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奇襲作戦

「ここを駆け降りるのか‥‥」

馬上から眼下の断崖絶壁を見下ろし、つい、小さくつぶやきが漏れてしまう。


指揮官たるもの、部下に弱みを見せる訳にいかないので、顔では、余裕のあるような振る舞いをしているが、内心の冷や汗は止まらない。


戦場の地形と相手軍の布陣が、源平の合戦でいう『一の谷の戦い』の地形に酷似していることから、源義経が実行したという馬で崖を駆け降りて奇襲する『逆落とし』が実行できるんじゃね?と思いついてしまったのが、今では最初の間違いだったような気がする。


このたびの戦いは、前年度に敵インデス軍に奪い取られた、西の砦一帯の領土奪還作戦だ。

この砦さえ落とせば、ここいら一帯のインデス軍部隊を駆逐でき、我がグリスラテス国の前年度の汚名を返上できる。


眼下に見える敵インデス軍の本陣に対して、東側からは我がグリスラテス軍の本体である、セヴェルス公爵が率いる中央騎士団で構成された第一軍が攻め込んでいる。

また、西側からは、傭兵団で増強された、俺が指揮する陽動部隊である第二軍が攻め込んでいる。

第三軍は予備として、グリスラテス国王ヘンドラッド陛下がおわす後方の前線司令部にて待機している。


陽動部隊である第二軍の最高指揮官は俺だが、今は自分の部隊のほとんどを友人の傭兵隊長に任せている。


夏が近づいてくるのを感じさせる湾からの暖かい風を頬に受けながら、馬上にて、眼下に展開する敵軍の陣形を分析する。


「ハノウス隊長。号令を」


副官であり、幼馴染でもあるシャーリーが俺の顔を覗き込みながら、若干、緊張した声音で告げる。

すらりとした肢体をフルプレートで覆い、手にはランタンを持っている。


息を深く吸い、丹田に力を込める。

心の動揺を鎮めたうえで、視線を背後に向ける。

そこには、第二軍の精鋭二十騎が気合十分に、俺の号令を今か今かと待ち受けている。


片手を頭上に掲げる。


その動きに合わせて、第二軍本体へと、シャーリーがランタンを使って作戦開始の信号を送る。モールス信号にヒントを得て、自分の部隊でのみ使っている情報伝達方法だ。


「突撃!」


腕を振り下ろし、叫ぶと同時に、眼下の断崖絶壁へと馬を飛び込ませる。


恐ろしいまでの重力落下感と、スピードを感じるが、意識は地上に向けて集中する。


数瞬の後、体中に衝撃を感じると、そこはすでに、インデス軍の背後。


「われこそはハノウス・ジャスタン将軍!死にたい奴はかかってこい!」


名乗りを上げながら、手近な敵兵士に切り付ける。

もんどりうって倒れる兵士の背後では、驚愕した顔が並んでいた。


奇襲は成功したみたいだ。


俺の部下たちが、用意しておいた火薬玉をあちらこちらにばら撒いている。

音が大きく、強烈な光を発する閃光弾、物を燃やす焼夷弾と、様々な種類の火薬玉をばらまく。


グリスラテス国の東部にある俺の自領にてひそかに開発した発明品をこうやって戦場で試している。

今回はうまくいったみたいだ。発明者のドヤ顔が脳裏に浮かぶ。


そして、インデス軍を混乱の渦に叩き込んだ後、西側の城門に向けて、馬をかけさせる。


と、左側から猛烈な風を感じた。

ぎりぎりのところで相手の騎士の斬撃をかわす。

指揮官と思わしき全身鎧を着こんだ騎士が、ハルバードを振り回しながら、左手からさらなる斬撃を繰り出そうとする。


相手の死の一撃をヤリで受けとめようとしたその瞬間、相手の騎士の首がいきなりなくなった。


騎士はもんどりうって、地上に落馬し、主を失った馬がよちよちと離れていく。

すると、その背後から小柄な子どものような体躯の女の子が自分の身長の倍以上のヤリを構えながら声をかけてくる。


「隊長、急ぐ」


現場指揮官のミリーだ。

ぶっきらぼうにつぶやくと周囲の敵兵へと向かっていく。

太っちょなハルバードを扇風機のようにぶんぶんとすごい勢いで振り回し始めた。

巻き込まれた敵兵士は血しぶきを噴出しながらすっとんでいく。

死体製造器だな。


「すまない、ミリー。ここは任せた」


俺は、西側の城門へとまっすぐに駆ける。

隣には、シャーリーもくつわを並べて走っている。

向かってくる、敵兵士に対して、巧みに槍をさばき、鎧の隙間に強烈な突きをいれている。なかなかのヤリ捌きだ。


敵兵士を蹴散らしながら西側の城門にたどり着くと、インデス軍兵士たちは、砦の外側からの雨のような矢、投石などを相手に防戦一方であり、背後のこちらの動きには注目していない。


今回の奇襲に合わせて、第二軍に総攻撃を頼んでおいたので、うまいことを注意をそちらに誘導できたみたいだ。


敵兵士の背後から火薬玉を投げ、その音と光、さらに炎とで、戦場の混乱を倍加させる。


何人かの敵兵が恐怖のために持ち場を離れ始めた。

敵の指揮官が逃亡兵たちを切りつけている。

もはや、相手軍は組織的な抵抗が難しいと判断する。


「突撃ー!」


隊列を組み、まっすぐに城門に向けて突撃する。

敵兵士を蹴散らして、その防衛線を突破する。


目の前に城門を巻き上げているロープが目に入った。

これだ!

敵兵が左右に逃げ出した、その隙にロープを切る。

轟音を立てて、城門が外側に向けて倒れこみ、橋となる。


「うぉぉぉー!」


雄叫びを上げて第二軍の本体がなだれ込んできた。


勝った。


なだれを打って突撃してくる第二軍の兵士たちの勢いに負けて、次々と、インデス軍兵士が投降している。


「やりましたね、ハノウスさん」


第二軍の将兵が、てきぱきと戦場を支配するのを、馬上にて眺めていると、長い金髪の美人が声をかけてきた。

俺の友人、傭兵隊長のララだ。

ちなみにこう見えて、凄腕の弓兵だ。


「あとは、任せるよ、ララ。俺は疲れた」


「後片付けはお任せください。それと、もう親衛隊の皆さんは整列しているみたいですよ」


視線の先を追っていくと、崖上からの奇襲隊に志願してくれた仲間が勢ぞろいしている。


「みんなご苦労だった。お前たちのおかげで勝てた。礼を言う」


「べ、べつに、ハノウスのために戦ったんじゃないんだからね」


シャーリーが顔を真っ赤にしながら悪態をついてくる。つーか、お前、べたなツンデレだな‥‥。

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