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77.バックダンサー

 一ヶ月後の選択について考えたときに、俺が日野宮あかるであることを選択すること……すなわちそれは俺が正真正銘『女の子』になることを意味している。

 でもなんとなく俺は、いまでも自分のことを男だと思っている。もしアカルちゃんであることを選択するのであれば、やはり女の子らしくならなければいけないのだろうか。

 --最近はそんなことを考えるようになった。


 追い討ちをかけるように、マリアナ祭が近づいて、周りでカップルだったりそれに近いものが出来上がりまくっているのに、自分だけポツンと取り残されている感じがまた心に刺さる。やっぱ俺って避けられてる?

 一二三ひふみトリオにダンスパーティーのことを聞いてみると、既にいおりんにアタックして「ごめん、ボク決めてる人がいるんだ」って撃沈したらしい。

 なんと、いおりんには決まった相手がいるらしい! もしかしてレーナちゃんかな?


 とりあえず羽子ちゃんのほうは、何か動きがある様子はない。でも俺は知っている。最近男子のうちの何人かが、羽子ちゃんに色目を使っていることを!

 くっそー、あいつら羽子ちゃんの魅力に気づきやがったな! あの子を見出した俺としては、そんな奴らに絶対に羽子ちゃんは渡さないからなっ!


 ……っと、それはさておき、やはりアカルちゃんがそういった喧騒から完全に取り残されている感は否めない。

 このままじゃいかんなぁ。少しずつでも変えていかないとな。

 そう考えた俺は、そのための第一歩を踏み出すことにした。

 とりあえず心の中の一人称あたりから気をつけてみよう。自分のことは『俺』じゃなくて『私』と呼ぶよう心掛けてみる。うん、こういうことって案外大事だったりするしね!


 私は日野宮あかる、17歳の女子高生でーす。

 ……んー、やっぱなんか違和感がある。

 でもさ、もし本当に女の子になるなら、いずれは男性と付き合ったり結婚したりすることを考える必要があるわけで……そんなことできるのか?


 冷静になって自問自答してみる。たとえばミカエルと付き合ったとしよう。……あーもう無理無理、気持ち悪い。吐き気がする。

 いおりんだったら……まぁありかな? でもどちらかというといおりんを女の子として見てしまうんだよねぇ。夫アカル、妻いおりん。うむ、これはこれでありだな。新しい扉を開けてしまいそうだけど。

 次にレーナや羽子ちゃんで想像してみる。むふっ、ぜんぜんありじゃん。

 ……ってか、やっぱり相手は女の子しか考えられないってばさ!


 このままではいかん! ちゃんと女の子になるトレーニングを始めてみないと!

 そう決心したは、色々と″女性化″のトレーニング方法を検討することにしたんだ。



 まず手を出したのは、女の子のバイブル、少女マンガ!

 これについてはとりあえず一二三ひふみトリオに借りてみることにした。ちなみに借りたのは『ハニカム王子と仮面姫』とかいう、今度イケメン俳優で映画化も予定されている人気作なのだそうで。


 ……んー、なんか微妙。

 いや、そこそこ面白いんだよ。だけどさ、なーんか出てくる男たちに現実味が無いんだよねぇ。


 そもそもなんでこいつらのセリフでドキッとするのかが分からない。

 だいたいさぁ、「君に嵌められた仮面を剥いで、その素顔を見たい」とかリアルに真顔で言われたら、吹き出すか吐くか殴るかよね?


 ……あかん。初手から完全につまづいてる。自分が女の子になりきるビジョンがまったく見えないわー。




 ◇◇◇




 昼休みに教室で一人ぼーっと歌詞について考えていると、レノンちゃんがふらっと遊びに来た。


「やっほーアカルにゃん、今度の学祭ステージにバンド出演するって聞いたにゃん?」

「あー、うん。なんか成り行きでそうなっちゃってね」

「そうなのかにゃ……。実は今日、アカルにゃんにお願いがあって来たにゃん。よかったらそのステージに、レノたちをステージダンサーとして一緒に出演させてほしいにゃん」


 ステージダンサー? なんだそれ?

 バニーガールの服でも着て踊ってくれるんなら、こちとらウェルカムだけど……んなわけないか。


「ちなみにそれは……私も踊りを覚えたりしなきゃいけないのかな?」

「それは気にしなくていいにゃん。こっちは勝手に音楽に合わせて踊るにゃん」


 あ、そうですか。まー別にバックで踊るくらいは構わないけどね。

 そう答えると、レノンちゃんは満面の笑みを浮かべ、飛び上がって喜びを表現する。


「やったにゃん! 決まりにゃん! レノとみかりんとジュリにゃんで踊るにゃん! よーし、気合い入れて頑張るにゃん!」


 おやおや、誰と踊るのかと思ったらみかりんたちらしい。バックダンサー三人で踊るのかぁ、いったいどんなステージになることやら。


 そう思ってたら、今度は放課後にレノンちゃんが配下をゾロゾロ引き連れて教室にやってきた。配下とはすなわち、みかりんやジュリちゃん、それに横にいる真面目っ子っぽいやつって……たしか一年生の恵里巣えりすくんだっけ?


「アカルにゃん、追加でお願いがあるにゃん」

「ん、なぁに?」

「ステージ構成担当で、エリスにゃんも入れたいにゃん」


 そう言うとレノンちゃんは、ぐいっとエリスくんを前に押し出してきた。当のエリスくんはなんだか気まずそうな表情を浮かべていたものの、レノンちゃんに促されて渋々と言った感じで口を開く。


「あの……日野宮先輩、その節は色々とご迷惑をおかけしました」

「その節?」


 えーっと、エリスくんとなんかあったっけ? 素で分かんないんだけど。……って、例の生徒会長選のことかな?


「よくわからないけど、私は特に気にしてないよ?」

「そうですか、ありがとうございます。つきましては……そのときのお詫びと言ってはなんですが、ぼくに日野宮先輩のステージのプロデュースをさせて欲しいんです」

「エリスにゃんのプロデュース能力はホンモノにゃん! 手伝わせて絶対に損はないにゃん!」


 んー、私個人的にはステージの演出なんかはどうでもいいんだけどな。

 そんな感じのニュアンスのことを答えたところ、レノンちゃんが烈火のごとく怒り始めた。


「アカルにゃん!なに言ってるにゃん! 演出はなにより大事にゃん! たった一回しかないステージ、全力を尽くすべきにゃん!」

「は、はぁ……」

「だから今回の演出は『にゃんレボ』で実績のあるこのレノたちに任せるにゃん! そして最高のステージにするためには、エリスにゃんの力が不可欠にゃん! 絶対に、最高の舞台にしてみせるにゃん!」


 気合入ってるのはいいんだけど、にゃんにゃん煩いなぁ。

 あまりの迫力に気圧されてとりあえず頷くと、レノンちゃんは満足したのか、ぽいんぽいんの胸をえっへんと自慢げに反らした。


「むふふっ、分かってくれればいいにゃん。そのかわり……といってはにゃんだけど、アカルにゃんにはまたちょこっと『にゃんレボ』に出て欲しいにゃん」

「……結局それが主目的なんじゃない?」

「ちがうにゃん! 世の中、持ちつ持たれつにゃん! 人間、一人じゃ生きていけないんだから、助け合うことは大事にゃん!」


 んー、なんか無理やり助け合いを押し付けられたような気がするんだけど……まいっか。



 こうして、なんだかんだでレノンちゃんに説き伏せられた結果、ステージ全体の演出およびダンスパートを、レノンちゃんたちに一任することになったんだ。




 ◇◇◇




 学祭まで一ヶ月を切ったこの時期、放課後のバンド練習がほぼ毎日行われるようになった。

 そんなわけで、今日もいつものように音楽室に入ろうとしたところ、室内からミカエルの歓喜の声が聞こえてきた。


「おしっ、メインメロディが出来上がったぞ!」

「大声出しちゃってどうしたの? ミカエル」

「おーアカル、いいところに来たな! お前の曲のメロディラインが出来上がったぜ!」

「えっ? 本当⁉︎」


 実は私が披露することになる楽曲は、ミカエルが作曲することになっていた。というよりも『キングダムカルテット』の楽曲のほぼ全てをミカエルが作詞作曲していたのだ!

 なんという羨ましい才能! おおぅ、天はイケメンに二物も三物も与えるようです!


「で、どんな感じなの?」

「パソコンに入れてある。イヤホンで聞いてみろよ」


 どうやら最近の作曲はパソコンでやるらしい。ゲームは出来るけどそういうのは苦手な自分としては、ちょびっとだけ尊敬するなぁ。ちょびっとだけね?


 で、早速聞かせてもらったメロディラインは、ミカエルという性獣には似つかわしくないくらいポップでキュートなサウンドだった。電子音ではあるものの、思いの外素敵なメロディに、思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


「……すごくいいじゃない」

「だろう? まぁこのあと伊織たちに音を当ててもらって編曲してもらわなきゃいけないけどな。悪くない音が天から降りてきたぜ!」

「これが……私の曲かぁ」


 なんとなくメロディラインに合わせて鼻歌を歌ってみる。うん、すごくいい感じだ。なんか歌詞が浮かんできそうな気がするよ。


「ん〜ん〜♪ ねぇミカエル、この曲のデータくれない?」

「……ああ、いいぜ。このSDカードに落としておく。にしてもアカル、お前いい声してるな?」


 私の鼻歌を驚いた様子でSDカードを渡してくるミカエル。


「いい声してるなって、私の歌声も知らずにヴォーカルに推してたの⁉︎」

「んまぁ伊織たちが推してたから、あんま気にしてなかったんだよ。そんないい声してるとは思わなかったぜ。おかげで新しいインスピレーションが湧いてきた」

「なにそれ」


 これは褒められてる……のかな? なんにせよ、よりよい曲になるならいいけどさ。


 他のメンバーが来るまでの間、片耳イヤホンでさっきの曲を聴きながらノートに思いつく歌詞を書き込んでいると、側でパソコンをいぢっていたミカエルがふと声をかけてきた。


「なぁアカル」

「ん?」

「この曲気に入ったか?」

「……うん、気に入ったよ」

「じゃあよ、礼代わりといってはなんだが……オレとデートしろよ?」


 はぁ? こいつなに考えてんだ?

 一瞬そう思ったものの、すぐに冷静になって考えてみる。


 そういえば私は、一ヶ月後を見据えてトレーニングしてる最中だったっけ。だったらこの手のものは一度は経験しておいたほうがいいのかな?


「……いいよ」

「え? マジか?」


 おいおい、誘ったほうが驚くってどういうことよ?

 私の返事に戸惑いを見せるミカエルに、やっぱりオッケーしたことをちょっと後悔しかける。だけどミカエルはすぐに気を取り直して日程調整をしてきて、さっそく今週末にデートすることになったんだ。


 ……これでいいのか、私?

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