教皇派と信仰派
「教皇派の枢機卿が、教会騎士団を引き連れて公会議に出席する模様です」
あの後、ベクルトの話の裏を取るため、サスーンに頼み、教会の勢力図について調べてもらった。
教会内は、従来から、大きく二派に分かれている。
教皇が一元的に教えを導くべきとする『教皇派』と、内心の信仰をそれぞれの信徒がもっとも重視すべきで、教皇による中央集権は好ましくないとする『信仰派』だ。
ベクルトは、このうち信仰派のエースと目されている。
そんなベクルトが教会騎士団ではなく、俺と行動を共にしたいということは内紛が激化している、と見るべきだ。
要は、教会内の勢力争いに無理やり巻き込まれた感じだな。
このまま公会議に出席すると、普通に考えれば、お互いの主張は平行線だろう。
平和裏に会議が進めば良いが、内紛のあおりを受けて、主要派閥である教皇派が、信仰派に対して異端認定をするようなことになれば、運がよくて教皇派への忠誠を誓うことで命は助かるが、そうでなければ血の雨が降ることは間違いない。
あと、信仰派のエースという座、すなわち彼女の出世もそこまでになってしまう、ということだ。
彼女は、それを見越して、教皇派を牽制するために、俺を連れて行くのかもしれない。
巻き込まれた俺としてはたまったものではないが。
「サスーンは引き続き、教会内の動きを見張ってくれ。あと、ララ。各国の動きはどうなっている?」
傭兵隊長のララは、いつもどおりマイペースに優雅に紅茶を飲んでいる。
今は、ゆったりとした緑色のローブを纏い、金色の長髪が豊満な真っ白な胸元まで垂れている。
つい、その魅惑的な白い絹のような肌に目が向いてしまう。
切れ長の目と、ほっそりとした鼻筋。
その髪の毛から左右にはみ出している、とがった長い耳がエルフの一族であることを物語っている。
「はい。東のランス王国内では、いまだに王の跡目について貴族内でもめている状況です。主な派閥としては、王弟派と皇太子派があり、それぞれ信仰派と教皇派と結びついて、内部で先鋭化している模様です」
「そうすると、今回の公会議の召集者は‥‥」
「はい。ランス王国のスレイマー皇太子が会議の主催者です」
俺が戦場でぶっ殺したランス王国国王の息子だな。
まぁ、俺よりも一回り、身体のサイズも年齢も上だが。
「ふむ。自分の正統性の権威付けと、さらに、対立する王弟派に対する牽制だな」
「そうしますと、最終的にスレイマー皇太子が狙っているのは‥‥」
「王弟派、すなわち信仰派の追い落としだ。まずいな‥‥」
本当に、信仰派が異端認定される可能性がある。
というか、もしかしてベクルト、そのことがわかっていて、本当に『護衛』が必要だと思って俺を連れて行くのか‥‥?
「よし。基本方針としては、ランス王国の信仰派である王弟派と手を結び、ランス王国内に拠点を築く。1ヶ月しか準備期間はないが、至急ジャスタン商会から使者を派遣して、交渉の下準備を」
「はっ。すでにランス王国内に商会のダミー支店がありますので、そこを拠点に交渉を開始いたします。また、新たな拠点の確保と、ジャスタン商会警備部隊を一個中隊規模でランス王国内に展開させておきます」
「まかせた」
サスーンが会議室から静かに出て行く。
「では、わたくしどもの部隊も王弟派の方々と交渉して、ランス王国内で駐屯できるようにしておきますね」
「たのんだ。ララ。費用はギルド経由でジャスタン商会宛にしておいてくれ。まだ、東部方面騎士団として正面展開はしたくない」
「承知しております」
ララも書状をさらさらと書き上げると、部屋を出て行った。
「シャーリー。東部方面騎士団の諸将を集めてくれ。最悪、ランス王国内の内戦になる。俺たちは、この状況を最大限に利用する」
「え?危なくなったらベクルト助けて逃げるんじゃないの?」
ハーブティーを飲みながら、議事録を筆記していたシャーリーが顔を上げて不思議そうにこちらを見ている。
「この機会に、教皇派の権威を叩く。向こうは自分たちが正義だと信じ込んでいるので、まさかこちらがはむかってくるとは考えていない。そして、王弟派は追い詰められた状況だから、俺からの申し出は渡りに船のはずだ。そして、ランス王国内に俺たちにとって、より友好的な政権ができるのも悪いことじゃない」
「でも、勝たないとその計画は砂上の楼閣よね?」
「危なくなったら逃げるだけさ。でもその場合には、教会内とランス王国内に俺たちの敵が居座ることになるんだがな」