78.告白
私の女性化トレーニングは、新たなステージに到達していた。
この手に握られているのは、携帯型ゲーム機とそのソフト。ちなみにソフト名は『ハニカム王子と仮面姫 the GAME』、例の大人気少女マンガのゲーム版だ。このあいだのCM出演料で稼いだお金で、思い切って購入したのだ。
さて、察しのいい方はお分かりいただけているかと思うけど、このゲームはいわゆる『乙女系ゲーム』だ。
乙女系ゲームといえば、私は以前パソコンの同種ゲームを買ってギブアップした実績がある。
だけど今回は違う。まずこいつはちゃんとしたメーカーから発売されたゲームだから、バグとは無縁だ。次にこいつは、前回のパソコンのやつと違って一般人向けのソフトタッチなやつだ。露骨な性描写なんかはない。
これなら私でもいけるはず! そう確信した私は、気がつくとハードごとまとめて購入してたんだ。
夕食後にさっそく居間でゲームを始めてみる。音声を垂れ流すと危険が危ないので、もちろん片耳イヤホンでプレイだ。雑音なしでプレイするほどの勇気は、今の私にはない。
『君に会いたかったよ。今日の君はまるで空を舞う小鳥のようだ』
……うっわー、フルボイスきっつ! まじでサブイボが立つよこれ。しっかし片耳イヤホンにしててよかったよ。逃げ道がなかったら、心がへし折られてたかもしれない。
「ねぇおねーちゃん、なにしてるの?」
「んー? ゲームだよ」
「へぇぇ、なんのゲーム?」
「ほれ、こんなの」
マヨちゃんに無造作にゲーム機を渡すと、映し出されていた画面に驚いたような表情を浮かべる。
「うわこれ、ハニ姫のゲームじゃん」
「知ってるの? マヨちゃん」
「うん、だってこのマンガすっごく流行ってるよ〜。ねーねー、マヨにもこれちょっとやらせて!」
「別にいいよ」
正直最初のワンシーンくらいで既に食傷気味だったので、躊躇なくプレイし始めたばかりのゲーム機を渡す。マヨちゃんは嬉しそうに受け取ると、さっそくイヤホンしてゲームを始めた。
自分でプレイする気はないけものの、普通の女の子がこのゲームでどんな反応をするのかは気になる。なので、片耳イヤホンをぶんどって、マヨちゃんの横でプレイを観察させてもらうことにした。
「マヨちゃん、私にも半分聞かせて〜」
「い、いいけどなんか照れるなぁ」
「えー姉妹なんだからそれくらいいいじゃなーい」
「べ、べつにいいけどね」
さっそくマヨちゃんはプレイに没頭し始める。「へー、ちゃんと同じ声優使ってるんだね」とか「ここはマンガと同じ展開かな?」などと呟きながら、それでも楽しそうにゲームをしている。
……でも正直私にはなにが楽しいのかサッパリわからない。だいたいさー、こんなキモい発言する男とかリアルで居ないって!
「おねーちゃん、なんでそんなイヤそうな顔してるの?」
「えー、なんかこの登場人物たちが性に合わなくてさ」
「だったらなんでハニ姫のゲームなんてやってたの?」
「うーん、女心を学んでさらに上のステージに登るため?」
「ぷっ。なにそれ、意味わかんないよ」
ちぇっ、真面目に答えたのにマヨちゃんに笑われちゃったよ。どうやら私の乙女への道は、まだまだ前途多難らしいや。
そんな感じで二人でゲームをしてると、「お、なにやってんだ?」と朝日兄さんがやってきた。
「あ、朝日にぃ。ハニ姫のゲームしてるんだよ〜」
「げっ、お前たちもハニ姫好きなのか! っかー、ほんっと女ってそういうの好きだよなぁ!」
兄さんの言い方が気になったので追求してみると、なんでも彼女からもハニ姫の映画を観に行こうと誘われたらしい。「俺、少女マンガに猛烈な拒否反応があってさ。断ったんだよなぁ」と苦虫を噛み潰したような顔で言う朝日兄さんは、たぶん間違いなく私の兄なのだろう。
なぜなら私も、まったくもって同じ気持ちだったから。
はーっ、女心を理解するのはなかなか難しいや。
◇◇◇
「うっす! ってなんだその格好は?」
週末、待ち合わせの場所に現れたミカエルは、開口一番私の格好に文句をつけてきた。
なんだよ、帽子にパーカーにジーンズ、さらには元祖アカルちゃん直伝の伊達メガネという、王道のいでたちに文句あるわけ?
「いや、アカルがデートにどんなオシャレをしてくるのか気にしてたんだけどよ、まんま普段着じゃねーか。いやむしろ変装?」
「別にいいでしょ、ミカエルと遊ぶのに着飾るのなんて勘弁して欲しいし」
もしミカエルの前で着飾ったりしたら、きっとこいつに変な勘違いされるに決まってるからな。なにせ今回のデートは『女性化トレーニング』の一環なのだ。勘違いなんかされたら目も当てられない。
さて、最初の目的地は私からのリクエストで映画を観に行くことにした。作品はもちろん、『実写版! ハニカム王子と仮面姫』だ。最近ハニ姫づくしだよなぁ、未だに良さがわかんないんだけど。
「アカルおめーこんなのが好きなのか?」
「んー、勉強のため?」
「なんだそれ、意味わかんね」
「女の子には、男には分からない秘密がたくさんあるんだよ」
ミカエルの文句を適当にあしらって、とりあえず映画のパンフレットを手に取る。
実はこの作品、星空メルビーナちゃんがヒロイン役で主演してるのだ! シルバーの髪をわざわざ黒髪に変えてカラコンを入れてまでしてヒロインを熱演している。さすがは現役最強アイドル、たいしたプロ根性じゃないか!
映画の内容は、イケメン俳優と現役最強アイドルを全面に押し出した、こってこてのラブストーリーだった。
私は事前に買っておいたポップコーンをバリボリ食べながら、『妖精』メルビーナちゃんの演技を観察する。横のミカエルなんかは退屈そうにあくびまでしている。
ゴメンねミカエル、やっぱつまんないよね。でもね、実は私もつまんないんだー。ただ、メルビーナちゃんは死ぬほど可愛かった。メルビーナ萌え〜。
映画のあとは、気分転換に近くのゲーセンに向かう。
ミカエルも慣れないラブストーリーにウンザリしたみたいで、ストレス発散のパンチゲームで200kgという記録を出して周囲の注目を浴びていた。二位の記録の1.5倍くらいの数字なんてすごいな、さすがは我が校のケンカ番長。
一方の私は、さすがに女の子なんだからガテン系ゲームは避けて、ゾンビを撃つゲームなんかをする。精密射撃で無慈悲にワンショットキルしてたら、いつのまにか後ろに人だかりが……。いかんいかん、手を抜かないと!
「アカル、おまえほんっとゲーム上手だな?」
「まぁね。天才ゲーマーアカルと呼んでくれたまえ」
「……呼ばねーし」
ゲーセンのあとは夕食だ。
オシャレな店なんて御免被りたいので、普通のハンバーガーショップに入って、適当なセットをテイクアウトで頼む。そのまま近くの眺めがいい公園で食べることにした。
長身、ハンサム、金髪の三拍子揃っているミカエルが、目の前で足を組んで片手でハンバーガーを食べる姿はなかなか絵になっていた。実際、他の女の子たちが目をハートにしながらミカエルに熱い視線を向けてるし。
なんだかんだ言っても、ミカエルは美男子だ。学校内でも一二の人気を誇るだけあるよ。
「ミカエル、今日は付き合ってくれてありがとう」
「いや、なかなか楽しかったぜ。こんな経験は初めてだ」
ミカエルは正直者だ。ウソをつかない。だからたぶん本当に楽しんではいたんだろう。
とはいえ腑に落ちないこともあったので、この際だから聞いてみる。
「ねぇミカエル、なんで全部私の言う場所にしたの? 自分で行きたい場所は無かったの?」
「んあ? デートに誘った相手が行きたい場所があるってなら、そこに行くのは当然のことだろう?」
うっわー、イケメンは精神までイケメンでしたー!
優等生すぎる回答に思わず心の中で拍手を送る。こういうところがこいつがモテる要因なんだろうなぁ。
「でもあの映画とかつまんなかったでしょ? あんまり興味なさそうだったし」
「いや、実はあの映画二回目だったんだよ。あ、誤解すんなよ。姉貴に無理やり連れていかれたんだ」
姉貴? あーそういえばこいつには姉がいたんだっけか。
「姉弟で映画を観に行くなんて、仲がいいんだね?」
「んなのじゃねーよ。昔からあの姉貴には逆らえなくてな。今回も彼氏にあの映画見るのを断られたらしくて、どうしても観たいって強引に引っ張られていったんだ」
おやおや、ケンカ最強のミカエルくんでも敵わない相手がいるらしい。これは貴重な情報だ。
「……なぁ、アカル」
ハンバーガーも食べ終わってドリンクを飲みながらぼんやりと夜景を眺めていたところ、急に改まった表情をしたミカエルに話しかけられる。
「ん? なぁに?」
「……オレと付き合わねーか?」
「はぁ? 無理!」
まーたいつものノリのやつかよ。そう思って私が即答すると、意外にもガックリと肩を落とすミカエル。
あれ? なんかいつもと様子が違う?
「ちっ。アカルお前、本気にしてないだろう?」
「本気もなにも、ミカエルはそういう冗談ばっか言うキャラじゃない?」
「……あーあ、お前とは気が合うと思ってるんだけどなぁ」
「えー? なんでそう思えるわけ?」
「だってお前、今日の映画つまんなかっただろ?」
げっ。どうやらバレバレだったらしい。
「それだけじゃねー。レトロゲームも好きだし、なんちゅうか……お前は普通の女とは違う」
そりゃこちとら中身はガチ男ですからね。普通の女とは違ってて当然だ。
だけどミカエルはそんなことが言いたいわけではないらしい。
「オレはな、どうにも普通の女ってのがダメなんだ。昔から俺の周りに湧いては、尻尾振ってきやがる女たちがな。姉貴に『女の子には優しくしろ!』ってキツく調教されてたから一応は優しく接してたんだが、付き合うとなるとなぁ……」
「女の子には優しくなんて、素敵なお姉さんだね?」
「どこがっ⁉︎ あいつはマジで鬼だぜ⁉︎ おかげでオレ、まともな女を相手できなくなっちまったんだぞ⁉︎」
--だけどな、お前は違ったんだ。
そう言うとミカエルは、改まった表情で言葉を続ける。
「お前は普通のやつとは違う。なんちゅうか、自然な感じで一緒にいられて、お前と一緒にいるのが楽しかったんだ」
「ミカエル……」
「オレは、お前とだったら楽しく付き合えるんじゃねーかって思った。だからその……ハッキリと告白する。アカル、マリアナ祭のダンスパーティーで、オレと踊ってくれないか?」
真剣な表情の、ミカエルからの申し出に、胸の奥がズキンと傷んだ。
たぶん、私が初めて受ける告白。これは冗談なんかじゃなく本気なんだって、さすがの私も理解せざるを得なかった。
同時に、なにも言えなくなってしまう。
この痛む胸はなんだろうか。トキメキ? そんなのありえない、だって相手は男だよ?
だったらミカエルのことが嫌なのか? いや、そんなことは決してない。最初はいい加減なやつだと思ってたけど、親しく付き合ううちにミカエルの本当の姿が見えてきていた。
ミカエルは、不器用なのだ。
だけど、すごくいいヤツだ。
女性に優しくて、友達思いで、強くて、でも孤独な……。
そんなミカエルが、私に向けてくるまっすぐな想い。
私は、どう答えればいいのか。
答えを探して、ミカエルに返事ができないでいる。
二人の間に流れる沈黙の空気。
そのとき、ミカエルが動き出した。
すっと距離を近づけ、一気に目の前に立つ。はっきり言って近い、近すぎる。
「ちょ、ミカエル……?」
「マジなんだよ」
「えっ? ちょ、うわっ」
なんとミカエルのやつ、次は顔を近づけてきやがった!
迫り来るイケメンの顔! やばい、アカルちゃんピーンチ!
次の瞬間、私は無意識のうちにハイキックを放っていた。
繰り返しマヨちゃんとトレーニングして、研ぎ澄まされたアカルちゃんハイキック。今日はスカートも履いてないから安心して放てる。
でも、さすがにキスしようとしてハイキックは可哀想か?
そんな同情心が私の宝刀の斬れ味を曇らせたのか、まよいながら放ったハイキックは、ガッチリとミカエルにガードされてしまった。
「なっ!」
「ヒョウ、やるねぇ手が痺れたぜ」
バカなっ、私の奥義を防ぐとは!
さすがはマリアナのケンカ番長、一筋縄ではいかない!
見つめ合う、目と目。
飛び散る火花。
ヤツが狙うは、私の唇。私が狙うは、ヤツの意識を刈り取ること。
緊迫した空気の中、事態は完全にこう着状態に陥っていた。
「あれ、あんたミカエルじゃない?」
その状況を打ち破ったのは、ふいに投げかけられた女性の声だった。
驚いて振り返ると、そこに立っていたのは、金髪を夜風になびかせる一人の美女と、その横に佇む背の高いイケメン。
ってか、あんたは……。
「あ、朝日兄さん?」
「へっ? あ、お前アカルか?」
なんとそこには、金髪の美女と朝日兄さんが立っていたんだ。




