静かな朝ごはん
翌朝、みんなで今日の作戦会議と称して、朝食をともにする。
外の天気はやや曇り。今後を暗示しているようで、やや気が重い。
今日の朝ごはんは、羊肉のバターソテーと、セロリのクリームスープだ。あと、シャーリーお手製のカラメルプリンもデザートとして用意されている。おいしそうだ。
右隣に座っているシャーリーの、さらに隣のミリーの席の前には、いつもどおり、追加のハム、チーズが載ったお皿や、ベリー、りんごなどのお皿が大量に並んでいる。お前いつも食いすぎだろ。
俺の左隣に座っているベクルトは、昨日あったことが嘘のように落ち着き払って食事をしている。
食事がある程度進み、頃合を見計らい話しかける。
「午後の公会議の票読みは?」
「こちらの作戦通り、一票差で提案が否決される予定だ。ここまで手伝ってもらって非常に感謝しているよ、ハノウス」
こちらを見てにっこりと笑うベクルト。
「そうか。それならば心配はないな」
昨日の枢機卿との密約の内容は、いまだに語っていない。
策が不要になれば、それはそれで問題がないしな。
余計なことは言わないに限る。沈黙は金なのだ。
「ところで前から聞きたかったんだが、なぜベクルトは信仰派になったんだ?教皇派ではなく?」
本来の主要派閥である教皇派での方が、将来を考えれば安泰だったはずなのに。
あえて、なぜ、反主流派に属してしまったのか。
そこが疑問だったので聞いたみた。
「あぁ。非常に簡単なことだよ。ある教会法の条文を変えたかったんだ」
条文?なんだ?
俺も一応、一通り教会法は学んでいるので、条文でいくつも教義が割れているところがあるのは知っている。
だが、どの条文を変えたいのか、正直見当がつかない。
「ふーん。てっきり俺は、女性が活躍できるのが反主流派だから、とかいう理由だと思っていたよ」
「まぁ、たしかに、その点は否定できないね。もし私が教皇派に属していたら、出世がもっと遅れていたのは確かだろうね」
なるほど。
その後、どの条文なのかをベクルトに聞いてみたが、うまく答えをはぐらかされた。
まぁ、良いだろう。
そして、反対側の隣に座っているシャーリーとミリーに話しかける。
「俺は、これから、ララと博士を連れて、ランス王国のガスカー公にお会いしてくる。」
「王弟と?軍事同盟の話でもするの?」
「護衛が必要」
それぞれが口をはさんでくるが聞き流す。
「お前たちはベクルトの補佐と護衛をしてくれ。何かあったら俺への連絡も怠るなよ」
「う、うーん」
「‥‥」
シャーリーが難しい顔をし、ミリーはちょっと口を曲げている。
まぁ、頼むよ。
「といわけで、ララと博士は俺と一緒にこれからでかけてもらうが大丈夫か?」
俺の正面で、いつもどおり優雅に紅茶を飲んでいたララが視線をこちらに向けた。
「はい。私は問題ありません。それに、ちょっとスレイマー皇太子の動きが気になります。皇太子派の各貴族に対して、軍事教練と称して、最近、兵隊を集めております」
うちと同じ動きだな。間違いなく開戦準備だ。
ララの隣で、牛乳に何かの豆を入れた特製飲料を飲みながら、ずっと読書をしている博士もこちらに顔を向けてにんまりと笑う。
「にひひ。頼まれていた狙撃大砲は、すでに十丁運用可能だよ。百メートルの距離ならば射手もそろってる」
通常の弓兵ならば、百メートルの距離は、まず当たらない距離だが、その距離で精密射撃ができるのはかなり大きいアドバンテージだ。
それに、俺とマクニー博士ならば、二百メートルの距離を当てられる。
後方にて指揮を取っている高級将校のみを狙い撃ちにして、敵の命令系統を破壊する作戦だ。
「じゃあ、お客さんの準備もそろってきたところだし。こちらも、そろそろアップを始めないとな。ガスカー公爵とは、政治の話ではなく、軍事の話をすることになりそうだ」
俺も気合が入ってきた。
普段、仕事など面倒なことはしたくはないと思っている俺だが、仕事が嫌いなわけではない。
いわんや、戦術を考案したりする、クリエイティブな作業は実は好きだったりする。
単に、根回しなどの地味な作業が嫌いなだけだが、これをやらないと話が進まない。
世の中はなかなかに思い通りにはいかないものなのである。