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決戦、スレイマー皇太子軍

次の日の早朝。

空は、どんよりとした雲が覆っているものの、雨は降っていない。

薄暗い中、ガスカー公も進軍を開始し、中央と、右翼に展開を始めている。


平原の向こうには、ちらほらとスレイマー皇太子の軍がこちらに向けて隊形を整えてきている。

進軍の動向については、間者の報告によりだいたい掴んでいたので、タイミングは問題ない。


こちらは、深夜からの築城により、陣地構築は完了している。

簡単な堀をつくり、土嚢を積み上げ、木材により一時的な砦を構築した。

そこに簡素ながら銃眼を設けて、相手を銃や弓にて狙えるようにしてある。

後方には、いつもの投擲兵器もしつらえており、戦闘準備は完了した。


「報告します。東部騎士団第一○一から一○三小隊、および、警備部隊第一から第三小隊準備が完了いたしました」


敬礼とともに、シャーリーが報告をしてくる。

シャーリーは、今は全身鎧に身を包み、腰に帯剣をしている。


「築城および、部隊の展開が終了しております。いつでもやれますよ」


ララもミリーを引き連れて報告に来た。

ララは今は、長弓を装備しており、ミリーも全身鎧を着込んで、自分の背丈の倍以上のぶっとい大ヤリを担いでいる。


「よし、時計あわせ0545。伝令!ガスカー公へと連絡。こちらはあと十五分ほどで行動を開始すると伝えろ!」


両軍が、戦闘陣形を整えると同時に、相手軍がこちらに向けて進軍を開始した。

俺たち左翼の前面には、敵右翼軍が展開している。

昨日の情報が正しければ、騎兵と歩兵、弓兵の混合部隊二個大隊二千名だ。

こちらとは倍の戦力差だ。


そうこうすると、前面の騎兵隊が一斉に突撃してきた。


かなり訓練された動きだ。精鋭だな。


「各員、第一目標線まで相手をよくひきつけろ。任務第一小隊が射撃を開始したら、弓兵部隊と投擲部隊が射撃せよ」


敵兵がこちらの五十メートルラインまで全速力で近づいてくる。


「よし、撃て!」


「はいよ!」


マクニー博士たち臨時の任務小隊は、射撃をいっせいに開始。

凄まじい轟音だ。

そして、敵騎兵部隊の前衛が、横一列全員落馬する。

驚くべき命中精度だ。

弓の場合、一斉射撃したところで、落馬率はせいぜい七パーセント程度だといわれているので、その差は一目瞭然。


その後、落馬した兵士に足を取られて、後方からのほとんどの騎兵の動きが止まる。


「弓兵部隊、投擲部隊、斉射!」


右往左往している騎兵部隊に対して、弓兵部隊が矢を雨のように降らせ、投擲部隊が油壺を大量に浴びせる。

そして、第二射にて火矢を放つと、そこには阿鼻叫喚の地獄が発生した。


次々と後方に離脱していく騎兵に続いて、敵歩兵が進んできたので相手軍の混乱は拍車がかかっている。


「任務第一小隊は第二目標線内の指揮官を二人一組で、狙い撃ちにしていけ」


指揮官だけをピンポイントで狙撃することを命令する。

俺とマクニー博士も狙撃を開始する。


スコープにて狙った相手の身体に向けて引き金を引くと、面白いようにあたる。


「にひひ。我ながら天才的な発明だねー」


マクニー博士が一人ご満悦な顔をしている。マッドサイエンティストめ。


指揮官を失い、敵軍は、全員闇雲に突撃してくるか、全員離脱するか、といった具合に、もはや、組織的な抵抗はできていない。

そして、こちらも間髪いれずに、歩兵隊を正面から、騎兵隊を側面から突撃させ、敵歩兵を壊滅させた。


逃げ行く敵右翼軍に対して、こちらは容赦なく追撃をかける。


「敵兵を一匹足りとも逃がさないという気持ちで殺れ!恐怖を刻み込め!」


俺も、槍を持ち、騎兵として突撃しながら叫ぶ。

隣を併走するミリーがヤリを繰り出しながら敵兵を次々に屠っていく。


「よし。全軍、隊列を整えよ!ミリーは騎兵隊の指揮を、シャーリーは、歩兵隊の指揮を頼む」


敵の右翼軍を徹底的に叩いたところで、隊列を整える。

俺は、本部に戻り、任務小隊に対して新たな命令を下す。


「騎兵隊と歩兵隊が敵中央に対して突撃するタイミングで、側面援護」


弓兵部隊と任務小隊は側面から、射撃を開始して突撃の援護を行う。


相手軍もこちらの包囲攻撃を回避しようと、予備兵を繰り出してくる。

そして、俺は、予備兵を指揮している人間が、スレイマー皇太子であることを確認した。

隣で、一心不乱に狙撃しているマクニー博士に耳打ちする。


「この距離ならばぎりぎり皇太子を狙撃できる。ただ、命令を下している騎士のどちらが皇太子かがわからんので、同時に狙撃したい。手伝ってくれ」


「はいよ」


俺たちは、二百メートルの距離で、予備兵を指揮していると思われる二人の騎士をそれぞれ狙い打ちにする。


「肩口を狙え。殺すな!」


戦場での周囲の声が大きいので、つい自分の声も大きくなってしまう。


「ん?まぁ、いいや。りょーかい」


全身をリラックスさせ、呼吸を止め、射撃する。命中。

騎士が落馬するのを、スコープ越しに確認すると、相手軍の隊形がじょじょに崩れ始めて、なし崩し的に戦線が崩壊していった。


「もう、深追いしなくていい。あとはガスカー公に任せよう。任務小隊は急いで撤収。ガスカー公に存在を悟らせるな。」


「にひひ。はいよ。こっちは先に領地に帰っているよ」


にやにや笑いながらマクニー博士が狙撃銃を分解していく。

合わせて、任務小隊の人間たちも銃をばらしていく。

任務小隊の各員は、鎧も脱いで平服になったところで整列をした。

と、そこで気づいたのだが、任務小隊の全員は、その耳が全員長く、少女といっても良い年齢の女の子たちであった。


「おい、博士」


「あ?なに?」


「こいつらって」


「あぁ、狙撃に適正があって、器用で、敏捷性がある、という兵隊を探していたら、彼女たちが一番適任だった、というだけだよ」


エルフの弓兵部隊ならぬ、エルフの銃撃部隊か。ファンタジーの世界としてもシュールだな。

‥‥まぁ、いい。


「よし。他の部隊は、けが人の手当てを最優先。敵兵の捕虜やけが人に対しては、ガスカー公に対処をお願いいしろ。あと、手があまっている人間は、砦を破壊しておけ」


後片付けの準備を指示し、俺自身は、副官のシャーリーと、傭兵隊長のララ。それと護衛としてミリーを引き連れて、ガスカー公の本陣に向かった。


「ガスカー公。大勝利おめでとうございます」


「いや。貴君の働きがあればこそだ‥‥」


愕然とした顔で、ガスカー公がこちらを見ている。

むしろ、恐れを抱いている、といっても過言ではない。


「これも一重にガスカー公の威光の賜物。今回の勝利は全てガスカー公の戦略の勝利です。よろしいですね」


実際はどうあれ、あくまでも、ガスカー公がスレイマー皇太子を打ち破った、ということにしてもらう。

そうでないと、あとあと色々と面倒だ。


「スレイマー皇太子は、多分、死んではいないでしょうが、求心力は相当に落ちたと思われますので、同盟者として、ガスカー公にはもう一働きしていただかなければなりません」


笑顔でお願いする。


「では、われわれは、これにて撤退させていただきます。あとはお任せします」


「あ、うむ。承知した」


ガスカー公としても、これ以上俺が、ランス王国内に駐屯することは望まないと思われるので、早々と撤退することを決定した。謀殺されても嫌だしな。


ガスカー公の天幕から離れ、馬上にて、シャーリーたちと並んで自軍陣地へと向かう。


「お疲れ、ハノウス」


シャーリーから水筒をもらい、一息つく。やはり交渉ごとは面倒くさい。


「もう終わり?」


ミリーがつっけんどんに聞いてくる。暴れたりないのだろうか。


「これ以上の戦いは、無用にランス王国内に俺たちへの憎悪を増やすだけだからな。俺たちに逆らうとどうなるかということは、だいぶ刻み込んでやったので、しばらくは安全だろ」


「そういえば、ハノウス様は、スレイマー皇太子射撃するときに『殺すな』と叫んでいたような」


ララが突っ込んでくる。聞いていたのか。


「あぁ、あれか。いや単にここで、スレイマー皇太子を殺すと、ガスカー公への権力集中が想定よりも早く進んでしまうな、と思って」


分割し、統治せよ。有名な格言だ。

ライバルの国家には、様々な集団が、お互いに反目しあってくれていたほうが助かるので、戦略的に助けただけだ。それ以上の理由はない。


「よし。俺たちも家に帰ろう。疲れた」


心の底から、そう思った。

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