこの世界に入り込むと、通常は発狂するんだけどな。あまりにも思考回路が異なりすぎて。その点、君は特異だね。非常に興味がわいた」
がしゃん。
ランフィが鎧のあちらこちらをいじくると、するすると鎧が脱げていく。
今は、通常の服になっている。
「さて、僕は、この辺でお暇させてもらうよ。本当は君を殺すことも任務だったんだけど、作戦は変更だ」
「ここから俺が逃がすと思うのか?」
俺は腰の剣を抜きながら、威嚇する。
「やってごらんよ!」
ランフィは叫ぶと同時にこちらに馬を走らせてきた。
俺は、タイミングを合わせて剣を凪ぐ。
胴をなぎ払う、というタイミングで、馬上で、ランフィが宙返りをした。
まじか!
俺はとっさに、剣をひねるが、服一枚切っただけで、手ごたえがない。
ちっ。
相手は、うまいこと、馬上に着地した。凄まじいバランス感覚だ。
と同時に、俺は、切れた服の合間から、ランフィの胸元に二つのふくらみがあるのを見てしまった。
「お前、女か!」
背後から声をかけると、こちらを振り返ったランフィがにっこりと笑って叫び返してきた。
「またね、ハノウス君!これも二人だけの秘密だからね!」
最初は一生懸命に追いかけたが、さすがに、重さが違うので、追いつけない。
しかも、あの身のこなし。
俺は追うのをあきらめた。
隣を見ると、次の演習を待っているはずのシャーリーの赤い鎧姿が目に入った。
「一体全体どうしたの?どこもかしこも蜂の巣をつついたような騒ぎよ」
「まぁ、なんだ。いろいろといいたいことはあるんだが、一言だけ。俺の作戦は成功した、と言っておこう」
顔にはてなマークを浮かべたシャーリーを背に、俺は馬首をめぐらした。
疲れた。もう帰る。




