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8.焼きそば

 ガタンゴトン……。

 俺は電車に揺られながら帰路に着いていた。夕暮れの電車はそんなに混んでなかったんだけど、なんとなく座り込むとそのまま立てなくなりそうだったので、手すりにもたれかかるようにして立っていたんだ。


「はぁ……疲れた」


 誰にも聞かれないように声を漏らす。もはや疲れ果ててクタクタだった。それくらい猛烈にエネルギーを使う学校生活だった。


 しばらくして、電車は自宅のある駅にたどり着いた。

 改札を抜けて駅から少し離れた場所まで来ると、人通りが徐々にまばらになっていく。人気のない夕方の住宅街を、ひとりでトボトボと歩きながら帰宅の途についていた。


 家の近所までたどり着いて、俺はようやく今日初めて心の底から安堵した。

 あぁ、周りの目がないってのはなんて素晴らしいことなんだろうか。学校にいる間は、まるで針のむしろの中にいるみたいだった。


 不安だらけの登校初日だったんだけど、俺はなんとか乗り越えることができた。たぶんボロも出なかったと思う。

 なにせ今日一日、誰からも・・・・声をかけられなかったのだから。



 朝のイケメン四人組『キングダムカルテット』とやらに話しかけられて以降、俺に話しかけてくるヤツはなぜか一人もいなかった。

 なんとなく声をかけにくい雰囲気を醸し出してたのかもしれない。なにせ緊張感マックスで「頼む。誰も話しかけないでくれっ!」って祈ってたくらいだから。

 その甲斐あってか、ホームルームが終わったあとの休み時間に俺に話しかけてくるヤツはいなかった。それどころか昼休みでさえ、誰も声をかけてこなかったんだ。

 昼のチャイムが鳴って各々が気ままに昼食を取り始めたころ、俺はカバンの中からアカルママ手作りのお弁当を取り出して、とりあえず一人外に出た。結局昼食は人目のつかないところで一人で食べた。

 午後になっても状況は変わらなかった。そのまま放課後まで時は過ぎて行き、俺は終業とともに逃げるように学校を後にしたんだ。



 これが成功だったのか失敗だったのかは分からない。だけど疲れ果てた俺は、とりあえず何にも考えることが出来ずにそのまま家にたどり着いたんだ。


「ただいまー」

「あ、おねーちゃんおかえり!」


 家に着くと、居間でソファに座ってテレビを見ていた妹のマヨちゃんが返事を返してくれた。あぁ、なんかマヨちゃん良いなぁ。存在に心が休まるよ。


「どうしたの? なんか疲れた顔して」

「えっ? あぁ、うん。気にしないで」


 マヨちゃんの頭をポンポンと撫でると、カバンを床に置いてとりあえず冷蔵庫からお茶を出す。

 ゴクゴク、あぁうまい。生き返るぜ。

 ふと気づくと、なぜかマヨちゃんが俺のことをジッと見つめていた。


「……どうしたの?」

「あ、ううん! なんでもないよ! それよりおねーちゃん、晩御飯どうする?」


 どうする? どうするって、どういうことだ?

 晩御飯なんてアカルママが作ってくれるんじゃないのだろうか。


「おねーちゃん、おかーさんのメール見てないね? 今日も遅くなるってさ」


 言われて確認してみると、確かにアカルママから『今日も残業、各自食事調達の事』という、仕事へのやり場のない怒りが感じられるメールが届いていた。

 なるほど、アカルに大量に届いてたママからのメールはこの手の内容だったのか。色々ありすぎてメール確認するのすっかり忘れてたよ。


「マヨちゃんこれからコンビニ行くけど、良かったらおねーちゃんの分もなんか買ってこよっか?」


 えっ? コンビニ弁当!? 俺はマヨちゃんの言葉を疑った。

 ちょっとちょっと、年頃の子がそんなのばっかり食べてたらダメでしょ!


「ダメだよマヨちゃん。ちゃんと料理したもの食べないと、栄養のバランス崩れちゃうよ?」

「ふぇっ!?」


 驚くマヨちゃんを尻目に、素早く立ち上がると冷蔵庫の中身を確認する。

 むーん、あんまり食材が入ってないや。ただ焼きそばの麺ともやし、ピーマンにキャベツと、あとはハムも見つけたぞ。これだけあれば、俺様特製『スペシャル焼きそば』が作れるじゃないか!


 --説明しよう!『俺様特製スペシャル焼きそば』とは、一人暮らしの庶民の味方、安上がりで簡単で栄養のバランスが取れた総合食品なのだッ!


 って、なぜかそんな記憶は残ってんのな。この辺の記憶操作の塩梅がいまいちまだよく分からないぜ。

 でもまぁ今はまず晩ご飯だ。

 俺は冷蔵庫からキャベツやピーマン、ハムなんかを取り出すと、素早く包丁でぶつ切りに刻み始める。ぶっちゃけそんなに上手じゃないけど、焼きそばなんて野菜の大きさがバラバラのほうが美味しいのさッ! なーんて自分で自分に言い訳をしてみる。


 野菜を炒めてると長い髪がけっこう鬱陶しい。料理に邪魔だなぁって思ってたら、いつのまにか側に来ていたマヨちゃんが「おねーちゃん、はいっ」と言ってヘアゴムを渡してくれた。

 おお、なんて優しい子なんだよマヨちゃん! 俺は料理の手を止めてマヨちゃんの頭を撫でると、受け取ったヘアゴムで髪を取りまとめる。


「よーしッ!アカル特製スペシャル焼きそば完成だッ!」

「わぁー! おいしそぉー!」


 最後に目玉焼きを乗せた焼きそばをリビングのテーブルに運ぶと、お箸や飲み物なんかを用意してくれていたマヨちゃんがわざとらしい歓声を上げた。食卓の準備をしてくれるなんて、この子マジで良い子だなぁ。リアル妹に欲しいよ。


「お味の方は保証しないよ? 美味しく召し上がれ」

「はーい、いっただっきまーす」


 二人でリビングのテーブルに横並びに座って、テレビを見ながら焼きそばを食べ始める。

 ムグムグ。うむ、うまい。我ながらなかなか良い味にできたみたいだ。


「あっ。ほんとに美味しい! おねーちゃん、こんな料理どこで覚えたの?」

「ふふふッ。謎の美女には謎が多いのさ」

「おねーちゃんなに言ってんの? バカみたい」


 そう言ってけらけら笑うマヨちゃん。

 あぁ、朝は緊張しすぎて気づかなかったけど、こんなのも家族団らんって感じで良いよなぁ。


「でもさ、こうしておねーちゃんと一緒に晩ご飯食べるのも良いよね?」


 まるで俺の心を見越したかのように、ふいにマヨちゃんが語りかけてきた。それにしてもどういうことだろうか。アカルはマヨちゃんと一緒にご飯を食べたりしてなかったのだろうか。


「いや、ほら。おねーちゃんってあんまり晩ご飯食べないで、部屋でカロリーフレンドとか食べながら勉強ばっかりしてたじゃない?」

「ふ、ふぇッ!?」


 ま、マジかよ。もしかして俺、やらかしてしまった?

 一瞬焦りの表情を浮れる俺に、何かを察したのか……マヨちゃんがニッコリと微笑んだ。


「あっ、でもね。マヨちゃんはいまのおねーちゃんの方が好きだな。だって焼きそば美味しかったんだもんっ」

「う、うん。そっか、ありがとマヨちゃん」


 俺はとりあえず誤魔化すようにマヨちゃんの頭をひと撫でした。それで満足したのか、マヨちゃんはテレビに映るバラエティ番組に視線を戻すと、楽しそうにケラケラとまた笑い出したんだ。


「ねぇおねーちゃん。マヨ、ピーマン苦手なんだぁ。食べて?」

「だーめ、残さず食べなさい」

「ちぇーっ。はぁーい」


 そんな感じでマヨちゃんと話していると、玄関が開く音が聞こえてきた。アカルママかアカルパパが帰ってきたのかな?

 リビングのドアが開いて現れたのは、見たことのないイケメンだった。年の頃は二十歳くらいだろうか、なんとなくアカルやマヨちゃんに似ているような気がする。


「お、なんか美味そうなの食ってるな」

「おにーちゃん、お帰り〜」


 あぁ、こいつがアカル兄なのか。念のため【ステータス】も確認してみる。


 --《日野宮 朝日あさひ (兄さん)》--

 20歳 男

 state: アカルのお兄さんだよ。現在大学三年生。とってもモテるイケメンだよ。

 −−−−


 なるほど、朝日兄さんね。これで日野宮家の全員と顔を合わせたことになるわけだ。それにしても、しみじみこの一家は美男美女揃いだよなぁ。いくらゲームの世界とはいえ、なんといううらやまけしからん家族だ。


「これアカルが作ったのか? マヨイ、俺にもくれよ」

「えー、ヤダよ」

「ケチだなぁ、にいちゃん疲れてるんだぜ?」

「どーせ女の人とデートでもしてたんでしょ?」

「ふふふっ、男にも色々あるのさ」


 なーんて仲の良い兄妹の会話を聞きながら、俺は朝日兄さんの分の焼きそばをよそいで渡してあげる。今回はサービスなんだからねッ!


「おっ……アカル、ありがと」

「どういたしまして、二人仲良く召し上がれ」


 俺がそう言うと、なぜか二人はケンカをやめて黙って焼きそばを食べ始めた。

 よしよし、君たちいい子だな。それにしても平凡な家族の日常ってのもいいもんだ。なんというか……心が休まる。

 俺はピーマンを兄の皿に入れようとするマヨちゃんや、それに気づかずムシャムシャ焼きそばを食べる朝日兄さんの様子を眺めながら、Gからの指令云々は抜きにしてもこの生活は守りたいなって、心の底から思ったんだ。

---《おまけ》---


朝日「なぁマヨイ。なんだかアカル、イメージ変わってないか?」

マヨちゃん「あのねぇおにーちゃん、女の子は三日会わないだけで大きく変わるんだよ?」

朝日「それ元ネタは男子三日会わざれば、だろ? しかも刮目して見よ、だよな?」

マヨちゃん「えー、マヨちゃん難しいことわかんない」

朝日「……まぁいいけど。それにしても焼きそば旨いな」

マヨちゃん「うんっ! でもマヨのはあげないよ?」



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