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58.ドラゴファンタジア3




 えーい、悩んでいても仕方ない!

 さんざん悩んだ末に、俺が恋愛について考えるのをやめたのは自然な流れだった。


 だってさ、いくら悩んだところで恋愛感情を持てない理由が「自分の正体を誰も知らないから」じゃあどうしようもないじゃん。

 これだけ日野宮あかるとしてキャラ立ちしてしまった今となっては、「実は男でしたー」なんてバラしたところで誰も信じないだろうしね。


 ってなわけで、ミッションクリアについての目処を失ってしまった俺は、とりあえず目の前の出来事に全力で、アカルちゃんとして生きていこうと決めたんだ。

 ……ようは、問題先送りってこと。でも仕方ないよね。こうなったら女の子アカルちゃんライフを楽しむぞぉ!




「よぉ日野宮あかる、チェリッシュ見たぜ!」

 刊行されたファッション雑誌を片手に無遠慮に話題をふってきたのは、金髪パツキンのミカエルくんこと冥林めいばやし 美加得みかえる。実はこいつハーフなのだそうで、金髪は地毛だって知って驚いた。妙に馴れ馴れしい態度もその辺が影響してるんだか? でもわざわざ放課後にうちのクラスまで来てこんなネタ話さなくてもよくね?


「へー、冥林くんが女性のファッション誌を見るなんて変だね」

「姉貴がたまたま見てて教えてくれたんだよ。でもレーナと一緒にお前が映ってるんで爆笑したぜ!」


 くそっ、嫌味すら通じてねぇよ。しかもこいつ、俺のことをあざ笑うためにわざわざ放課後のうちのクラスまで来たらしい。最悪。


「でもこうしてプロに撮られると、やっぱお前美人だよな。なぁ、デートしようぜ?」

「やーだよ」


 可愛らしくあっかんべーしてやると、ミカエルは一瞬キョトンとした表情をしたあと、ポリポリと頭を掻いて顔を逸らした。くくく、必殺「アカルちゃんプー」の威力、恐れ入ったか!


「おっ、ミカエルこんなとこにいたのか。油売ってないでさっさと練習しにいくぞ」

 淫獣ミカエルに声をかけながら教室に入ってきたのは『キングダムカルテット』の一人、シュウこと火村修司。あいかわらず爽やかスポーツマン系なやつだな。ヤツが入ってきただけで女子たちの黄色い声が聞こえてくる。


「あぁシュウ。わりーな、忘れてたよ」

「忘れんなよ、お前ヴォーカルだろうが。ガッくんがまたキレるぞ?」


 あー、もしかしてバンドの練習があったのか? そういや海水浴のときもバンドの練習に来てたって言ってたな、結局あのときは練習見れなかったし。


「興味あるならアカルも来るか? 布衣もいるよ?」

「あー、いく!」


 俺一人だったら性獣ミカエル怖いし行きたくないけど、布衣ちゃんいるなら無問題だ。それに、生バンドって一回聞いてみたかったんだ。……決してイケメンにふらふらついていくわけじゃ無いからね?




 ◇◇◇




 練習の舞台となる音楽室の横の防音室には、既に他のキングダムカルテットのメンバーも揃っていた。


「あっ、アカルちゃんやっほー!」


 女の子みたいに可愛らしいいおりんが、ベース持ってキリッと立ってる姿は、女装してるときからはイメージが湧かないくらいカッコいい。


「アカルちゃん、こっちおいでー」

 布衣ちゃんに手招きされ、並んでパイプ椅子に座る。その間にシュウとミカエルがそれぞれの楽器--ギターとマイクを握る。


「あんまりここは長時間借りれないんだ。さっさとやろう」


 ガッくんこと天王寺てんのうじ 額賀がくかがそう言い放つと、手に持つスティックでドラムの縁をカンカンとリズミカルに鳴らす。



 次の瞬間、爆音が室内に響き渡った。



 クソ真面目なイメージからはかけ離れた、ガッくんの激しいドラム。全身を使って激しいビートを刻む。

 そのリズムに合わせるように、シュウのギターが鋭く空気を切り裂く。長身の彼からは想像出来ないほどの素早い指の動きで放たれた音は、俺の耳を、身体を突き刺していく。

 全体を保つように穏やかに調整しているのは、いおりんのベース。荒馬のようなドラムとギターを完全にコントロールして、自分の音の世界へと引きずり込んでいく。まるでいおりんがガッくんやシュウをその支配下に置いているようだ。

 そして、耳に突き刺さるミカエルのサウンド。男らしい彼の喉から発されるのは、魂を揺さぶるようなワイルドなシャウト。一瞬で俺の全身に鳥肌が立つ。


 すごい。マジでこいつらカッコいい。


 --どれくらい彼らは演奏していたのだろうか。気がつくと一曲終わっていて、すぐに彼らは互いの演奏の良し悪しについて議論を始めていた。


「アカルちゃん、すごかったでしょ?」

「……はっ⁉︎」


 布衣ちゃんに声をかけられて、ようやく俺は我を取り戻した。それくらい、彼らキングダムカルテットの演奏に引き込まれ--魅了されていたのだ。気がつくと、右手を思いっきり握りしめていた。


「う、うん。すごいね……」

「あたし、純粋に彼らの演奏のファンなんだー」


 布衣ちゃんの気持ちはよく分かる。それくらい凄い演奏だった。彼らの熱いビートを伴う演奏に、俺はガッツリ心を掴まれていた。

 ぶっちゃけめっちゃカッコよかった。脳天まで痺れるくらいの衝撃を受けた。

 それが初めて聴いた生演奏だったからか、それとも彼らのテクニックが凄いのかはわからない。だけど全校の女生徒たちが彼らに夢中になるのもわかる気がする。


「これに追加でピアノ……ってかキーボードでも加われば音の幅が広がるんだけどねぇ」

「あと女性ヴォーカルの声もな。でも布衣は歌わないんだよな?」

「無理よシュウ、あたし歌ヘタだもん。だったらあたしよりアカルちゃんがいいんじゃない?」

「わ、私っ⁉︎」


 急に布衣ちゃんから振られて、思わずどもってしまう。


「あ、それいいね! アカルちゃん歌すごい上手だしね」

「ほほー、それは面白いな。で、日野宮はどうなんだ?」


 ガッくんからそう問われて、俺はとっさに答えることができなかった。

 本来の俺のポリシー、すなわち目立つことは極力控えるって観点からすると、即座に断るべきだろう。だけど俺は即答出来ずにいた。なぜなら……それほど彼らの提案に魅力を感じていたから。


 俺は、彼らの演奏をバックに歌いたいって、心の底から思ってしまっていたんだ。




 ◇◇◇




 結局俺は、この日その場で返答することはできなかった。すごく魅力的な提案だったんだけど、やはりすぐに決断を下すことができなかったのだ。

 揺れる乙女心・・・を察してか、いおりんたちも無理して催促はしてこなかった。今日はその気配りが本当にありがたかった。



 何曲か演奏を聴いていると、あっという間に時間が過ぎていった。気が付くとすでに外は日も完全に落ちたていた。

 そのまま時間切れとなって防音室を後にした俺たちは、イケメン四人と布衣ちゃんと一緒に駅へと向かう。男連中は楽しそうに話し、俺は布衣ちゃんとオシャレの話なんかしながら歩く。

 んー、なんか青春の一ページって感じだなぁ。思わず笑みがこぼれる。


「うわっ、クソッ。まぁた全滅した」

「ミカエルくん、なにやってんの?」

「ん? あー伊織、ただのレトロゲームだよ」


 先頭を歩いていたミカエルが急に声を上げる。あいつ、なんかしながら歩いてるなーって思ってたら、携帯ゲームで遊んでいやがった。歩きゲームはダメなんだぞ?

 それにしてもレトロゲーム? 気になるな。「へー、なんてゲーム?」お、空気を読んだいおりんが聞いてくれたぞ。


「ドラゴファンタジア3ってやつだよ」

「あー大人気シリーズのやつだね。それにしても古いね、ボクたちが小学校低学年の頃のやつじゃない?」

「そうだな、最新のやつはオンラインゲームかなんかになっちまったからオレはやってねーんだけどさ」


 おいおい、そいつは聞き捨てならねぇな。

 なにせドラゴファンタジア3といえば、俺が『男』時代に熱中してたやつじゃないか。しかもミカエルの言ってる「続編のオンラインゲーム」ってのは、つい先日までやってた「ドラゴニック・ファンタジア・オンライン」だ。

 ちなみにDFOはDFシリーズ11作目に当たる。ガッくんをチラ見するとサッと目を逸らされた。


「それにしても古いゲームするね?」

「操作がシンプルで好きなんだよ。シナリオもなかなかおもれーんだ。ただ謎が難しくてな」


 ピクッ。

 ほほぅ、どこが分からないんだ? DF3なら俺はダンジョンの全マップを暗記するほどにやりこんでるぜ?


「ふーん、どんな謎?」

「スカイハイの塔ってとこの3階にあるギミックの解き方がわかんねーんだよ。なぁ額賀、お前知らね?」

「……いや、僕はあまりレトロゲームはやらないから」


 ピクピクッ。

 あーあそこか。あそこは俺も詰まったもんだよ。確かに初見殺しだからな。


「そんなの攻略サイトとか見ればいいんじゃない?」

「いやオレさ、攻略サイトってキライなんだよね。なんか見たらゲームに負けたみたいで悔しいじゃん」


 ミカエル、お前のその気持ちよーく分かるよ。俺も攻略サイトを見るのは嫌なんだ。だけどもう我慢ならん。ここはひとつ、ヒントくらいは教えてやるかね。


「……あそこは暗号メッセージを反対から読めば良いんじゃないかな」

「えっ?」「へっ?」「むっ?」


 口にした瞬間、いおりんとガッくん、それにミカエルが驚いたような顔でこちらを見てくる。あ、マズったかな?


「アカルちゃん、こんな古いゲームやったことあるの?」

「う、うん、まぁね。に、兄さんがやってたから……」

「意外だな、日野宮あかる。お前ゲームなんて興味なさそうなのにな」

 余計なお世話だよ。そんなことよりさっさとスカイハイの塔やってみろって。


「どれどれ……。おおっ、逆読みね! そういうことか! なるほどわかった、謎が解けたぞ!」


 ミカエルは謎が解けたみたいで、ゲーム機を手に持ったまま大喜びした。こういうところは年相応の男の子みたいだな。


「すげーじゃん、日野宮あかる! 助かったぜ!」

「ちなみにスカイハイの塔の4階に隠し通路があって、そこに『光のかぶと』があるよ」

「うおーっ、マジかよ! 光シリーズってどこにあるか分かんなかったんだよな!」


 そういうとミカエルは嬉々としながら携帯ゲーム機にかじり付く。

 くくく。良かったなミカエル、俺が近くにいたおかげで先に進むことができて。これからもゲームで困ったことがあれば、いつでもこのアカルちゃんに相談するといいさ。ふふふのふーっ。


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