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72.記憶の地

 はー、疲れた。

 湯上りにふらふらしながら宿に戻る帰り道、気がつくと横を歩いているのはガッくんだった。


「なんかお疲れだな、日野宮」

「ほんとだよー、ガッくん少しは引き受けてくれない? 私もう限界……」

「ははっ、僕に日野宮の代わりは務まらんよ。しかしあの・・日野宮でも限界はあるんだな」


 なんか上げてんだか落としてんだかよく分からないフォローだな。にしても、「あの」ってどういう意味さ?


「いや別に大したことじゃないさ」

「あー、その言い方気になるー!」

「気にするほどじゃないよ。ただ……僕は日野宮のことをすごく高く評価してるって話さ」


 ん? 評価?

 もしかしてハイキックされたのが嬉しかったの?


「違うわ! 日野宮、お前はいつもみんなのことを考えて行動してるだろう? そういうところを僕は尊敬してるんだ」

「……へ?」

「今回の旅行初日の夜だってそうだろ? 日野宮は荒れ気味だった雰囲気を鎮めるために、あんな突拍子のないことを言ったんだろう?」


 ほーぉ、どうやらガッくんは都合のいいように勝手に解釈……というか勘違いをしてくれているらしい。ちょうどいいや、だったらあえて訂正はしないでおこう。とりあえず適当に頷いておく。コクコク。


「僕はご存知の通り堅物カタブツだ。至らない部分はたくさんある。その点を、日野宮が居てくれることで、うまく学校が回ってる部分もあると思うんだ」

「そ、そんなことはないと思うけどね?」

「あるよ、謙遜するな。まぁでもだからと言って一人で抱え込むなよ?」


 僕じゃあまり力になれないかもしれないが、これでも生徒会長なんだから、少しは頼ってくれよ? 最後にそう言うと、ガッくんはメガネをキラッと光らせながらイケメンスマイルを残して先に歩き出したんだ。


 ……くそっ、イケメンな上に人間も出来てるなんて、出来過ぎだろー! なんか生物として負けた気分になるよ……トホホ。




 ◇◇◇



 ついに、修学旅行は運命の五日目に突入していた。

 この日の俺は朝からいつになく緊張していた。なぜなら今日、もしかしたら俺の過去の記憶を取り戻すキッカケが手に入るかもしれなかったのだから。


 例の福岡にある神社仏閣。

 事前にそこを調べてみると、出るわ出るわ……記憶の琴線に触れる映像をたくさん見ることができた。

 その時点で確信する。間違いなく俺は、この地の近くで生まれ育ったのだと。

 そんな--元の身体のヒントが眠るであろう地に向かうのに、緊張しないわけがなかった。


「アカルさん、なんだか今日は静かですね?」

「……えっ? そ、そうかな?」


 大分から福岡に移動するバスの中で、隣に座った羽子ちゃんにそんな指摘をされてしまう。いかんいかん、ごく自然にしてないと怪しまれちゃうよな。リラックス、リラックス。

 笑顔を無理やり作って微笑んでみたんだけど、羽子ちゃんに怪訝な顔をされちゃったよ。


 福岡の大きなターミナル駅近くの広場でバスを降ろされて、ここからいよいよ班行動となる。

 俺たちの目的地である例の神社仏閣がある駅は、ローカル線に乗って30分ほどの駅で降りたところにあることは分かっていた。

 ってなわけで、さっさと電車に乗ってしまえば良かったんだけど……。


「ねぇねぇ、あれレーナちゃんたちのポスターじゃない?」

「あらそうね。こんな大きな駅にずいぶん盛大に貼ってもらったわね」

「……げっ」


 なんと駅には、俺とレーナが映った例のスターリィプリンセスの超巨大ポスターが、一番目立つ場所にデカデカと張り出されてたのだ。目立つったらありゃしない。


「ねぇアカル、せっかくだからあの前で写真撮りましょうよ」

「ええっ⁉︎ ここで⁉︎ 目立っちゃうよ?」

「別にいいじゃない。旅の恥はかき捨てよ?」


 うーむ、そいつは言葉の意味が違うと思うんだけどなぁ。

 でも頑固なレーナが一度言い出したらなかなか聞かないのも知ってる。仕方ない、ササッと撮影してレーナの要求を満たしたところでさっさと退散するとするかね。


 そんなわけで、巨大ポスターの前で二人でポーズを決めながら写真を撮ってたんだけど、当然周りの人たちが見逃してくれるわけがなく……なにやらザワザワと人が集まり始めたんだ。

 そりゃそうだよね〜。美少女二人が撮影なんかしてて、しかもよく見てみるとそれが後ろのどデカイポスターに映ってる人と同一人物なわけだから、みんなビックリするに決まってるよね。


「ねぇねぇ、あの子レーナちゃんじゃない?」

「ほんとやぁ! なんで関東のアイドルがこんなところにおるん?」

「しかも横にいる子、あれ例の謎の美少女″AKARU″じゃないかな?」

「うっそー⁉︎ マジで⁉︎ バリ可愛いんですけどっ!」


 やばっ、完全に気付かれてるじゃないか。

 俺たちは遠巻きにしていた野次馬たちに完全包囲される前に、慌てて撮影を済ませて、逃げるようにしてこの場をあとにしたんだ。




 ◇◇◇




 あまり人の乗ってないローカル電車に飛び乗ったのは、扉が閉まる寸前だった。

 あっぶねー、これ逃したらあと30分は次の電車来なかったよ。

 とりあえず全員が対面式になった座席に男三、女三で分かれて座る。


 がたんごとん。がたんごとん。

 非常にゆっくりとしたスピードで進む電車。徐々に窓の外の景色が、都会から田畑や木々の生い茂る田舎の風景に変わっていく。俺は進行方向に向いた座席に座ったまま、過ぎていく景色をじっと眺めていた。


 この電車に乗ってから、一言も口を聞いていない。いや、他の人と話す余裕が無かった。

 なぜなら、俺はこの電車の車両に見覚えがあった・・・・・・・から。


 もう何十年も現役であるような古びた車体、スプリングの弱まって変な軋む音を立てるシート。間違いない、俺はこの電車を知っている。

 そう気づいてから、俺は自分の記憶に引っかかるものがないか、必死になって外の景色を眺めてたんだ。

 だが、残念なことに--俺の心の記憶の琴線に触れる景色は、今のところ無かった。


「次だな、降りるぞ」


 30分ほど電車に揺られて、俺たちは目的地である神社仏閣のある駅に到着した。ガッくんの言葉に従い、全員でのそのそと電車から出ようと席を立つ。


 俺の脳裏に--まるで天啓のように、失われていた記憶がぱあっと蘇ったのは、駅のホームに降り立ったその瞬間だった。

 まるで雷光のように、一つの風景が頭の中を突き抜けていく。


 それは、とある寂れた田舎のローカル駅と、降りた先にある細長い田舎道だった。そしてその駅は……俺たちがいま居るこの駅から、数駅離れたところにある駅だった。


「……アカル、どうしたの?」

「っ⁉︎」


 レーナに声をかけられハッと顔を上げる。そこには、心配そうに自分の顔を覗き込むみんなの顔。

 あぁ、だけど俺は……。


 ジリリリリッ。

 駅のホームに発車のベルが鳴る。


 電車の扉が閉まる瞬間。

 一瞬にして身を翻すと、俺はたった一人で電車に飛び乗ったんだ。



 プシューという空気が抜けるような音とともに閉まる電車の扉。窓ガラスの向こう側では、驚きの表情を浮かべたレーナや羽子ちゃんたち。


 ごめん、みんな。

 こんな……騙すような真似をして。


 だけど、俺は思い出した。思い出してしまったんだ。

 だから、これから一人で確認しに行ってくるよ。



 ″俺″が、生まれ育った町・・・・・・・へ。




 ◇◇◇




「ゴメン。急用を思い出した。先に行ってて」


 それだけ書いたメールをみんなに送ったあと、ガンガン鳴る携帯の電源を切る。

 たった一人で乗る電車は、外とは違う時間が流れているかのように、不思議に空気の中をゆっくりと進んでいく。まるで俺一人だけ異空間に取り残されたような、そんな錯覚に陥ってしまう。

 だけど現実はそんなことはなくて、ゆっくりと……だけと確実に、電車は目的の場所に俺を運んでいってくれた。


 ローカル電車に揺られること、さらに数駅。俺は蘇った記憶にある駅にたどり着いた。

 その駅はかなり古びた駅舎で、この場に不釣り合いの最近新設されたばかりのようなピカピカの改札をくぐって、恐る恐る外に出る。


 間違いない。俺は覚えてる。

 ここは、俺の生まれ育った町だ。


 駅の外の風景を見た瞬間、最初に思い浮かんだのはそんなことだった。

 完全に記憶を取り戻したわけじゃない。だけど、デジャブみたいにあらゆる建物に既視感があった。


 ふと、駅前にある、ボロボロの赤い暖簾のれんの定食屋が目に入る。

 店の名前は『まんぷく定食』。いかにもどこにでもありそうな、ごく普通の地元の食堂といった感じだ。


 その店ののれんをくぐったのは、ただの気まぐれかもしれない。だけど気がつくと俺は『まんぷく定食』の中に入ってたんだ。



「っらっしゃい……ませー!」


 店主の奥様らしきおばさんが、こちらを見て一瞬驚いたような表情を浮かべたあと、すぐに元に戻って挨拶をしてくる。そりゃいきなり見たことない制服着た女の子が一人で店に入ってきたらビックリするよなぁ。


 店内は、外観から予想されるとおり乱雑な……だけど妙に小綺麗に片付けられていた。席に座って水をちまちま飲みながら、壁に貼られたメニューをぼーっと眺める。

 俺は、この店に見覚えがある。多分ここで何度も食事をしたことがある。


「可愛らしいお嬢ちゃん、注文は決まった?」

「……あっ、日替わりでお願いします」

「はいよー、日替わり一丁!」「へいよっ!」


 しばらくして、目の前にとんかつや唐揚げなんかが所狭しと乗ったボリュームたっぷりの定食が出てくる。うわっ、これ食べきれるかな?


「おまちっ! 日替わりね!」

「あ、ども……」


 とりあえずとんかつを一切れ口に運ぶ。ムグムグ。うん、うまい! そして、懐かしい……。

 俺はヒーヒー言いながら、なんとか定食を完食することができた。


「ごちそうさまでした」

「ふふふっ、あんたみたいな可愛らしい子にうちの店に来てもらって嬉しいよ」


 食べ終わったあとレジでお金を払ってると、さっきのおばさんがニコニコしながらお釣りを渡してくれる。俺はとりあえずニコリと笑い返すと、お店を出ることにしたんだ。



 お腹も膨れたことだし、心の覚悟も決まった。ここで生まれ育ったに違いないというハッキリとした感覚も得ることができた。

 さぁ、そしたらこのまま--自分が生まれ育ったであろう″我が家″に向かうとしようかね。




 ◇◇◇




 ″我が家″への道は、事前の心配をよそにさほど迷うことがなかった。なぜなら景色を見ているだけで、自然と家へと向かうルートが頭の中に浮かんでくるからだ。

 それは記憶が戻るのとは違う感覚。上手く表現できないけど、こっちの方向だって自然と分かる感じかな。



 とことこと歩くこと、10分ほど。

 景色からは徐々に建物が消えていき、畑と山道のようなところになっていた。


 もう近い。

 たぶん……この近くだ。


 心の中に自然と湧き上がる確信。

 同時に、胸の奥がドキドキと高鳴っていく。





 周りで聞こえていた音が全て--ぷっつりと消え去ったのは、そのときだった。

 同時に、周りの景色が全て凍りついていることに気づく。


 落ちかけたまま停止した落ち葉。空中で凍りついた空を飛ぶ鳥。それまで感じていた風の流れる感じまでが完全に消え去っている。


「……あれ?」


 思わず声に出してみて確信する。今の自分を取り巻く異常な状況に。

 なんと……俺以外の周りの時間が、完全に停止しているようなのだ!


 どうしたってんだ⁉︎

 一体なにが起こってるんだ⁉︎


「……そこまでだよ、【S】」


 現状についていけずキョロキョロと周りを見渡していると、不意に後ろから声をかけられた。


 慌てて振り向くと、そこには……【G】とよく似た白と黒のストライプの髪をツインテールにした、だけど【G】とは似ても似つかない不思議な雰囲気を持つ女性が、たった一人で佇んでいた。


「あ……」

「今の君は、それ以上行ってはいけない。君にはまだ早い」


 その女性は、落ちついた声で俺にそう語りかけて来たんだ。


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