第三の派閥
ごーん、ごーん。
お昼時の街中に、壮大な鐘が鳴り響く。
商業都市グリモワの中心部。ひときわ巨大な石造りの建物、グリモワ大聖堂にて公会議は行われる。
大聖堂は、中央から見ると長大な尖塔のようにとがって見えるが、横から見るとなだらかに広がった巨大な複合施設であることがわかる。
建物の外壁には豪奢な彫刻が彫られ、周囲は銅像で飾られている。
中庭の庭園も立派なつくりだ。
教会の富と、その富を支える商業都市の威信をこれでもかと主張している。
「あー、うちの領地の教会は、これと比較すると質素だよなー」
「近隣諸国の教会でも、これと比類できるようなものはないわよ。ここは特別。それだけ商人たちが裕福で、寄進をしているのよ」
ベクルトが補足してくる。
やはり、昔から続いている富の蓄積は馬鹿にならん。
商人として、新興勢力の立場である俺としては、ちょっと嫉妬してしまう。
公会議への出席は、俺とベクルトの二人だけだ。
枢機卿のお供のものは、一人だけ、と決まっているので、シャーリーたちには、部隊とともに待機してもらっている。
最悪の場合、俺とベクルトだけ連れて逃げるつもりだ。
教会の入り口から中に入ると、礼拝の場が広がっている。
天井は高く、天使が飛び交う絵柄が描かれている。
やっぱり、宗教はエンターテイメントだよな。
罰当たりなことを思いつつ、周囲に目を凝らすと、多くの者が祈っている。
礼拝場を抜けて、奥の回廊を歩いていくと、大会議場に到着した。
大会議場は、すり鉢状になった半円形の広間で、中央の壁際が底になっており、その底を囲うように、席が何段にもわたってしつらえている。
席の数だけみても数百を数える。かなり大きな会議室だ。
そして、底の部分には、一段高くなった演台が設けられている。
「俺たちはどのあたりに座るんだ?」
横を歩いているベクルトに話しかける。
「私たち信仰派はだいたい右側の席ね。教皇派は、中央から左にかけて座るの」
最初から、勢力的には劣勢なんだな。
それでも、五分五分というからには、教皇派はかなり穏健派が多いんだろうな。
「今回の公会議での投票権を有する枢機卿は百名。議長が一票持っているので、棄権を除いた有効票が同数でも負け。今のところ、信仰派で四十票を固めて、教皇派では、二十票が棄権を表面してくれたわ。残りは議長を含めて四十票なので、ぎりぎり否決できるはずよ」
なかなかに綱渡りだ。
投票順番としては、グリスラテス国の投票順位は最後なので、ベクルトの次に、ラカスル枢機卿が投票する。
ラカスル枢機卿は教皇派の中でも別格らしい。
枢機卿たちが補佐の者を伴いながら、続々と入室してくる。
ラカスル枢機卿も入ってきた。近くの枢機卿たちと楽しそうに歓談している。なかなかに人望があるらしい。
俺と目があうと、にやりと笑ってきた。仲間にしないで。
隣を見ると、ベクルトが俺の服のすそをぎゅっと掴みながら、枢機卿から目を逸らし、極力顔を見ないようにしている。
いじらしい。
ざわついていた会議室であったが、議長が入ってきた段階で、潮が引くように静かになっていく。
そして、議長が着席し、ついに、運命の公会議が始まった。
会議は、信仰派の教義は異端であるか否かという問いに対し、異端であるは「赤」、異端ではないは「青」、そして、棄権は「白」のプレートを壇上にて掲げることで投票することになっている。
秘密投票制度など、どこの国の話だ、という感じだ。
投票が始まり、一人一人枢機卿が壇上にあがり、票を表明していく。
隣で、ベクルトが、「あっ」とか、「えっ」とか、目を白黒させている。
どうやら、信仰派も教皇派もともに、当初の想定よりも棄権が多いみたいだ。
ベクルトの番が来た段階で、青が三十一票、赤も三十一票、白が三十五票だ。
ベクルトの顔を覗き込むと真っ青になっている。
無理もない。
死人のようにふらふらと壇上に上がり、青を表明する。
これで、一票差だ。
そして、ふらふらとベクルトが戻ってくるのと入れ違いに、ラカスル枢機卿が胸を張りながら壇上に上がっていく。
壇上のラカスル枢機卿と目が合う。
ラカスル枢機卿は一つ頷くと、票を掲げるのではなく突然、演説を始めた。
「私は、今回の公会議そのものの位置づけについて、今まで熟慮して参りました。私の考えでは、教皇派、信仰派などといった派閥に分かれていることが、そもそも神を冒涜しているものだと考えております。われわれ教会は一つの家、すなわち融和を第一に考えるべきなのです。神の愛の前では全て平等。教皇派、信仰派などといったラベル付けは、そもそも間違っているのです。私は、異端であるとか、異端ではない、などといった矮小な次元で投票をはじめた公会議について、弾劾するものです!」
そして、投票をすることもなく、壇上から降りていく。
すると、周りで棄権をしていた枢機卿たちが立ち上がり拍手を始める。
それにつられて、信仰派と教皇派の枢機卿たちも拍手を始めた。
ラカスル枢機卿はそれら拍手に対して、片手を上げて、笑顔を浮かべながら歓声に応えている。
そうか。最初からこれが目的だったのか。
教皇派の中でも、自分に忠実な派閥を作ると同時に、信仰派からも一部の枢機卿を引き抜く。
そして、教会の中でもっとも巨大な派閥を作る。
策士だな。
昨日の密約がなくても、結局、今回の公会議は否決するつもりだったのか。
「たぬきめ‥‥」
海千山千の政治家というものは、本当にヌエのようなものだと改めて理解した。
しかし、結局のところ、公会議の結果、異端の疑いは否決はされたので俺たちの目的は達成された。
次は、戦場での槍働きだ。




