57.ムーブメント
レーナと出演したファッション誌『Cherish』の影響は、日野宮あかるにとって驚くべき変化をもたらした。というより、その前段階から様々な影響が出始めていた。
まず火がついたのが、情報発信ツールだ。
『【激フル】のレーナの撮影現場見たよー! 一緒にいるのは誰かな? 超可愛いんだけど!』というメッセージが、あるユーザーから写真付きで投稿される。
それに反応したのは『激甘☆フルーティ』のファンたち。情報共有掲示板でこのメッセージと写真が一気に駆け抜けてゆく。
『あんな子知らないぞ?』『別のアイドルグループじゃね?』『それにしても可愛いな、誰か調査してくれよ』。
やがて、レーナと同じ学校に通っているという匿名の投稿で、ついにその少女の情報が判明することになる。
『うわっ、一緒に居るの日野宮あかるじゃん! すっげー、うちの二大スターだよ!』
ここで一気に掲示板は騒がしくなる。
『日野宮あかる? 誰だそれ』『そんな子どこかのグループにいた?』『知らないぞ、ローカルアイドルかよ?』『でも一緒に取材受けるくらいだから、どっかでデビューしてるんじゃね?』
それも、追加で投下された情報により謎が解明される。
『日野宮あかるは俺の知る限りデビューしてない素人だぞ。でもハッキリ言ってそこいらのアイドルよりも可愛い。なにより彼女、二十年ぶりのエヴァンジェリストなんだからな』
エヴァンジェリスト。知る人ぞ知る超有名な肩書き。もはや伝説とまで謳われたエヴァンジェリスト復活の情報に、アイドル掲示板が一気に火がついた。
さらには情報特定班により、ネットアイドル『れのにゃん』の動画にチラ出していることが判明し、火に油を注ぐ。水着祭りの開催だ。
そしてトドメは……マリアナ高校三大美少女の一人と言われている海堂 布衣のHandbookに掲載されていた『神の一枚』だ。
あまりにも美少女な、日野宮あかるの横顔を写した一枚に、ネット界に激震が走った。
『なんだこの美少女、神すぎんだろっ!』『オレはいま、未開拓の地に伝説の秘宝を見つけたんだ……』『これがデビューしてない素人なんて信じられん』『でもこの子には下手にデビューして欲しくないな』『あーわかる、なんかメディアに染まって欲しくないよなぁ』『この子さ、俺たちが見つけたこの掲示板の宝物だよ!』『そうだそうだ! みんな、彼女をこの掲示板で見守っていこうぜ!』『んだんだ!』
かくして日野宮あかるの名は、本人のまったくあずかり知らぬところで、アンダーグラウンドの世界に一気に広まっていくことになる。
◆◆◆
「アカルにゃん。なんかえらいことになってるにゃん」
「んあ?」
教室でぼーっとしてると、ふらっと遊びに来たレノンちゃんにそんな声をかけられた。なによ、えらいことって? 最近そんなのばっかでいちいち驚かなくなったんだけどさ。
「……はぁ。アカルにゃんはなにも知らないのにゃん」
ため息まじりに携帯かざして見せられたのは、ネット掲示板の画面。んー、なになに。
「……未知の美少女を見守るスレ、ってなにこれ?」
「もっとよく中身を読んでみるにゃん」
そう言われて読み進んでみると……ん? 薔薇姫? 日野宮あかる? ってこれ、自分のことじゃん⁉︎
「はぁあっ⁉︎ なんで私のことが掲示板に出てるわけっ⁉︎」
「そんなのレノも知らないにゃん。でもいつの間にかアカルにゃんはネット界では相当な有名人になってるにゃん」
慌てて自分の携帯で調べてみると、既に幾つかの関連スレッドが発生していた。な、なんてこったい。どうしてこうなった⁉︎
「……しーらない」
「あ、逃げたにゃん」
そう言わないでよ、レノンちゃん。とりあえず臭いものには蓋をしただけさ。これは見なかったことにしよう、うん。
その日の放課後、俺は羽子ちゃんとコーヒーの美味しいカフェにいた。理由はもちろん、【G】と話すためだ。
なんで【G】と話すのにカフェにいるのかって?
「……うむ、ここのパンケーキはなかなか美味だな」
実は【G】のやつ、クールな見た目とは裏腹にスイーツが大好きなのだ。それで、仕方なくたまにこうして美味しいスイーツの店で【召喚】したりしてる。これって召喚の使い方間違ってね?
「なぁ【G】、なんか知らないうちにどんどん有名になっていっちゃってるんだけど……」
「別に構わないのではないか、嫌われるより好かれる方が良いだろう。ムグムグ。うむ、まるで雲を食むかのような食感。これは至高だな」
「【G】的には俺が有名になっても構わないの? いろいろ困ったりしない?」
「ん? どうしてだ? 別に困ったりはしないが」
そうなのっ⁉︎ 普通こういうのって【G】の立場のやつが「こらこら、あんまり目立つな」って言うもんじゃない?
「別に私たちはそこまでは言わんよ。君の人生だ、自由に生きると良い。おぉぉ、このアイスの素材を活かした味。まさに極楽だな」
「でもさ、正体バラしたらオークの餌って言ってたのは……あぁ、あれはウソだっけ」
「うむ、君が今の体に馴染むのに集中できるようについたウソだ。すまなかったな」
「……もういいよ、確かに初期の状態で『俺は男だーっ!』なんて叫んでたら大変なことになってただろうしね」
とはいえ、今さら「好きにバラしていい」って言われても困るんだよなぁ。まぁでもそこは初志貫徹、とりあえずミッションを全部クリアするまでは大人しくしておくってことで行くかね。
そうだ、そのミッションクリアだ。
現状としては、四つ目の『魔王探索の手伝い』については、身近な女性陣--羽子ちゃんや布衣ちゃん、レノンちゃんなんかについてはクリアしていた。
ちなみに使った策は、例の『シュークリーム作戦』だ。手や頬についたクリームを舐めるふりしてキスしたり、指についたクリームを舐めてあげたりして見事なしとげる。
レノンちゃんなんかは「あ、アカルにゃん、なにするにゃんっ⁉︎」ってビックリしてたけど、「いやー、そのクリーム美味しかったから」って誤魔化したらどうにかなったんだ。くふふ、ドキドキもんだったぜ。
男連中については、俺個人的な拒絶反応もあってこの作戦はぜんぜん進んでなかったんだけど、まぁこれから巻きを入れればどうにかなるだろう。
問題は、最終ミッションだ。
こいつがえらい曲者で、俺としてもどうしていいのか分からない。
恋をする相手については、【G】は俺に『性別は問わない』と言っていた。だけどそう言われても、なかなか難しいんだよねぇ。
例えば羽子ちゃんのことは、すごく可愛くなったと思うし、仲も良いと思う。だけど恋愛感情を持って好きってのとはちょっと違う気がするんだよねー。どちらかというと友達として好きって感じ?
それは布衣ちゃんやレノンちゃんについても同様で、可愛くしてあげたいとかは思ったりするけど、恋と言われるとやっぱりなにか違う気がする。
相手が男になった場合はさらに論外だ。男のことを好きになるなんて想像するだけでオエッてなるわ。
強いて言うといおりんならギリギリセーフかもしれないんだけど、やっぱりいおりんはお友達なんだよねぇ。
「うーん、難しいなぁ。なかなか好きっていう感情が湧き上がってこないんだよねぇ」
「それは、誰もお前の本当の姿を知らないからじゃないのか?」
「……えっ?」
独り言のように漏らした俺の言葉に、それまで人の話もろくに聞かずにパンケーキを貪っていた【G】がボソッと返事を返してきた。その何気ない言葉が、俺の胸を激しく打つ。
「誰も……俺の本当の姿を知らない、か」
「そう、だから君は恋愛感情を持てないんだろう」
「確かにそう、かもな」
不覚にも【G】の言う通り、本当の俺を知る人はどこにも居ない。だから俺は、もしかしたら第三者的な視点で今の状況を俯瞰しているのかもしれない。
思いがけず【G】からもたらされたヒントに、俺は唸るしかなかった。それにしてもまさか、恋愛からは最も遠そうな場所にいる【G】に、こんな指摘をされるとはなぁ……。
俺のそんな気も知らず、【G】は氷のような表情をパンケーキを食べる時だけ一瞬緩めながら、また無心にパンケーキに食いつくのだった。
◇◇◇
「アカル、いるかしら?」
「いるよ、レーナ」
取材から数日経ったある日、珍しく登校してきたレーナがわざわざ教室に俺を尋ねてやってきた。
ちなみに、なんとなくまだレーナとの「呼び捨てにして照れたら負けゲーム」は継続してる。まぁ俺は絶対に負けないけどね!
ただお互いに呼び捨てしあう俺たちに、クラスメイトたちはザワザワとざわめいてるんだけど。
「はいこれ。アカルも写ってるわ」
レーナから手渡されたのは、ファッション雑誌『Cherish』。発売前--すなわち俺たちの特集記事が掲載されてる号だ。
内容を確認してみると、やっぱりレーナメインで特集されており、俺については素人ということもあって真正面からのショットは無かった。だけど、プロのカメラによってアカルちゃんは、たとえ横顔であってもべらぼうに美人に映してくれてたんだ。
実際、特集記事の中にも「アイドルのリア友は、アイドル級の美少女だった!」なんて書かれてるし。
「……なにニヤニヤしてるのよ。気持ち悪いわよ、アカル」
「うるさいなぁ。自分だってニヤニヤしてるじゃない、レーナ」
でもさ、こうして雑誌に掲載されてるの見るとなんか嬉しいよね。アイドルを目指す女の子が多い気持ちも分かるなぁ。
でもそんな気持ちを悟られるのは悔しいから、レーナにはバレないようにわざとツンケンドンな態度を示す。
「アカルさんが呼び捨てで……お互いに呼び合ってる……」
やばっ、なんか羽子ちゃんが怖い目でこっちを見ながら呟いてるよっ! 【G】召喚して記憶飛ばそうかな……。




