合同作戦本部にて
「はい。これにサインをお願いね」
てきぱきとシャーリーが目の前に書類を積み重ねていく。
「あ、手前どもの油ですが、坪にて積んでありますので、お気をつけください。」
「すみません。あ、頼まれていた木材と、麻袋ですが、荷車ごと置いておきますので、こちらにサインをお願いします」
地元の商人なども入れ替わり立ち代り入ってきて、てんやわんやだ。
公会議が終わり、所用が残っているベクルトと別れ、俺は王弟ガスカー公の屋敷に向かった。
まもなく夕方になろうという時刻、ガスカー公爵の屋敷の一角に場所を借りて、俺たちの軍の作戦会議室として使わせてもらっている。
さすがに、ことここにいたって、商都での自分の借家とガスカー公の屋敷との間を行き来するだけでも手間がかかり始めたので、ここを合同作戦本部とした。
配下の兵たちとともに、戦場となる平原の地形を頭に叩き込みながら、陣地構築に頭を悩ませる。
目下の心配事は雨が降りそうなことだ。火薬は雨に弱いので、天気が決戦までもってくれれば良いが。
「ハノウスさま。私の兵は準備が整いました」
ララがなめした皮の鎧をぴっちりと着こなし、扉からこちらをのぞきこんでいる。
つーか、その鎧、胸のラインがはっきりして良いと思います。はい。
‥‥横から強烈な視線を感じる。怖いのでなるべくそちらは見ないようにする。
「ごほん。あー、じゃあ、すまないが、ミリーとともに、先遣隊として、陣地構築の指揮を執ってくれ」
陣地構築をまとめた作戦指令書を手渡す。ちなみに我が軍の上級将校は皆読み書きができる。
というか、読み書きを必須としているので、できない奴は我が軍では将校になれない。
「承知いたしました。ところで、ぶしつけな質問で申し訳ないのですが、先ほどからマクニー様がなにやら鉄のパイプをいじっておられるご様子。あれはいったいなんでございます?」
部屋の隅で鼻歌を歌いながら、銃の手入れをしている博士を見ながら、心底不思議そうにララが首をかしげている。
「あー、あれは今のところ企業秘密だ。ただ、まぁ、石弓の強化版だと思ってくれ」
「あの筒から弓でも出すのでしょうか。面白い形をしておりますね」
ララが首をひねりながら出て行く。
ミリーもこちらに一礼すると、ララを急いで追いかけていった。
意外なことに、ララとミリーは、割と馬が合うらしい。
俺も、書類とにらめっこをしなければならなかったが、しばらく書類仕事をしていると、扉がノックされ、ベクルトが入ってきた。
ベクルトは、あの後色々と大変だったのだろうか、ストレートだった黒い髪の毛があちらこちらにとび跳ねていて、顔にも疲労の色がありありと見える。
「あ、ハノウス。やっと見つけた‥‥」
部屋に入ってくるなり、どさっとソファにもたれかかる。
さすがに見かねたシャーリーが紅茶を煎れて、ベクルトをもてなす。
「あんた。そろそろ休みなさいよ。身体壊すわよ」
「わかっているわ。でも、その前に、これを渡さないと」
ベクルトがふところをごそごそとすると、一枚の羊皮紙を取り出した。
「ん?あ?」
俺は、ベクルトが胸の辺りをもぞもぞするときにちらっと見えた、その白い柔肌に視線が釘付けになっていたので、反応が一歩遅れてしまった。
「最低」
シャーリーの容赦の無いけりをすねにくらってしまった。死ぬほど痛い。
「あ、ありがとう。で、これはなんだ?」
「私の側近が、誰かからもらったらしいの。ただ、その誰かについては口を割らないのよ。ただ、ジャスタン将軍にお渡しください、って」
何かの罠かもしれないが、俺としては、心当たりがあった。
多分。やつの情報だろう。
羊皮紙を開いて中を読む。スレイマー皇太子の軍の戦闘序列だ。
そして、その戦術や指揮系統も書いてある。注意深く読み込んでみると俺やガスカー公がスパイ活動により調査していたデータと一部重なる。
本物だ。
こんな、敵軍の戦略的情報を仕入れることができるのはよっぽど高位の者だ。
その高位の者が皇太子を裏切ったのだ。
まぁ、だいたい誰かはわかるけども。
よし。これで、こちらの準備はほぼ整った。
あとは、戦場での偶発性に備えれば、この戦は勝利だ。
「伝令。ガスカー公に連絡。我が軍は深夜に陣地を構築し、明朝六時に、スレイマー軍に対して宣戦布告をする、と!」




