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80.進む準備

 夕暮れの摩利亞那マリアナ高校の教室のひとつで、1組の男女が少しだけ距離を置いて対峙していた。

 一人は、真面目な様子の……いかにも読書好きそうなメガネ姿の男子生徒。もう一人の人物は、メガネにおさげの女子生徒--明星あけほし 羽子はこである。


「明星さん。よかったら僕と……学祭のダンスを踊って貰えませんか?」


 勇気を振り絞るようにして、男子生徒が明星 羽子に語りかける。一方の羽子は俯いたままでなかなか返事を返さない。

 だがしばらくして、意を決したかのように顔を上げると、ゆっくりと口を開く。その口から出たのは、素朴な疑問だった。


「あの……どうしてわたしなんですか?」

「えっ? いや、正直去年まではあんまり明星さんのことを意識したことなかったんだけどさ、なんだか最近すごくあか抜けて見えてさ」

「わたし、が? あか抜けて?」

「うん。表情豊かで楽しそうで……だから、いつも日野宮さんと仲良く話している明星さんの姿を、自然と追うようになってたんだ」


 羽子本人が思いもしなかった言葉を告げられ、彼女はすぐに言葉を発することができなかった。


 これまで羽子は、自分のことをつまらない人間、他から必要とされない存在だと思っていた。

 だがそれは違っていたのだということを、今回初めて知らされたのだ。それも、″告白″という思いがけない手段によって。


「あの、お気持ちはすごく嬉しいんですが……」

「う、うん」

「わたしには、心に決めている人がいるので……ごめんなさい」


 羽子から断られて、相手の男子生徒--ちなみに彼女の教室のクラス委員である彼は、酷く落ち込んだような表情を見せた。だがそれも一瞬のことで、すぐに笑顔を取り戻す。


「あーあ、やっぱダメだったかぁ。最近明星さん人気があるから、心配してたんだよなぁ」

「えっ? わたしが人気……ですか?」

「そうだよ。″薔薇姫″日野宮あかるの側に付き従う侍従が如き存在として、きみはすごく注目されてるからね」


 思いもかけぬ情報に戸惑う羽子。そんな彼女に向かって、男子生徒はさらに言葉を投げかける。


「もしよかったら聞かせて欲しいんだけど……明星さんのお相手は、もしかしてキングダムカルテットの誰か? 汐くんとか?」

「い、いえちがいますっ! キングダムカルテットのみなさんなんて、そんなの恐れ多いですよ」

「そっかぁ、彼らが相手だと諦めがついたんだけどなぁ」

「ご、ごめんなさい。わたしの相手は……いいえ、わたしが勝手にその人に片思いしているだけなんです」


 そう告げる羽子の顔は、男子生徒が見たこともないほど艶やかな笑みを浮かべていた。

 彼女が、心に思い浮かべていた人物は……。




 ◆◆◆




「はい、カットー!」


 エリスくんの掛け声で、私とレーナはホッと息を吐く。なにせ、撮影監督であるエリスくんから八回目にしてやっとこさ出たオッケーのサインなのだ。


 監督となったエリスくんはまるで別人のように厳しかった。とはいえ、確かにガニさんが撮った映像を見たら見事なものだったので仕方ないんだけどさ。でもさ、レーナとCM撮ったときの監督よりも厳しくね?


「彼、エリスくんだっけ? 才能があるわね。うちで囲おうかしら」


 っと思ってたら、レーナのほうが食いついてしまった。うひー、この人たち怖いよー。


「どうにゃ? エリスにゃんは凄いにゃ?」


 黒髪にナチュラルメイクの制服姿という、まるで普段とは別人のような姿になったレノンちゃんがでっかい胸を張って話しかけてくる。演技のためとはいえ、普段からこんな格好してればレノンちゃんも結構可愛いのにな。


「凄いのかどうかよくわかんないけど、凄いんだろうね?」

「出来上がったのを見たらきっと度肝を抜かれるにゃん。だから楽しみにしてるにゃん」

「そうさせてもらうよ」


 それにしても、学校内での撮影は目立つ。ただでさえレーナが撮影に参加しているのだ。さらにはネットアイドルのレノンや、今日は来てないけど姫妃ひめき先輩や布衣ちゃんだって出演してる。これで目立つなっていうほうが無理があるよね。

 学校の許可を取るのは大変だったんだけど、そこはみんなが様々な権力(?)を駆使して実現化に成功していた。……もはやこれってプロモーション映像の域を超えてないか?


 ちなみにバンドの演者たちはこのビデオ撮影には参加してない。なんでも曲を完成させて演奏を自分のものにするために、それぞれが自主的に特訓してるんだそうな。

 羽子ちゃんなんかは手に包帯を巻いてたりして痛々しかったんだけど、心配して声をかけたら「大丈夫です。わたし、すごく楽しんで集中できてますから」って凄い笑顔で返されちゃったんだ。

 なんだか羽子ちゃんの本気マジな目を初めて見せられたような気がして驚いた。そこまで羽子ちゃんが入れ込んであるとは思ってもみなかったんだけど、その気持ちはすごくありがたいと思う。

 私も、歌の練習しなきゃだな。羽子ちゃんの姿を見て、そんな思いを新たにしたんだ。



 翌日は朝から一限目を潰して、クラスの出し物の打ち合わせとなった。

 実施するのはメイド喫茶って決まってたんだけど、誰が何の役をするのかなんてのが何一つ決まってなかった。


「それではこれから役割を決めていきます。まず日野宮さんは……」

「えーっと、私は裏方で良いかな?」

「日野宮さんと明星さんは裏方はダメっ!」

「ええっ⁉︎」「ふぇっ⁉︎」


 なんと、クラス委員から私と羽子ちゃんは問答無用で裏方ダメ出し食らってしまった。

 でもまぁ私はわかるよ? なにせ自分で言うのもなんだけど、アカルちゃんはエヴァンジェリストだ。クラスの象徴みたいな存在を裏方になんか回せないよね。だけどさ、羽子ちゃんはなんで?


「その……日野宮さんと明星さんはセットみたいなものだから」


 顔を真っ赤にしたメガネの委員長にそう言われて、なぜか羽子ちゃんまで顔を赤くしている。なんか二人の意味不明な反応を見たら、こっちから何も反論できなくなるじゃないか。


 ってなわけでうちら二人に加えて、女子からは一二三ひふみトリオの三人、男子からは主に運動部系のガタイの良い子から三人、女装が似合いそうなのから二人を選出することになった。

 しかも、彼女ら(もちろん彼らも)のメイク担当を私にさせてもらえることになったのだ!

 よーし、気合い入れていおりん仕込みのメイクの腕を披露するぞぉ! ついでに男子諸君、男の身で化粧する心の苦悩を知るがいい。……あ、もし覚醒しちゃったら責任は持てないけどね?


 先に役が決まったうちらを横に置いて、クラスでは残りの役割分担が始まっていた。

 調理の方は料理好きな子を中心に、衣装の方はたまたまコスプレなんかの衣装を作るのが好きな子がいて、その子を中心に作成することになった。

 ちなみにその子に自分が着ないのかと聞いたところ「あ、あたしは見るのが好きなんです! 日野宮さんの衣装、一生懸命作るね!」と目をキラキラさせながら言われてしまった。

 そ、それで良いなら別に構わないけどさ。なんでそんなに私に服を着せるのに楽しそうなわけ?


 あと、残りの男子連中なんかは、教室を改装したり小物を作ったりといった肉体労働に駆り出されることに決まった。

 ここまで、ほとんど揉めることなくスムーズに決まったのは凄いと思う。もしかしてうちのクラスってチームワークが凄かったりするのかな。


「違いますよ、アカルさん。きっと目的意識の共有化が図れてるんですよ」

「なにそれ? どういうこと?」

「ふふふ、ナイショです。あーあ、でもわたしみたいな地味なのがメイド役に選ばれるとは思ってなかったなぁ。これも……アカルさんのおかげですね?」


 へ? 私のおかげ? そんなことないと思うけどなぁ。

 もともと羽子ちゃんはそれなりに可愛かったのだ。ただ、その魅力の出し方が分かってなかっただけ。

 それは、他の子にしたってそうだ。一二三トリオも、他のクラスメイトの女の子たちも、最近すごく可愛くなったと思う。そこに私の力なんてなにも関係ないはずだ。

 そう言うと羽子ちゃんは少し不満げに頬を膨らませた。


「そんなことないですよ。アカルさんは分かってなさすぎです」

「そ、そうかなぁ?」

「そうですよ。ぷんぷん」


 怒ったフリをして頬を膨らます羽子ちゃんは、出会った頃とは別人のようにチャーミングだったんだ。




 ◇◇◇




 --謎の人物の夢を見た。

 そのことを【G】にメッセージしたら、すぐに召喚するよう催促された。ちなみにうちらの間では『召喚の催促=スイーツ食いたい』ってことになっている。


 ってなわけで、今日のお店は焼きたてのチーズタルトが有名なお店に来た。この店にはなんとハリウッドセレブに人気のカップケーキなんかもある。

 カップケーキの、まるで絵の具をぶちまけたかのようなえぐい色が受け付けなかったので、今日も私はコーヒーだけだ。ちなみに【G】はなんと5種類ものカップケーキとおまけにチーズタルトを三個も頼んでいる。見てるだけで胸焼けしそうだ。おえっ。


「で、見覚えのない人物が何度か夢に出てきたんだったか? そんなのただの偶然だろう。気にしすぎではないか? ムグムグ」

「そうかもしれないけど、なーんか記憶を取り戻したときにも見たことある気がするんだよねぇ」

「……ふむ、もしかしたら以前の記憶に関係する人物なのかもしれないな。モグモグ、ところでこのカップケーキはかなり絶品だな」


 おや。【G】は、例の夢に出てきた青年が以前の記憶に関連する人物かもしれないということを、意外にもあっさりと認めたぞ。私の読みではもう少し誤魔化したりするのかなぁと思ってたんだけどなぁ。

 もっとも、もしそんな態度を示せばその青年がなにか重要な人物なんじゃないかって思ったんだけどさ。んー、ちょっと考えすぎだったかな?


「そういえばさ、今度学祭でライブやるんだ。【G】ももし良かったら見に来てよ。……って、さすがにそれは難しいかな?」

「う、ん……一つ確認だが、この身体はそのとき使えないのだろう?」

「んー、羽子ちゃんは当日一緒にステージに上がってるから無理かな」

「そうか、だったら難しいかもしれんな」


 そっかぁ。せっかくの一世一代のライブだから、【G】には見に来て欲しかったんだけどな。


「私に見て欲しいのか……わかったよ。君がそこまで言うなら、一度ラー様に相談してみるよ。あの方ならどうにかできるかもしれないからな」

「うん、ラーには私からも頼んでみるよ」


 できれば【G】にも見せてあげたいからね。なにせ彼女には、アカルちゃんになって以来ずっとお世話になって来たからさ。

 そんな思いを伝えると、【G】はほんの僅か表情を崩した。


「あ、ありがとう。そこまで私のことを思っていてくれて」

「別に、本当のことだしね」


 そう言うと【G】は、顔を真っ赤にして横に逸らしてしまったんだ。

 むふふ、普段は愛想がない分【G】も照れると可愛いな。



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