王立士官学校
ランス王国でのいざこざから数ヶ月が過ぎ去り、グリスラテス王国では秋を感じる季節となった。
庭園の端のほうに作ってある果樹園では、今年もブドウやモモなどの果物が大量に成り、毎日のように食卓にのぼっている。うまい。
最近は平和な日々が続いているので割と時間がある。
良い機会でもあるので、俺は自分の執務室の整理をすることにした。
「あぁー、これ懐かしいー」
なぜか、シャーリーも一緒に整理をしてくれている。
人手があるのは、確かに助かるかもしれない。
シャーリーと俺とで、昔一緒に作った、木彫りの人形などを見て、懐かしがっている。ほほえましい。
「ん?これ、ベクルトからの手紙じゃない。捨てないと‥‥」
しばらくして飽きたのか、俺の机の引き出しをごそごそと漁っていたシャーリーが、奥のほうにしまってあった、俺が昔いただいた手紙などを取り出しては読んでいる。
だから、なんで俺のプライバシーを尊重してくれないんだ。
はー。
ため息をつきながら、ぼちぼちと手紙の整理をしていると、棚の奥から、金箔で飾られた羊皮紙製の王立士官
学校卒業証と、ある事件を解決した記念としていただいた銀製の短剣がでてきた。
懐かしいなー。
「あ、それ懐かしいー」
背後から肩越しにシャーリーが覗き込んできた。つーか、顔が近い。
短剣を見つめていると、昔のことを懐かしく思い出す‥‥。
‥‥それは、もう三年以上前のことだ。
俺が、十四の歳、王立士官学校の三回生として、学業に精を出していた頃にさかのぼる。
王立士官学校。
グリスラテス国でも有数のエリート校であり、その成績上位の卒業生は、中央騎士団での出世が約束されている。そんな騎士団との関係が深い、由緒ある学校だ。
ちなみに、士官学校の先生は、騎士団からの軍務教科担当の現役騎士の常勤の先生方と、大学からの自由教科担当の非常勤の先生方とで構成されている。
俺たち学生は三学年で構成され、定員は各学年百名ずつで総勢三百名となっている。
入学者の出自も様々で、貴族だけでなく、裕福な平民も混ざっている。
ただ、やっぱり、人数的には貴族に偏っており、ほとんどは下層貴族の次男坊以下が多い。
俺は、本当は、士官学校に入る予定ではなかったのだが、親父が死んだときに遺言で、親父と同じく士官学校に入るようにと指示され、仕方がなく入ることになった。
なので元々、面倒なことはしたくないという気持ちが強く、なるべく手を抜いて卒業したい、という後ろ向きな理由で学業に臨んでいる。
しかし、士官学校の授業はなかなかにハードで、毎年無事に学校を卒業できるのは定員の半分ほどの五十名程度であり気が抜けない。
学生たちは色々な理由で辞めていくが、三年目にして思うのは、やはり体力的にきついなー、ということ。
ちなみに、三学年になった俺たちは、定員百名のうち、もう六十名ほどになっている。
同じ釜の飯をもう二年間も食べている仲なので、なんとか、みんなで一緒に卒業したいものだ。
学校の校舎は、中央騎士団の駐屯地内にあり、昔の城砦をそのまま利用している石造りの古い建物で勉強している。
生活に関しては、学校が全寮制なので、敷地内に寮が四つあり、俺たちはそこに住み込みで暮らしている。
男子寮が三つ、女子寮が一つ。
それぞれの寮には、各学年が混成で住み込み、各寮の学生で一個学生小隊を構成している。
つまり、生活が即、軍隊生活、ということになっており、俺たちも騎士団の見習い、という位置づけだ。
あと、寮生活になじめず、人間関係が原因で辞めていく学生もかなりいる。
まぁ、それはそれで軍隊になじめない人種なので、辞めていくのは仕方がない。
「ハノウス。帰ろ」
「おう」
歴史の講義が終わり、寮に帰ろうとした俺に、シャーリーが声をかけてきた。
シャーリーは学校では、黒を基調とした女子制服を着ている。軍服と平服の間くらいの印象を受ける。
シャーリーは、女子寮にすんでいるので、俺の寮の近くだ。
途中までの道のりは一緒なので、だいたいいつも一緒に帰っている。
シャーリーは成績優秀なので女子寮の寮長もやっており、たまに、学生会の活動で忙しいときがある。
そういうときは俺一人で帰り、だいたい、自己鍛錬か、本を読みに近くの大学に行っている。
この世界でも、ある程度の本がそろっているが、やはり、非常に高価なので、学生の身分証で近所の大学の図書館に行って、大量の本を読めることが、士官学校に入った一番の特権な気がする。
「シャーリー様。われわれとご一緒に、お茶でもいかがでしょうか」
「あ、ごめんなさい。用事があるので、また今度ねー」
帰り際、シャーリーはいつも声をかけられている。
学生たちのお姫様だ。
声をかける彼らは、いいとこの坊ちゃんたちで、シャーリーに気がある連中だが、まったく無視されている。
かわいそうに。
シャーリーも付き合いを広げて、ああいった連中とのコミュニケーションを学べばいいのに。
「え?だって時間の無駄じゃない」
俺と毎日帰って、ただだべるのも時間の無駄かも知れないが。
そんな日々が続いていたが、ある戦闘教練の時間、俺はいつものように手を抜いて実技を行っていた。
まじめにやると、一時間ほど無駄な時間を過ごすことになるので、とっとと暇時間を作るためによくやる戦術だ。
スパーリングの相手が、渾身の一撃を振り下ろすとき、その一撃に合わせて、後ろに跳び退る。
そうすると、まるで相手の攻撃で吹き飛ばされたように見えて、休んでよいことになり、早めに寮に帰れる。
「よし。ジャスタン。お前は帰っていいぞ」
先生からの許可が出たので、そそくさと帰ろうとする。
すると、先生の後ろのほうからやってきた初老の老人に声をかけられた。
「すまんが、ちょっと貴様に用事がある。顔をかせ」
見たことがない老人であったので、先生の方を向くと、やけにかしこまっている。
はー。
仕方がなく、ついていくことにした。




