傭兵集団『黒い水』
次の日。
午前中は、来月開催される御前試合の演習に費やされた。
演習では、当日の動きを模擬し、リハーサルが入念になされる。
砂ぼこりが口の中に入り、気持ち悪い。
俺は野外演習場での、騎兵の突撃訓練に明け暮れた。
訓練の合間に、演習当日、VIPが臨席するステージの位置関係を把握する。
演習場全体を眺めやすい小高い丘の上に、石造りの階段のような形のステージがしつらえており、このステージに、当日はお偉方が座ることになっている。
今、俺が、この場所から肉薄すれば、平面的な距離としては一分とかからない距離だ。
俺は馬から降り、歩きながら、ステージへと近づく。
ステージと、演習場との間には、大きな堀が横たわっており、そのまま馬上にて突撃するのは現実的ではない。
そして、飛び道具を使おうにも、数十メートル離れており、また、ステージの前には、木材で、ある程度の囲いが作られている。
この距離で、木材の囲いの隙間から、ターゲットに、正確に狙い撃ちするのは、かなりの熟練を要すると思われる。
しかも、演習場に飛び道具を持ち込むこともかなり難しく、さすがに、この場で暗殺未遂を起こすのは現実的ではないと感じる。
やはり、陛下の近くに肉薄できる、表彰時か。
どちらになるかがわからないので、両方に目配せして対策を練る必要がある。
可能性があるときには、常に、その可能性を捨てない。
めんどくさいが、頭の片隅に地形を叩き込んでおく。
「おやおや、田舎の騎士見習いどのは、そんなところで立ち往生かい。目障りだから、私の目の前から消えて欲しいのだが」
俺が思案しながら歩いていると、そんな尊大な声が背後からかかった。
振り返ると、クスハドがそこにいた。
薄い金髪で、見た目は貴公子然としているが、口調がいつも尊大だ。
今は、装飾を施した特製の甲冑を着こんで、馬上にてこちらを見下している。
しかも、周囲にとりまきを従えている。めんどくさい奴だ。
「お前の挑発は安っぽすぎる。もうちょっと脳みそを使え」
こいつと話すだけでも疲れるので、無視をする。
本当は、こいつに直接、事件当日はどうするつもりだ、と聞きたいところだが、今の時点で相手の勢力に感づかれるのも困る。
「貴様!調子に乗りやがって!」
いきなり、いきりたって、剣を鞘から抜くと威嚇し始めた。
おいおい、沸点低すぎだろ。
仕方なく、相手のほうに身体を向ける。
クスハドは無礼うちでもしたいのか、こちらにやおら、渾身の一撃を振り下ろしてきた。
俺は、その一振りにタイミングを合わせ、右足を引いて転身し、左側を相手に向けるような半身となり、相手の振り下ろした剣を避けると同時に、相手の振り下ろしたその腕を引っ張り、馬上から引きづり落とす。
ぐしゃっ
嫌な音がする。
バランス崩しながら剣を振るうなよな、と思いながら、自分が倒した相手を見下ろす。
クスハドが泡を吹いて倒れている。
そして、周りのとりまきたちがざわめく。
さすがに死んでいると寝覚めが悪いので、脈を取り、息をしていることを確認した。
単なる脳しんとうかなんかだろう。
「おい。お前たち、こいつを早いところ、医務室へ連れて行け。一応、こいつの名誉のために、自分から落馬したことにしておいてやれ」
俺は、とりまきたちに声をかけ、そのまま歩き出す。
後ろで、ざわついているが、目もくれない。
俺は、馬にまたがると、演習場全体を走ってみた。
戦場の地形を頭に叩き込む。
そうこうしていると、隣に赤い鎧を着込んだ人間がやってきた。シャーリーだ。
「ハノウス。お昼にしよ」
「あぁ、もうそんな時間か。わかった」
俺たちは、並んで、学舎の方に向かう。
「しかし、さっきのかっこよかったね。あれどうやってるの?」
「なんだ見てたのか。あんなのは簡単な手品さ。ちょいと、相手のバランスを崩してやっただけのさ」
「ふーん。ところで、今日はおじさまのところに行くの?」
「ん?爺さんのところか?昼を取ったら、また行かないとな。相談したいこともあるし」
「じゃ、じゃあ、私もまたついていってあげようかな。ハノウスが一緒に来て欲しいみたいだし。あと午後は休みだし」
今日は、午前中の演習が終わったら、休暇だ。
というか、なんで俺が一緒に来て欲しい、と断言できるんだよ。
まぁ、断る理由もないので、お昼を食べ終わると、そのまま爺さんのところに向かった。
「ふむ、なるほど、『赤竜亭』か。よかろう。荒事向きの者を紹介してやろう。きっと役に立つはずじゃ」
俺からの報告書を読んだ爺さんが、俺に助っ人を紹介してくれた。
なんでも、昔馴染みの歴戦の傭兵で、ヤリ働きだけでなく、こういった諜報活動にも長けている人物らしい。
俺は、その人物と接触するために、紹介されたギルドホールに向かうことになった。
ギルドホールは、三階建てのレンガのような石を積み立てた建物で、壁の周囲を彫像や彫刻できらびやかに飾られている。
俺とシャーリーは、ホールの裏口からはいり、紹介された部屋へと向かった。
「失礼します」
部屋の扉をノックし、中へと入ると、そこには人物が二名座って待っていた。
一人は、華奢な金髪の女性で、もう一人は、栗色の髪の女の子だ。
「ハノウス様でいらっしゃいますか。マスタング様からご紹介を受けております。私はララ、傭兵集団『黒い水』の代表させていただいております。あと、こちらはミリー、私の補佐官です」
「どうも」
傭兵集団の代表と名乗る金髪美女と、補佐官らしい子供が、そろって頭を下げている。
おいおい。どのあたりが荒事向きなんだよ。
いきなり、前途が怪しく思えてきた。




