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82.自分は自分

 

 すでに暗くなった校舎の外に出て、いおりんと二人並んで駅に向かう坂道を下っていく。横にいるいおりんがいつもと雰囲気が違う気がして、なんとなく話しかけづらい。

 あれかな、告白を断ってるところ見ちゃったからかな? とにかく、なにか話しかけなきゃ……。


「いおりん、マリアナ祭のダンスは誰とも踊らないの?」

「んー。あぁアカルちゃん、さっきの話を聞いてたんだね」


 ぐえっ、完全に墓穴を掘ってしまった! まさか自分から話を盗み聞きしてたことを暴露してしまうとは……。

 己のアホさに少しげんなりしてると、いおりんはアハハと笑いながら私の肩をポンと叩いた。


「冗談だよ、アカルちゃん。実はね、最初から盗み聞きしてたのは知ってたんだ」

「えっ? そ、そうなの?」

「だってアカルちゃんの姿、階段にある鏡にまる写りだったんだもん」


 な、なんてこったい。階段の陰に隠れていたつもりが、鏡の存在を完全に忘れていたらしい。そのせいで私の姿はいおりんから丸見えだったのだ。我ながらなんと間抜けなことをしてんだか。


「そ、そうだったんだ。ごめんねいおりん……」

「あはは、なんかアカルちゃんらしいよね。憎めないというかなんというか」

「むぅぅ」


 なんだか釈然としないんだけど、悪いのは自分の方なのだから言い返すこともできないぜ。

 いおりんはすぐに笑いを納めると真顔に戻って、改めてこちらの方に向き直る。


「さっきの質問の件だけどね。……ボクは誰とも踊らない予定だよ。去年も、今年もね」

「ダンスが嫌いなの?」

「そういうわけじゃないんだけど、去年は踊りたいと思う人がいなかったから。今年は……違うけどね」


 違う? それはどういう意味だろうか。


「今年はね、踊りたいと思う人が踊る気が無さそうだから諦めてるんだよ」


 いおりんが踊りたいと思う人? もしかしてレーナのことかな? 彼女は「アイドルであるあたしが、誰かと踊るわけないじゃない」と言ってたけど……。


「レーナちゃんじゃないよ。ボクが踊りたいと思ってたのはアカルちゃんだよ」

「ええっ⁉︎ わ、私っ⁉︎」


 思いがけず出てきたアカルちゃんじぶんの名前に思わずドキッとしてしまう。私の戸惑う様子にいおりんは苦笑いを浮かべると、ため息を吐きながら呟いた。


「はぁぁ、アカルちゃんはほんっとに自覚が無いんだねぇ。ミカエルの言う通りだよ」

「ミカエルの?」

「うん。ミカエルから聞いたよ、彼のことフッたんでしょ?」


 そう、実は少し前に改めてミカエルからダンスの話があったんだけど、綺麗さっぱり断ったのだ。

 というより、「だってミカエルのお姉さんとうちの兄が付き合ってるんでしょ? ミカエルとは義理のきょうだいになるかもしれないってのに無理だよ」って伝えたら、ミカエルのやつが勝手に「あぁ、アネキがなぁ……」って勘違いして、それ以上なにも言わなくなったってだけなんだけど、これって振ったことになんのかな。ってか、その話が何か関係あるわけ?


「アカルちゃんはさ、誰とも踊る気ないんでしょ?」

「うぇっ⁈ う、うん……」

「それが分かってるから、ボクもアカルちゃんを誘わなかったんだよ。そうなるとボクも必然的に踊らないってことになるよね? そもそも他の子と踊る気なんて無いしね」


 なにげなく言い放ったいおりんの一言は、私の頭を強く打ち付けた。なんといおりんは、私が誰ともダンスを踊るつもりがないことを見越した上で、他の子の誘いを断っていたのだ。

 迷いのない表情でそう言ういおりんは、夜なのになんだか眩しく見えた。


「いおりん……」


 なんだろう、あいまいな態度ばかり取ってる自分が一番ダメな存在に思えてきた。何か言わなきゃいけないのは分かってるのに、上手い言葉なんて一つも出てきやしない。


 そんな私を見て、いおりんが話し始めたのは--ほんの少し前の話だった。


「ボクが最初にアカルちゃんに興味が湧いたのはね、二年生になって急にアカルちゃんがイメチェンし始めたときからなんだ」

「それは……」


 たぶん私がアカルちゃんに成り替わってからのことだろう。いおりんにはそれが単なるイメチェンに見えていたのだ。


「アカルちゃんのことは以前から、スタイルといい整った顔立ちといい、気にはなってたんだ。だけどそれまではなんだかとっつきにくい感じがあったから、話しかけるきっかけが無かったんだよねぇ」


 あぁ、それは元のアカルちゃんの時代のことだな。たしかにあの--つり目でおさげメガネなアカルちゃんには話しかけずらいよなぁ。


「それがさ、二年になって急にイメチェンしたからビックリしたよ。メガネを外したり、ミニスカートになったりしてさ」

「へっ? ミニ、スカート?」

「うん、ミニスカート。それがどうしたの?」


 不思議そうに小首を傾げるいおりん。だけど私は言いようのない違和感を感じていた。

 なんだろう、今のいおりんの言葉の中に妙に引っかかるものがある。


 違和感の正体は、ミニスカートという単語。なぜそれが心に引っかかるのか……よく分からない。

 だけど、ふと思い当たるものがあったのでいおりんに尋ねてみることにする。


「ねぇいおりん、私がミニスカなったのって二年生になってからだって言ったよね?」

「うん、そうだよ」

「私が聞くのもなんだけどさ、私が一年の時にミニスカを履いてた記憶はある?」

「んー、それはないかな。さすがに以前のアカルちゃんがミニスカなんて履いてたら噂になっただろうし」


 私の問いかけた内容に奇妙な表情を浮かべるいおりん。だけどこっちはそれどころではなかった。

 ……そうか、やっと違和感の正体が分かったぞ。元のアカルちゃんは、クソ真面目で制服をミニスカなんかにするようなタイプの子じゃ無かった。だけど、私が入れ替わったときには、部屋にある制服は既にミニスカートに変わっていた。

 つまり、あの部屋にはあらかじめ・・・・・ミニスカートの制服が用意されていた・・・・・・・のだ! まるで最初から・・・・アカルちゃんの身体に私が入り込むことがわかっていた・・・・・・かのように。

 これは一体どういうことなんだ? なんのために制服をミニスカートに変えていたんだ?


 湧き上がる疑問。だけど、目の前で不思議そうな表情でこちらを見るいおりんを放置しておくわけにはいかない。

 とりあえず疑問は横に置いて、いおりんの話を聞くことにする。


「ごめんねいおりん。それで、私がイメチェンしてビックリしたんだっけ?」

「そうそう。でもイメチェンしたのに歩き方が変だったり、男の子みたいにスキが多かったりと、なんだかチグハグに見えてさ。まだまだ無理してるなーってのが見えちゃったんだよねぇ」

「う、ううっ」

「ゴメン、傷ついた? だけどボクはそれでアカルちゃんのことから目が離せなくなったんだよ。それだけの素材を持ってるんだから、磨けばきっともっと輝くはずだってね。だからボクはアカルちゃんに協力することにしたんだ。最初は本当にそんな気持ちだった。……最初は、ね」


 意味ありげな言い方で一度会話を切るいおりん。ひゅうと、冷たくなった秋風が吹き付けてきた。まだ白い息を吐くまではないのに、すごく肌寒く感じられる。


「だけど気がつくと、ボクはアカルちゃんの破天荒な行動に釘付けになっていた。キミのハチャメチャな魅力に惹かれていたんだ」

「いおりん……」

「同時に、もしかしたらアカルちゃんだったらボクの本当の姿を受け入れてくれるかもしれないって思った。だから女装趣味のことも勇気を出して暴露したんだけど……アカルちゃんはそれすらも笑顔で受け入れてくれたよね?」

「そ、それは……たまたまじゃないかな?」

「たまたま? なにそれ、アカルちゃんおもしろーい。たまたまで女装趣味なんて受け入れられないよ」


 いやいや、本音を言うといおりんの女装趣味を受け入れられたのは、他ならぬ″自分″という存在があったからなんだけどねー。

 なにせ私は、いおりん以上に変態的な存在なわけだし。


 それに比べたらいおりんの女装趣味なんて可愛いもんだよ。実際、小首を傾げながらこちらを見つめる姿は思わずドキッとしてしまうくらい可愛らしいしさ。


「まぁいいや。とにかくね、ボクはアカルちゃんのおかげで本当の自分を外に出せることになったんだよ? そのことはすごく感謝してるんだけど、代わりに……別なことに気づくようになったんだ」

「別なこと?」

「うん。アカルちゃんが、何か大きな秘密を抱えてるってことにね」


 うっ。な、なんてことを言いやがるんだ。

 いおりんの言葉に、私は完全に返事に詰まってしまう。


「そ、そんなこと……」

「誤魔化しても無駄だよ。ずっと隠し事をしてたボクだから分かる。アカルちゃんは、なにか隠し事をしてるんだってね」


 どうやら否定しても無駄のようだ。それくらいの確信を持って、いおりんは私が隠し事をしていることを見抜いたのだ。


 --どうしよう、これは何か言わないといけないのかな。でも人に言っていいような内容じゃないし……困ったなぁ。

 そんな私の苦悩に気づいてか、いおりんはフッと笑顔を浮かべて私の頭をポンっと撫でた。


「別に隠し事を言う必要なんてないよ。ただボクが言いたかったのは、いろいろ悩んだりしたとしても、アカルちゃんはアカルちゃんだよってこと」

「私は……私?」

「うん。ボクがどんなに秘密にしていようと女装が好きなことは変わらなかったように、アカルちゃんはどんなに表面を取り繕ってもやっぱりアカルちゃんなんだと思うよ」


 --それは、とても私の心を打つ言葉だった。

 ここのところ私はずっと、自分はどうあるべきかを考えていた。やはり女の子になるのならば、身も心も女の子らしくあらなければならないんじゃないかって一人悩んでた。

 でもそれがどうにも上手くいかなくて、最近はずっとモヤモヤしていた。女の子になろうとしても、精神的にとても厳しかったから。


 だけどいおりんは、そんな私に「自分らしくあれば良いんじゃない?」と言ってくれた。

 そう、その言葉で気付いた。いや、気付かされた。

 私は……どうやっても自分なんだってね。何かに無理してなろうとしてもなれない。そんなことはとっくに分かってたんだ。

 なのにそれを曲げて無理に女の子になろうとして、逆に失敗していたのだろう。


 そりゃそうだよねー。無理があるに決まってるよねぇ。

 だったら、私の好きなようにすればいいじゃん。そう、いおりんの言葉で気づいたのだ。


 女装好きな男の子がいるんだから、別に男っぽい心を持った女の子がいたって別に変じゃないのではないか。

 いや、変かもしれないけど、それが私なんだ。私と言う存在なのだ!

 そのことに、ようやく気づくことができた。全てはいおりんのおかげだった。


「……ねぇいおりん?」

「ん? なぁに、アカルちゃん」

「私は……私らしくあっていいのかな?」

「もちろんだよ。それを制限する権利なんて、他の誰にもないんだからね」


 そうだ、私の生き方なんだ。だったら私の好きなように生きればいいんだよね。


 私は、日野宮あかる。

 たしかに、外見はすごい美少女かもしれない。

 だけどその中身は、男なんだ。だから可愛い女の子が好きだし、男に対しては友情以上のものを現時点では抱けない。

 ……それで、いいじゃないか。悩むことなんてなに一つ無かったのだ。


 ようやく、長いトンネルから抜け出した気分だった。一つの答えが出たことで、すごく頭の中がスッキリとしていた。


「……ありがとう、いおりん。おかげで頭がスッキリしたよ」

「そう? だったら良かった」


 そう答えるいおりんの顔は本当に可愛いらしくて、男だというのにすごく愛らしく感じてしまう。

 だからだろうか。このときの私は思いがけず……暴挙とも言うべきとんでもない行動を取ってしまったんだ。


「うん。だからこれは、ちょっとしたお礼ね」


 そう言うと私は、ごく自然と、いおりんの頬に軽く触れる程度にキスをしていた。嫌でもなんでもなく、自然と沸き起こった衝動に身を任せた結果の行動キス。だけど、やった直後から激しく後悔する。

 うっわー! なにやってんのよ自分⁉︎ よりにもよって頬にキスするとか、どこの乙女かってんだ!

 そりゃあさらいおりんは美少女みたいなルックスで可愛らしいよ? ……って、そんな問題じゃないしー!

 と、とりあえず驚くいおりんには早く誤魔化さないと。なにか言い訳をしなきゃな……。


「こ、これはね、親愛の挨拶のやつなんだからねっ⁉︎ だからか、勘違いしないでよねっ⁉︎」

「……ぷぷっ。わかったよアカルちゃん、そういうことにしとくね」


 私の必死の言い訳を聞いても、いおりんは嬉しそうに笑ってるだけだった。


 うっわー、なんてこったい!

 ツ、ツンデレとかじゃないんだからね! 本当に勘違いしないでよねっ!

 失敗したー、取り消し希望!

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