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74.突きつけられた現実

 

 ラーの口から発された言葉は、ある程度その答えを覚悟していたにもかかわらず、俺の心を深く抉った。

 なにせ彼女らが″異世界転生″をさせる本命は『元のアカルちゃん』であって、俺はその召喚に巻き込まれた--ただの一般人でしかないと言われたのだから。


「あの時の君は、トラックに轢かれそうになったアカルちゃんを、身を呈して守ろうとした。その行為自体はすごく立派だと思う。だけどね、実は彼女が轢かれることは、全て″予定調和″だったんだよ」

「予定調和?」

「ああ。彼女の人生はあのときトラックに轢かれて終わる予定だった。それが彼女の″運命″だった。だから私たちは、彼女が運命通りに死んで魂となった瞬間、儀式を行って異世界へその魂を送り込もうとしていたんだ」


 だけど、そこに想定外の事態が起こった。それこそが……。


「そう、君の乱入だよ『S』」


 そう言うとラーは一瞬だけ俺に哀れみの表情を向ける。でも俺は、そんな彼女ラーの気遣いに気づけないほど強いショックを受けていた。

 とはいえラーは説明を止めることなく、言葉を続ける。


「本来の″運命″であれば、そこで日野宮あかるの肉体は死に、その魂は異世界へと転生する予定だった。だけど君が身代わりになり、彼女を突き飛ばした。その結果、どうなったと思う?」

「どう……なったんだ?」

「……まぁ結論として、日野宮あかるが死ぬ定めは変わらなかった。なにせそれが彼女の運命なんだ、変わるわけがない。日野宮あかるは、突き飛ばされたあと君が轢かれるところを見て、ショック死したんだ」


 なんと、結局アカルちゃんも死んでしまったのだという。なんだよそれ、俺ってば完全に無駄死にじゃんか。


「じゃあ……本物のアカルちゃんは?」

「彼女が死んだあと、その魂は私が力添えすることで、なんとか予定通り″異世界転生″を果たしたよ。もともと彼女は異世界に憧れを持っていたみたいでね。すべてがうまく行ってて、今ではすっかり私たちの世界に順応してるよ。ほら、これを見てごらん?」


 そう言うとラーは、一枚の鏡のようなものを見せてくれた。

 そこに映し出されたのは、白い鎧に身を包み、光り輝く剣を手にした金髪の美女が意気揚々とゴブリンのような怪物に斬りかかっていく場面。


「も、もしかして彼女が……」

「ああそうさ。彼女こそが″日野宮あかる″が私たちの世界に転生した姿だよ。今では救国の英雄として大活躍してる」


 異世界転生を果たした元アカルちゃんだった人は、実にハツラツとした表情で剣を振るっていた。その様子から、彼女が心の底から異世界での転生ライフを楽しんでいるさまを垣間見ることができる。

 そんなアカルちゃんの姿を見て、俺の心に浮かび上がってきたのは……安堵の気持ちだった。


 あぁ、よかった。本物のアカルちゃんが元気に転生していきていることを知って、俺は心の底から安堵した。

 と同時に、全身の力が抜けてその場に膝をついてしまう。


「ははっ、よかったよ」

「ふふっ。他人の無事を喜ぶなんて、君は実にお人好しだな。でもね……これで全てが丸く収まったわけじゃないんだ」


 ラーは一瞬にして鏡を何処かに消し去ると、真顔に戻って説明を続けた。これまでにない、真剣な色をその瞳に宿して。


「そんなわけで、″異世界転生″を行う際に、予想だにしなかった犠牲が生まれてしまった。それは……君だ」

「俺は……やっぱそのとき死んだのか?」

「ああそうだ。君は日野宮あかるの身代わりにトラックに轢かれて死んだ。実に困ったものだよ。なにせ予定外の死者が出た・・・・・・・・・んだからね。本来であれば事故死するはずだった彼女に変わり、君が轢かれて死ぬなんて、これは完全に想定外のことだった」

「じゃあ、俺のしたことは……」

「んー、良く言えば余計なお世話?」

「わ、悪く言えば?」

「邪魔」


 がーん。

 なんということだろうか、命を賭して俺のしたことは、実は全て無意味で無駄なことだったのだ。

 何気に落ち込んでいると、なんとラーから慰められてしまった。


「まぁそう落ち込まないでくれよ。君の取った行動は結果としては無意味で無駄だったかもしれないけど、人としては素晴らしい行為だったんだからさ」

「その言葉ぜんっぜんフォローになってないんだけどっ!」


 俺の逆ギレに、ラーは声をカカカと出して笑う。


「あははっ、冗談だよ。気を悪くしないでくれ。……それじゃあ話を続けようか。そんなわけで君は、我々の儀式を危うくご破算に仕掛けた挙句、トラックに轢かれて身体はバラバラになって死んでしまった。一度死んでしまうと、異世界からなんとか干渉しているだけに過ぎない私たちでは、ほとんどできる事はない」

「そりゃあ、身体がバラバラになっちゃったら無理だよねぇ……」


 それで生き返ったりしたらリアルホラーだよ。バラバラの人間がくっつきましたー、なんてね。


「だけど、私たちのせいで勇敢な男性--すなわち君を、むやみに死なせるのは非常に惜しかった。何とかして助けたいと思ったのだ」

「うん……」

「実はそのとき、たった一つだけ君を救出する方法があった。それは……」


 あー、なんかもう言わなくてもわかる。それこそが、俺がアカルちゃんの身体に入った理由だな。


「そのとおり。すでに死んでしまって魂だけの存在になった君。戻るべき肉体はバラバラで、もはや修復は不可能。だけどすぐそばには、ショック死して魂は異世界へと転生し、空っぽになった無傷の″日野宮あかる″の身体があった。そこで私は……応急処置的に、君の魂を--外観的には無傷だった″日野宮あかる″の肉体に当て込んだのさ」



 これが、俺の身に起こった真相。すなわち俺がアカルちゃんの身体に入ってしまった理由だった。




 ◇◇◇




 ここで一度おさらいしよう。

 本当なら俺は、事故で死んだ身だった。

 だけど俺は、ラーの力でアカルちゃんの身体に乗り移ることで、なんとかこの世にしがみつくことができていたのだ。


 なんで女の子の体になってしまったのかは、今回のラーの説明でだいたい理解することは出来た。

 だけど、ラーに確認したいことはまだまだたくさんある。


「……なるほど、俺がアカルちゃんの身体の中にいた理由はわかったよ。でもさ、だとしたらなんで俺の記憶を奪った? あと、あんな変なミッションを俺に与えた理由は?」

「その理由も簡単さ。君に″日野宮あかる″の身体に慣れてもらうためさ」


 はぁ? 慣れてもらうため?

 意味が分からない。そんな様子の俺に気づいてか、ラーは説明するように問いかけてきた。


「なぁ『S』。もし君が以前の記憶を全部持ったままで″日野宮あかる″、すなわち女の子として目覚めてたら、どうしてた?」

「そりゃもちろんビックリするさ!」

「そのあとは?」

「そのあとは、もちろん元の記憶をたどって……あっ」


 そこで俺はようやくラーの意図に気づいた。そうか、彼女はだから俺の記憶を取り上げたのか。


「どうやら気づいてくれたみたいだね」

「……その時点でもう、前の俺は世間的に死んでいたんだな? だから、俺がアカルちゃんの姿で元の男だと名乗ると、いろいろと問題があったんだな」

「そのとおりだ。君の肉体はその時点ですでに死んでいて、お葬式さえ済んでいた。そんな人間が女の子の姿で戻ってきたりしたら、どうなると思う?」

「そりゃあ……大ごとになるよねぇ」


 死んだ人間が美少女になって戻ってきたなんて、絶対に誰も信じやしないだろうなぁ。


「それに、日野宮家のほうだって問題だ。日野宮あかるの両親に、『あなたの娘は死んで異世界に旅立ちました。そしていまの娘の中には、そのとき死んだ別の男の魂が入っています』なーんて言ったところで、簡単に信じてもらえると思うかい?」

「それは……無理だなぁ」

「だろう? まぁ百歩譲って仮に信じてもらえたとしても、今度は君がご両親から『元の娘の魂をどこにやったのか!』とか、責められたりするんじゃないかな?」


 だから今回、君の記憶を取り上げたのさ。そう口にするラーの説明は、実に説得力があった。


 たしかに、最初から記憶を持っていたら、きっと俺は大混乱に陥っていたことだろう。そういう意味では俺の記憶を広範囲で封じたのは正解だったと言わざるを得ない。


「じゃあ、あのしちめんどくさいミッションの存在意義は……」

「ふふふっ。ここまで来たら、君も薄々気づいたんじゃないかな?」


 ラーの問いに、俺は渋々頷き同意を示す。


 【G】から与えられるミッションについては、前々から少しおかしいなぁとは思っていた。

 荒唐無稽で秩序のないミッションの内容。まるで行き当たりばったりに与えられるミッションの数々。

 それもそのはずだ、なぜならば……。


「……あのミッションの内容に、意味など無かったんだろう? ようは時間を稼げれば良かったんだよな?」

「だいたい正解だけど、単に時間を稼ぎたかったわけじゃないよ。正確にはね、君が女の子の身体に・・・・・・・慣れる・・・ための時間を稼ぎたかったんだ」


 そう、あのミッションの中身にはなんの意味もなかったのだ。

 ようは、俺がアカルちゃんの体に慣れるための時間が稼げさえすればそれでいいという類のもので、どんな内容であろうと、クリアできようができなかろうがも含めて、全てが無関係だったのだ。


 ……なんだかなぁ。

 知ってしまえば納得の理由。とはいえこいつらに踊らされた感が否めない。くそー、なんか悔しいぞ。


「でもさ、なんでそんな回りくどいことをするんだ? あんたたちだって楽じゃなかっただろうに……」

「それが君にとって一番のソフトランディングだと思ったからさ。なにせ事はミッションクリア後のことに関係してくるからね」


 そう言うとラーは、ツインテールの髪を両手でサラッと撫でつけた。

 どうやら彼女の話には、まだ続きがあるらしい。




 ◇◇◇




 ミッションクリア後には、新たな展開が待ち受けている。

 ラーはそのことについて改めて説明を始めた。


「もはや気づいているだろうが、全てのミッションをクリアしたとしても君の記憶は完全には戻らない。そのときに待ち受けているのは、『一つの選択』だ」

「選択?」

「ああ。私たちの計画に巻き込んでしまう形となった君には申し訳ないが、一度死んでしまった君に残された選択肢はもはや二つしかない」


 そう言うと、ラーは指を二本前に突き出す。


「一つ目は、このまま″日野宮あかる″として生きていくこと。そしてもう一つは、″日野宮あかる″を捨てて別の生を生きていくことだ。それが、私たちが君にできる限界だ。だから君にはそのいずれかを、ミッションクリア後には選んでもらうことになる」


 ラーが提示してきたのは、ある意味究極といえる二択だった。


 前者はわかる、このままアカルちゃんとして生きていくってことだ。

 だが後者の方はいったいどう言う意味だろうか。確認してみると、「輪廻の輪に戻り、生まれ変わる」ということらしい。げっ、また死ねってか?


「……えーっと、たとえば俺は元のアカルちゃんみたいに異世界に行けたりはしないの?」

「さっきも言ったとおり、″異世界転生″は前提条件が大変厳しく、極めてレアリティの高い召喚術だ。日野宮あかるだから成功したものの、残念ながら君だと成功しない」


 なるほど、そっちの選択は無理ってことね。


「もう少しそれぞれの選択肢について説明していいかい。もし君が後者を選択した場合は、君の失われた記憶を復元して、お世話になった人に最期のお別れの挨拶をする機会を与えるよ。しかも生まれ変わる際、ちょっとだけギフトをつけて、しかも男性に生まれることを確約しよう」


 ギフトだって⁉︎ おお、なんて太っ腹!

 ちなみにどんなギフトをつけてくれるのか聞いてみると、「ちょっとラッキーになるとか、ちょびっとモテるようになるとか、人より少し記憶力が良いとか、その程度のものだよ」とのこと。まぁそれでも十分すごいと思うけどさ。


「じゃあさ、このままアカルちゃんでいることを望んだ場合はどうなるの?」

「君が日野宮あかるのままでいることを望んだ場合には、もう過去の記憶が戻る事はない」


 えー! なんでさっ!

 抗議の声を上げる俺に、ラーはふぅとため息交じりの吐息を漏らす。


「日野宮あかるでいるのに、『S』が男だった頃の記憶など不要だろう? なんでも知っていることが、幸せに繋がるとは限らない」

「でも! もし俺のことを覚えている人がいたりしたら……」

「君は女の子の姿でその人に話しかけるのかい? そして自分は『S』だーって名乗るのかい? そんなことをして、どうする気なの?」


 ……くそっ、悔しいけどラーの言うとおりだ。

 もし俺がアカルちゃんとして生きていくなら、確かに元の男だったときの記憶は不要だろう。そんなもの持っててもろくなことにならないだろうからな。


「でも、だったらなんでミッションクリアのたびにチマチマ記憶を解放したりしたのさ?」

「その理由は簡単だよ。君だって多少は記憶が戻らないと、どちらの人生を選択するか、選びようがないだろう?」

「そ、そうだけど、だったら最初から記憶を全部くれてれば……あっ」


 そこでまた、ラーの意図に気づいてしまう。

 そうか、最初から記憶が全部あったら大混乱するから、ラーは俺の記憶を取った。だけどいずれ最終決断をするにあたり記憶は必要だから、少しずつ記憶の封印は解いていった。

 その理由付けが、ミッションという名の調整弁だったわけか。


 なんという、手厚い保護。

 そう思わずにはいられないほど、ラーが俺のために尽くしてくれた策は思いやりのあるものだった。


「そっか……。あんたたちはずいぶんと俺のことを、手厚く大事に見守ってくれてたんだね。とっくに見捨てても誰にも責められやしなかっただろうに」

「まぁこちらの都合で君の命を奪う義理なんて、私たちにはないからね。これはせめてもの償いなんだよ」


 目を細めながらそう言うラーは、これまでにないほど優しい表情で俺のことを見つめていた。



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