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査察は突然に

「まもなく査察が入ります」


まもなくお昼時になろうかという時間、書斎にて、経営している領地での予算配分の原案、有力者たちからの嘆願書、外部からの騎士団派遣依頼状、はては、決闘の申し込みなどの各種書類を決済していると、側近のサスーンが、音もなく近づいてきて、直立不動のまま、そっと耳打ちした。


サスーンは、年のころは五十代。短く刈った銀髪と、品のよい口ひげを蓄えている老紳士だ。

こざっぱりした紳士服を身体の一部としている。


少し前まではライバルのギルド商会にて、長らく事務の指揮を取り仕切っていた人物だ。

ある意味、経済界の顔役といってもおかしくない人物である。

今は、俺の会社『ジャスタン商会』の副会頭になってもらい、商会の経済・情報全般の事務を取り仕切ってもらっている。


しかも、なぜか、俺の執事としての仕事も‥‥。

当初の契約にはなかったはずだが、いつの間にか、情報のやり取りをするうちに、普通に、執事的なポジションに着いていた。


不思議だ。


まぁ、彼がスパイで、ギルド商会に情報が全部流れていたら、それはそれで、われわれの破滅ではあるが仕方がない。

情報処理能力に関し、彼は余人に変えがたい才能の持ち主であるので、むしろ、好き勝手にさせている。適材適所の人選と、権限の委譲。それが、我が組織でのモットーである(管理するのが面倒という側面も否定しない)。


「え?なに?もしかしてあいつがくるの!?」


耳ざとく、部屋の端のほうで読書をしていたシャーリーが反応する。

シャーリーは、十八歳。赤毛がちのセミロングの髪の毛、肌は白くすべすべ、顔立ちは整っており、まだ少女の面影が残っている。

特徴的なのはくりっとした大きな目。意思の強さを感じさせる。

今は、綿製の部屋着を着ている。実用一点張りだ。

お前はお姫様なんだから、もうちょっとおしゃれしろよ、と心の中で毒つく。


シャーリーは、グリスラテス王国の現国王ヘンドラッド陛下の隠し子だ。

つい先日お披露目されたばかりで法的には中途半端な感じだが、まず間違いなく王位継承権は与えられる。

今は、新設された東部方面騎士団の副団長格として、東部の俺の領地にて逗留している。

つか、もともとの彼女の家に住んでいるだけだけどな。


「よし。とりあえず、工房のものを一部隠すぞ。あと、博士もしまっておかないと」


目の前の書類を放置して、立ち上がる。


俺は、ハノウス・ジャスタン。年のころは十八。シャーリーとは幼馴染だ。

子爵だった親父の領地を引き継ぎ、ここ数年来の戦場でのヤリ働きが認められ、今ではグリスラテス王国に八人しかいない公爵位も授けられ、東部方面騎士団の騎士団長にも任命された。


十二の歳に、王都ロウドニウムの士官学校に入り、三年間軍事のイロハを叩き込まれた。

ちなみに、士官学校時代に、傭兵のララや、下士官のミリーに出会っている。


士官学校卒業後、十五で王立大学に入った。専攻は神学だ。

大学では、マクニー博士と衝撃的な出会いをした。


大学では、医学、法学、神学、そして、経済や科学技術が学べる哲学、の四学部があったが、医学は迷信が多すぎ、法学は複雑怪奇すぎ、哲学は古臭すぎて選ばなかった。

そして、神学を選んだのにはもう一つポジティブな理由がある。


それは、俺が転生者だったからだ。


この世界では、神の掟に背くことは、即、罪だ。

ならば、どこまでがセーフで、どこからがアウトかを徹底的に学ばなくてはならない。

そう思って、神学を専攻した。


苦い思い出がある。

俺は、十歳前後までは、前世の記憶はまったくなく、ごく普通の貴族の跡継ぎとして育てられた。

ところが十歳前後を境に、徐々に前世の記憶がよみがえってきて、一時期無神論者として振舞ってしまった。


うかつにも。


そこで、当時教会に目をつけられてしまい、結構困ったことになった。

しかし、そんな困った状況のときに助けてくれた子がいた。

幼馴染の牧師の子だ。


今では、その子も立身出世し立派になり、教会の上層部にて君臨している。

だが、困ったことに、その子は何かと理屈をつけ、うちの領地をたびたび訪れる。

特に、俺が、在宅なときを狙って。

今回も、遠征がひと段落したのを聞きつけてやってきたのだろう。暇なやつめ。


「俺たちの研究の一部は、教会法に照らすと明らかにアウトな代物だからな。早めに隠さないと。あと、博士は『生きている神の敵』だから、隠さないと」


シャーリーとサスーンを引き連れて、急いで三人で、城内の端っこに立ててある掘っ立て小屋みたいな建物、『ラボ』に向かう。


そこでは、瓶となにやら良くわからない金属とを手に持って、いつもどおり研究に没頭している博士がいた。

マクニー博士。十七歳。

丸いめがね(俺の特許製品だ)をかけていて、背が低く、やせっぽっちな女の子だ。

肌の色は血色が悪く、ダークブラウンの髪の毛を無造作に後ろで結んでいる。

トレードマークの白いローブもいつもどおり無造作に着込んでいる。

女の子なのだから、もうちょっと外見に気を配って欲しい、と友人として思う。


「ぎゃー」


俺は博士を背後から抱え込み、博士設計のラボの奥にある隠し倉庫に放り込む。

一緒に開発品のうち明らかなアウトな代物(たとえば、一部の禁制薬物)も放り込んでおく。中から博士がうなり声のようなものを上げていたが、扉を閉めれば外には漏れ聞こえない安心設計。さすが博士。良い仕事をしてくれる。


隠し倉庫への危険物の隠蔽と相前後して、俺たちが館のほうに戻ると、扉の前にてこちらを眺めている女性がいた。


「ハノウス様、おひさしゅうございます」


深々と黒髪の女性がお辞儀をしていた。

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