68.『暴露ババ抜き』
改めてルールを説明しよう。
『暴露ババ抜き』とは、トップで抜けた奴が質問したことを、負けた人が問答無用で答えなければいけないという鬼のようなゲームだ。
ただし、答える際には一つだけウソを混ぜることが許されている。そして、一度答えた内容について追加の質問なんかも禁止されている。
果たしてこれらのルールが救いになるのか……。なんか羽子ちゃんの目が妙に爛々と光ってるのが気になるんだけど。
ちなみにこの悪趣味なゲームは、いおりんたちキングダムカルテットの四人が編み出したものなのだそうで。ってことは三人はこのゲームの経験者ってこと? そんなのずるいじゃん!
「いや、ルールは別に普通のババ抜きだからハンデはないよ?」
「あそっか」
「じゃあ始めるぞ」
緊張した空気の中、ミカエルの宣言で『暴露ババ抜き』は開始された。
「あーあ、負けたか」
「おっしゃ!」
第一ゲーム、勝ったのはいおりんで、負けたのはガッくんだった。俺は今回はラス前抜け、けっこーヤバかったよ! 勝利が決まった瞬間、思わず野太い声でガッツポーズしてしまう。いやー、最後にポーカーフェースのガッくんから一か八かで引き抜いたカードがババじゃなくて良かったぁ!
さーて、最初の罰ゲームか。いおりんからどんな質問が出されるのかな?
「じゃあガッくん、さっそく質問するよ? あなたの嫌いな食べ物は?」
「うーむ、ピーマンとキュウリとナスかな」
はぁ? なんだそれ。肩透かしにも程があるだろ?
予想外に平凡な質問と回答に思わず拍子抜けしていると、いおりんが嬉しそうに話しかけてきた。
「まぁまぁアカルちゃん。まだ始まったばっかりなんだから。最初から飛ばしたら面白くないでしょ?」
そ、そんなもんなの? よく分からないなぁ。
いおりんのいう通り、実際しばらくは無難な質問と回答が続いていく。
だけどそれが逆に俺たちの緊張感を高めていっているのが分かった。誰が誰に最初に仕掛けるのか。そんな気配が全員の間に漂い始める。
そして5ゲームほどが終わったあと、ついに最初に仕掛ける人物が現れた。なんとそれは……羽子ちゃんだった。
◇◇◇
第6ゲーム、勝ったのは羽子ちゃん。負けたのはレーナだった。
結末が決まった瞬間、羽子ちゃんの目がギラリと光ったような気がしたのは気のせいだろうか?
「あーあ、負けちゃった。それじゃあ明星さん、質問どうぞ」
「じゃあお聞きしますね。美華月さん、あなたはアカルさんのことをどう思ってますか?」
ブフォッ⁉︎
ちょ、は、羽子ちゃん⁉︎ なんでそんなどストレートな質問をいきなりブッ込んでくるわけ⁉︎
これまでの穏やかな状況を打ち破るかのようなえげつない質問に、鋭い緊張が一気に場を突き抜ける。
睨み合う羽子ちゃんとレーナ。二人の間の空間に、まるでピシッとヒビが発生したかのような危険な雰囲気が漂う。
うっわー、どうしよう。なんか羽子ちゃんが急に暴走し始めちゃったよ。しかも受けた方のレーナも、なにやら不敵な笑みを浮かべるし。
「いいわ、明星さん。答えましょう。アカルはあたしの親友で、事務所の後輩で、そして大切な存在よ」
「……それでは質問の答えになっていません。私は美華月さんがアカルさんにどんな感情を抱いてるのかお聞ききしてるんです」
ちょ、なに二人とも。めっちゃ怖いんだけど⁉︎
一気に冷え込んでいく場の空気。さらに高まる緊張感。だけど他の男メンツたちに二人を静止しようとする気配はない。おいおいお前ら、肝心な時に役に立たないなぁ!
「ちょ、二人とも少し落ち着いて……」
「アカルは黙ってて」
「アカルさんは黙っててください」
うっわ、制止しようとしたら二人同時に睨まれちゃったよ。マジで怖っ!
助けを求めていおりんの方を見ると、無言で首を横に振っている。えー、放っておけってこと?
アタフタする俺を横目に、二人のバトルは続いてゆく。
「アカルにどんな感情を抱いてるかって? 好きよ、大好き。たぶん恋愛感情に近いくらいにはね。これでどう? 満足?」
「……その回答にちゃんと一つウソは交てるのですか?」
「交えるか交えないかは自由のはずよ。そうでしょ? いおりん」
「うん、そうだね」
「じゃあ美華月さんの回答は全部本当のことかもしれないんですか?」
「明星さん、その質問への回答は拒否するわ。もうあたしの罰ゲームは終わりのはずよ。さ、それじゃさっさと次のゲームをしましょう」
そう言うとレーナはさっさとトランプを回収してみんなに配り始めた。ひしひしと漂う不穏な空気。なにこの緊張感、誰か助けてー。
「くくく、なかなか面白くなってきたじゃねーか」
ミカエルのやつ、面白おかしそうに笑ってやがる。なんか無性に腹立つなぁ。こいつ、他人事だと思いやがって……。あとで覚えてろよ!
こうして六人で始めた恐怖の『暴露ババ抜き』は、ここから新たなステージに突入してゆくことになる。
◇◇◇
「よしっ!」
「うがーっ!」
次のゲーム、勝ったのは俺で負けたのはミカエルだった。
よーし、さっき他人事だと面白がった報い、さっそく受けさせてやるぜ!
「じゃあミカエルに質問。あなたの女性への態度が不誠実な理由について白状しなさい!」
「ぬぬっ⁉︎」
くくく、困ってるな。いい気味だ。
ちなみにこの質問の意図は、ミカエルの対女性へのおかしな倫理観を正すことだ。
だってさ、こいつ平気な顔して女の子をはべらせたり、すぐにデートに誘ったりしてるじゃん? そういうのってやっぱ変だと思うんだよねー。
だから、いかに自分の行動が常識はずれなのかを本人に自覚させるとともに、その行いを間接的に責める。これはそんな一石二鳥のアプローチなのだ。
でもまさかその行動が裏目に出るとは……この時点では夢にも思ってなかった。
「オレが女性に不誠実だって? んー、オレはそうは思ってねーけどな。確かにオレには多少他人とは違う部分はあったかもしれない。だけど今は違うぜ?」
「……今は違う?」
「あぁ。今のオレは日野宮あかる一本だからな。他の女は全部ぶった切った」
「ぶふっ⁉︎」
おい、ふざけんなよっ! お前、なんてこと言いやがるんだ! ただでさえレーナと羽子ちゃんがバチバチやりあってる真っ只中に、こいつ自ら好き好んで戦いに身を投じて来やがったよ。
実際、ミカエルの突然の告白にレーナや羽子ちゃんが口をパクパクして驚きを隠せないでいる。いおりんとガッくんは驚いて……ない、だと⁉︎
あー、もしかしてあれか? 一つウソが混じってるってヤツだな。つまりミカエルのやつ、面白がって火に油を注いできたんだな。
なんてやつだ、冥林 ミカエル。まさに堕天使、タチが悪すぎる。
ミカエルの暴露でさらに場の雰囲気が混沌としてきた中、ババ抜きは続けられる。次のゲームに勝ったのはミカエル、負けたのはいおりんだった。ぶっちゃけミカエルが勝った時点で嫌な予感しかしない。
「おーし、伊織。そしたらオレから質問な。お前、日野宮のことどう思ってるんだ?」
ほーらね。やっぱりこいつブッ込んで来やがったよ。ある程度覚悟を決めていたのか、いおりんは動じた様子もなくサラッと口を開く。
「……ボクはね、ご存知の通り女装が趣味なんだ。だから一部の人には『バイセクシャル』みたいに思われてることもあるみたいだけど、そんなことはない。ボクは単に女装が好きな普通の男の子なんだ」
女装好きの普通の男の子ってなんなんだろうか。俺のそんな疑問に答えがもらえるわけもなく、いおりんの話は続いてゆく。
「だけどね。自分が女装するようになって、女性に対するハードルが上がったんだ。なかなか自分が良いと思う人は現れなかった。だけどね、そんなボクに強烈なインスピレーションを与えた人がいたんだ。それがアカルちゃんだよ。ボクはね、アカルちゃんの全部が欲しいんだ」
げげげっ⁉︎ ちょっとなによその告白⁉︎ 「全部欲しい」とか、マジでヤバすぎるんですけど⁉︎ 実際、猛烈ないおりんの告白を前に全員黙り込んじゃってるし。
えーっと、これってどっかにウソが混じってるんだよね? 特に最後の部分とかウソだよね?
「さっ、これでボクの暴露はおしまい。それじゃ次のゲームいこうよ」
どんどんエスカレートしていく事態を前に、邪悪な笑みを浮かべたいおりんが次のゲームを催促してくる。
闇のゲームは、まだまだ終わる気配はない。
◇◇◇
もはや誰も口をきかなくなり、凄まじい緊張感だけが漂うようになった次のゲーム。勝ったのはまたもや羽子ちゃん、負けたのはガッくんだった。うっわ、あのガッくんが羽子ちゃんにビビってるよ。
質問の内容は、やっぱり「アカルさんをどう思ってるか」だった。その質問にガッくんは「日野宮は、立派で頼りになるやつだと思ってる」と無難に答える。さすがに今回は誰からもツッコミがなく、あからさまにホッとした表情を浮かべるガッくん。
おいこらガッくん、テメーうまく逃げたと思ってやがるな。あとで覚えてろよ! エグい質問してやるからなっ!
そして続けて行われた次のゲーム。勝ったのはレーナ、負けたのは……羽子ちゃんだった。
やばい、嫌な予感しかしない。二人の間にバチバチと見えない火花が散っているかのようだ。
「それじゃあ明星さんに質問するわね。あなたはアカルのことをどう思ってるの? もちろん、どんな感情を抱いているかって意味でね」
「わ、わたしは……」
少し逡巡する羽子ちゃん。もうやめて、何も言わないで。
だけど俺の願いも空しく、意を決したかのように羽子ちゃんは言葉を続けた。
「わたしはこれまで、ここにいる皆さんみたいに輝かしい道を歩んできていません。日陰に潜るような日々を送っていました。だけど、アカルさんとの出会いでわたしの人生は大きく変わりました」
皆の視線が集中する中、それでも羽子ちゃんはめげずに話し続ける。
「わたしにとって、アカルさんは本当に特別な存在なんです。まるで太陽みたいな欠かせない存在。だから、わたしは……」
「御託はいいわ、早く質問に答えなさいよ」
ぬわっ、ここで煽るのかよっ⁉︎ レーナってばマジで鬼!
だけどレーナの執拗な追い打ちにも、羽子ちゃんは揺るがない。
「わたしは、アカルさんのことが大好きです。この気持ちは、他の誰にも負けません」
それは、この場にいる全員を前にした宣戦布告。
圧倒的な強敵を前に見せた、不退転の覚悟。
目をそらすこと無く、俺の目をまっすぐに見つめて堂々と宣言する羽子ちゃん。あの、ずっと内気で思ったことをなかなか口にしない羽子ちゃんが、こんなにも堂々と俺への気持ちを口にしてくれたのだ。
羽子ちゃん、きみは俺のことをそんなふうに思っててくれたんだね。
だけどその強い思いが眩しくて、俺は羽子ちゃんのことが正視することができなかった。
もはやこの場にいることさえ耐えられない空気に、俺は一刻も早く逃げ出したかった。だけどみんなは容赦してくれなかった。
「……続けましょう」
「うん」
「ええ」
「おお」
「わかった」
まるで全員が何かに取り憑かれたかのように続行を宣言する。
みんなの狙いは、言葉にしなくてもハッキリとわかる。みんな、俺に気持ちを暴露させたいのだ。
わかってて、そのプレッシャーに俺は負けた。
最後羽子ちゃんと一対一になったとき、彼女の眼力に負けてババを引いてしまう。
そこから、俺が巻き返すことはもはやできなかった。
このゲーム、勝者はいおりんで、敗者はこの俺となった。
◇◇◇
負けた。
このゲーム、俺は負けるべくして負けた気がする。場の全てが、俺が負けるように流れているかのようだった。
こうなっては仕方ない。俺は覚悟を決めた。
「じゃあアカルちゃん、ボクから質問するね?」
いおりんの問いかけに、俺は壊れた人形みたいにコクンと頷く。いおりんはいったいどんなことを聞いてくるんだろうか……。
そしていおりんの口から飛び出てきたのは、俺にとって完全に予想外の質問だった。
「それじゃあ聞くね。アカルちゃん、きみがボクたちに秘密にしてることを……今ここで暴露して」
……は?
なんだって?
俺は一瞬、いおりんの質問の意図が掴めなくて怪訝な表情を浮かべてしまう。俺が秘密にしてること? それってどういう意味だ?
「ボクはね、いや、たぶんここにいるみんなはね、アカルちゃんが何か秘密を抱えていることに気づいてるんだ」
「……えっ?」
「気づいてないとでも思ってた? だけどボクたちはね、アカルちゃんがなにか隠してることにずいぶんと寂しい思いをしてたんだよ」
な、なんてこったい。どうやらいおりんたちは、俺が抱える秘密に薄々気づいてたみたいだ。チラリとレーナや羽子ちゃんを見ると、強い瞳で頷いている。
そっか。
気づいてたんだ。
だったら……言ってもいいかな?
そう思ったのは、今のこの異常な場の雰囲気のせいかもしれない。もしかしたら、血迷っただけなのかもしれない。
それでも俺は、誠心誠意気持ちを表現してくれたみんなの前で、誤魔化すことはできなかった。それくらい、熱い想いをみんな俺にぶつけてくれていたから。
「わ、私は……」
だから、気がつくと俺はこう口を開いていた。
「実は私は……ほんとうは男なんだ」




