王弟との作戦会議
朝食を終え、ララと博士を引き連れて、ガスカー公爵の館を訪ねる。
館は、木造建ての立派な館で、黒々とする柱が威容を誇っている。
会議室に通され、しばらく、お茶を飲んでいると、主人が扉を開いて中に入ってきた。
直立して挨拶をする。
「お初にお目にかかります。ガスカー殿下。私はグリスラテス王国中央騎士団副団長、公爵ハノウス・ジャスタンです」
「堅苦しい挨拶は抜きでいこう、ジャスタン殿。こうして、若き英雄殿にお会いできて光栄だよ」
気軽に握手を求めてきた。
年のころは、四十過ぎ。よく鍛えられた立派な体躯をしている偉丈夫だ。
なかなかにハンサムな顔立ちに、立派な口ひげ(カイザーひげっぽい)を蓄えている。
「私の甥っ子の無鉄砲ぶりのせいで、貴君にも迷惑をかけていることに、私が非常に心を痛めていることを理解して欲しい」
ランス王国の内輪もめの原因は皇太子のせいであり、王位の正統は自分にある、と言いたいのだろう。
「存じ上げております。その謀略の一環として、教皇猊下の御威光を利用することは、さすがに是認できないと考え、信教の守護者、ガスカー殿下にお力添えをしたいと思い、こうして、はせ参じた次第にございます」
お互いに美辞麗句を連ねて、おべっか合戦。
あいさつの基本である。こうして、しばし歓談した後、本題に入っていく。
「ところで殿下。スレイマー皇太子の軍の動きはいかがでしょうか」
相手軍の状況を聞いておく。
やはり、ランス王国内の状況は、当事者が一番良くわかっており、調べているはずだ。
「うむ。奴らは、ここ商業都市グリモワの周囲に、二個旅団六千名ほどの軍勢を集めている。表向きは合同演習、ということになっているが、今回の公会議の結果如何を問わず軍事力を行使するだろう」
「公会議で教皇派が敗れることがあっても、ですね」
「左様。教皇派が勝てば逆賊を討つために兵を挙げ、信仰派が勝ったとしても、グリスラテス国の陰謀を打ち砕くという名目で兵を挙げる」
「それってつまり‥‥」
「うむ。余と貴公とが同盟を組んだ、ということ自体を自派の結束に使っているのだよ」
まぁ、俺自体はこの国の中では、前国王を討った『戦犯』なので、前国王の敵討ちと言われると、それはそれでこの国の中では大儀があるのだろうな、と。
「それならば、私が早々に撤退をすればよろしいのでしょうか?」
まったく撤退などする気はないが、一応、ガスカー公の意思を確認しておく。
「無用な気遣いだな。奴らはすでに、この同盟を結んだこと自体を利用している。すでに貴君と余とは一蓮托生の関係だよ。まぁ、元々、余も一戦やりたかったところでもあるし、こちらも公会議を利用して私利私欲のために兵を挙げた皇太子を討伐する、という名目で戦える。さらに余には、今回、貴君という最大の武器がおるしな。期待しておるぞ」
俺の武力を当てにして軍事同盟を結んでいるんだな。わかっていたが。
とりあえず、会談の結果得られた情報として、相手国との会戦は、近場の平原になりそうなこと、こちらの兵力としては、ガスカー公の一個旅団三千名と、俺の一個大隊千名とで対応することが確認された。
おおむね、事前に調べた情報と一致していたので現状認識に問題はなさそうだ。
今回の作戦では、俺が指揮する大隊の編成は、東部方面騎士団一個中隊、ジャスタン商会から募った志願兵部隊一個中隊、そしてララの傭兵隊一個中隊、それと、俺直属の特別任務小隊となっている。
戦術面での責任分担の協議の結果、俺たちの任務管轄は左翼となった。
中央と右翼、それと予備兵は、ガスカー公が担当する。
まぁ、各方面にて、各々独立して作戦をしようということだ。
一つの指揮下ではない以上、分担面が被ると、調整が面倒だから、現実的な案だ。
同じ軍じゃないので、そこは仕方がない。
「公会議が終わってから、相手軍が進軍を開始すると予測されますが、先にこちらから奇襲をしかける、という戦略もありますが?」
一応、こちらから先にアクションをかけて、気勢を制すという案も紹介しておく。
俺がよく利用する戦術だ。戦術の基本は先手必勝。イニシアティブを自分が取ることが、もっとも軍事作戦では重要である。
「有効であることは認めるが、余としては、今回の戦は防衛戦としたい。特に貴君と行動を共にするからにはな」
まぁ、異国軍と組んで、先に攻撃を仕掛けた場合の国内心理を考えると、ランス王国内での人気度にも直結する可能性もあるので、政治的に戦略が狭まってしまうのは仕方がないことだ。
「承知しました。ところで、公会議にはガスカー公は出席なされるのですか?」
「いや。これから、麾下の部隊を召集しておかなければならないのでな。各所への書証を書かねばならん。では、公会議が終了したらまた落ち合おう」
ガスカー公が足早に部屋をでていく。忙しそうだ。
こちらも忙しくなりそうで、自然と笑顔が浮かんでくる。
「ハノウスさま、どうされたんですか。笑顔など浮かべて」
紅茶を飲みながら、ララが不思議そうに首をかしげている。
「いや。なに。パーティが始まりそうだからな」
「にひひ。こいつはちょっとあたしと同じでネジが緩んでいるんだよ」
ししし。と嫌な笑い声を上げるマクニー博士。
ひとにらみしてから、二人に告げる。
「公会議が終わり次第、作戦開始だ。ララは、俺の部下たちと、ジャスタン商会との間で調整を開始してくれ。マクニー博士は、任務小隊の準備を頼む。多分、戦闘は、明日の朝に両軍が平原に展開した後になる。ただ、夜襲の可能性がゼロでもないので、そこも考慮にいれて準備をしてくれ」
「はい。わかりました」
「りょーかい」
みんな、立ち上がって、それぞれの持ち場に散っていく。
「戦後も考えておかないとな」
俺は誰にも聞こえない小さな声で一人ごちる。
戦術で勝つのは当然だが、戦略として、その次を常に考えておかないといけない。